たけなかまさはるブログ

Yahooブログから2019年8月に引っ越しました。

昨晩のNHKの「龍馬伝」
武田鉄也ふんする勝海舟が龍馬に言う。「日本は異国相手にどうしたらいいのか?おまえの考えを言ってみろ。ゆっくり考えて、心の中から上がってくる考えを言ってみろ。」

すると龍馬はう~ん、う~んとうなりながら、自分の剣術の経験から発想する。
「自分は剣術は強いが、人を斬りたくはない」
→「強い剣術士は戦わなくてすむ」
→「日本が強い海軍を持てば異国とも戦わずに日本の独立を守れる」
という着想を経て、攘夷派と違う「開国、富国強兵」というアイデアに達した。

ドラマだけど、世間の意見に流されずに、自分の頭で考えるってことの基本をみごとに描いていると合点した。
 
一方、攘夷派の武市半平太の発想法 「夷敵が大国じゃろうが、強かろうが、神州日本の土地を犯す以上は断固打ち払う」
あまりに観念的で、戦略も合理性も欠いている。
ところがこの発想法が、やがて旧日本軍、特に陸軍を支配してゆくと司馬遼太郎は「竜馬がゆく」で強調している。
 
旧日本軍だけではないだろう。今の日本にもそういう観念論的発想から抜け出せない方々がいるだろう。


昨年12月28日付の日経ビジネスオンラインの「もう鳩山首相をあきらめる?」で消費税率の引き上げを含む長期的な財政再建と足元の景気対策の抱き合わせ政策を私は主張した。
 
「鳩山首相よ、日本の未来を救うため、勇を鼓して「消費税4年間引上げ凍結」の公約を翻し、景気対策と同時に増税を含む財政再建に取りかかって欲しい。国民新党や社民党が消費税引き上げに反対するなら、さっさと切り捨てて自民党と大連立を組めばよい」と結んだ。
 
この時は、やはりアクセス件数が爆発して、ブロッガーの方々から「消費税引き上げだって?何言ってんだ、この野郎」的なコメントを沢山いただいた(^_^;)(以下URL)。
私としては正論を尽くしているのだが、聞く耳のない方には何を言っても無駄か・・・と思った。
 
それでも結局、その後現実の政治はようやく私が「それしかない」と考える方向に動き出したようだ。
以下は本日4月18日(日曜日)の日経本紙の記事だ。
***
政府・民主党内で財政健全化や消費税増税を巡る議論が盛んになってきた。2010年度予算は過去最大の歳出と新規国債発行に踏み切り、財政悪化の歯止めが求められているためで、野党や世論の政権批判を封じる狙いも透けてみえる。消費税増税を夏の参院選後の「大連立」構想と絡める向きもあり、政局に発展する可能性も秘める。
『今の税収のままなら大きな壁にぶち当たる。歳入改革を掲げて選挙をしなければ国民に失礼なことになる』消費税増税に積極的な仙谷由人国家戦略相は13日、消費税増税を次期衆院選の争点にすると表明した。菅直人副総理・財務相も同日、増税と経済成長の両立を目指す考えを示した。
 
鳩山由紀夫首相は昨年の就任時に「4年間は消費税増税をしない」と公言している。一方で、鳩山政権が初めて編成した10年度予算は、衆院選マニフェスト(政権公約)を詰め込んだ結果、国債発行額が税収を上回るいびつな形となった。
 
財政に携わる2閣僚が積極発言を繰り返すのは、参院選公約や中期的な財政運営方針の策定が迫っているなか、11年度予算編成以降も財政健全化の姿勢を示さなければ国債市場の動揺を招き、政権への信頼が失墜するとの危機感がある。」
 
『増税するには大連立しかない。でも増税のために大連立を組むと言ったら批判されるな』。政府高官は16日、こう語った。仙谷氏は同日のテレビ番組収録で、財政健全化を争点にした「衆参同日選」の可能性にまで言及。消費税論議は政局の思惑もはらんだ動きになりつつある。
***
 
日経新聞だけではない。朝日も読売もほぼ同様の政治の動きを報じている。予算を見直して無駄を削減すれば、打ち出の小槌のように予算が出てくると言う幻想(鳩山さんは本気で信じていたのか?)から醒めて、ようやく避けられない現実に目が向き始めたようだ。
この動きが実ればまだ「日本をあきらめない」でいられるんだが。もっとも、それを実現できるのはもはや命脈の切れた鳩山内閣ではなくて次の誰かだろう。
 

「「日本の財政」の「破綻」の定義がわかりませんでした。どのような状態が「破綻」なのか教えていただけますでしょうか?」
このコメントにお応えしましょう。私は実は「日本政府の財政破綻」という言葉を普通は使いません。コメントされた方がお感じになっている通り、あいまい過ぎる用語法ですからね。
 
前のコラムで「田代さんは日本国債の価格が急落すれば、国債を大規模に保有している郵貯簡保も年金も財政破綻すると強調している。それはその通り。」と書いているのは、田代さんの引用ですが、ここで対象になっているのは、日本政府自体ではなく、郵貯簡保と年金基金という事業体です。特定の事業体については、「債務超過=財政破綻」という言い方が一応可能だと思います。事業体として自律的存続ができないことを意味しますからね。
 
それでも「破綻」という言葉はあいまいだから、私は郵貯について、「国債が急落すれば債務超過になる」と、もっと具体的な、定義可能な書き方をしているんです。ただし、その場合、間違いなく政府は財政資金を投入して貯金を保護するでしょう。
だから「問題ない」ではなくて、「だから問題」なわけです。
 
また日本政府については、既に債務超過です。主要国の政府はほとんどみなそうです。程度の違いだけ。ですから、債務超過=破綻という定義は特定の事業体に関しては使用可能だけど、政府自体には適さない。
 
私の言い方は、「このまま政府債務がGDP比率で無限に上昇を続けることは不可能であり、いずれ国債の急落が起こる」と書いているわけです。
政府が財政再建に取り組めないならば、最後は高インフレによって国債の実質価値が急落することで、国民=国債保有者の負担が劇的に顕現化する。これは日本では戦後直後にも起こったことですね。
 
その時には経済全般が深刻な事態に陥るのは間違いないので、そうした事態を回避できるコース変更をすべきだと考えているわけです。GDP比率で見た政府債務が膨張するほど、最終的にそれが増税と給付削減という形で顕現化するか、高インフレとして顕現化するか、いずれにせよ日本の将来世代への負担とリスクが増大するのは不可避ですから、コース変更は今の世代の責務だと思っています。
 

デフレと長期国債利回りの超低位安定についてさらに考えてみよう。経済論的にかっちりとした議論ではない。ブログというカジュアルな場所を使って、ラフで直感的でいいから、いろいろ議論を試みることが私にとってこのブログの意味なので、そのようにご理解頂きたい。
 
「超低金利といいますが単純にデフレ下の状況ではそれに見合った金利がついているだけでは?」というコメントを頂いた。日経ビジネスオンラインでも「日本経済の低成長、低投資リターンの結果、国債が買われて、その利回りも低位で安定しているだけだろう」という趣旨のコメントがあった。
 
この指摘は間違いなく事実の一面であり、私も含めて誰も否定できない。ただし、経済・市場現象は様々の要因の相互依存だから、原因と結果の関係も相互依存でループ(因果関係の循環的な構造)を形成している。経済活動は、沢山のポジティブ・フィードバック・ループとネガティブ・フィードバック・ロープの組み合わせで出来上がっている複合体(コンプレックス)だ。
 
ご存知の方には言わずもがなであるが、ここで言う「ポジティブ」「ネガティブ」という言葉に「良い」「悪い」という意味はない。一方向の変化が生じた時にその変化をさらに促進する要因が働くループが働いている場合をポジティブと呼び、反対をネガティブと呼んでいるだけだ。
 
ネガティブ・フィードバック・ループが強く働いている例としては、需要が増えると価格が上がり、対応して供給が増え、価格が下押しされるというようなプロセスであり、この場合は均衡維持、バランス維持型の動きになる。
 
ポジティブ・フィードバック・ループの例は、バブルに展開的に見られる。2000年代の米国の住宅バブルでは、住宅資産価格の上昇、信用の膨張、消費の増加の3つの間でポジティブ・フィードバックが働いていた。しかし、住宅価格の上昇のテンポが実体経済の拡大テンポを大きく上回り、限界に達した時、ループが逆に回転し始めた。これがバブル崩壊だ。
 
私は短期的には今年2010年の日本経済は2003年-06年とほぼ同様の輸出主導の景気回復過程に入ったので、実質GDP2%程度の成長が見込めると楽観的に考えている。それでも、90年代後半以降の日本経済には基調的に、「足元の低成長と価格下落圧力→将来の成長見通しの下方修正とデフレ持続予想→投資減少→低成長」というポジティブ・フィードバック・ループが「祟り神」のようにつきまとって来た。
 
デフレ的な状況下で投資が減れば、資金需要も減り、金利は低下し、実物投資するよりも低金利で安全な国債を買っておこうということになり、政府債務が急膨張を遂げる状況下で、国債金利が低位に安定するという状況が生まれている。
 
すべての病気が心理的要因(気持)から生じるわけでは無論ないが、病状、あるいは回復状況と心理的な要因(気持)の間に相互作用が働いている。回復することに楽観的な気持ちを抱いている人の回復は、悲観的な気持ちの人よりも、ずっと良くなるそうだからね。人の営みである経済も同じに思える。
 
ポイントは、ポジティブ・フィードバックが無限に続いて、そのトレンドが永遠に続くということはやはりあり得ないということだ。GDP比率で政府債務が無限に膨張を遂げると言うのは不可能だ。どこかで投資家がこれ以上を日本政府の債務を保有したくないという限界が来る。
 
その時までに累積している政府債務がGDP比率で膨大であれば、あるほど、調整局面も激しいものにならざるを得ないだろう。「調整局面」といえば穏やかに聞こえるが、要するに国債価格の急落だ。
 
もちろん、私は国債価格急落、暴落のシナリオを望んでいるわけではない。日経ビジネスの論考でも書いた通り、手遅れになる前に政府が財政再建に腰を上げて欲しい。しかしどうも国債利回りが低位安定していること自体が、政治家の危機感を乏しくさせているようだ。
 
ならば投資家サイドが、赤字国債は実物的資産の裏付けのない空手形であるという当然の事実に覚醒するしかない。リスクさえ少々負う気になれば、もっと有望な投資対象になる資産は日本の内外に沢山あるように私には思えるのだがね。

インターネットの時代、新聞の凋落が語られているが、それでも大手新聞の影響力は強い。
 
2月下旬に出版した弊著「なぜ人は市場に踊らされるのか?」(日経新聞出版社)、鳴かず飛ばずに近かったが、朝日新聞4月11日(日曜日)の書評欄に書評(評者:加藤出さん)が掲載されたら、アマゾン売れ行きランキングが100番近くまで躍進した。
 
ありがたや、ありがたや・・・と、ここは素直に感謝、深謝。m(__)m
 
書評の内容は以下私のホームページでご覧いただけます。
 
追伸
山崎元さんも「週刊金融財政事情」(4月12日号)に書評を書いてくれた。
山崎さんの評論はしばしば拝見するが、面識がない。
連絡先も知らない。
とりあえずこの場で深謝。m(__)m
 

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