たけなかまさはるブログ

Yahooブログから2019年8月に引っ越しました。

「「日本の財政」の「破綻」の定義がわかりませんでした。どのような状態が「破綻」なのか教えていただけますでしょうか?」
このコメントにお応えしましょう。私は実は「日本政府の財政破綻」という言葉を普通は使いません。コメントされた方がお感じになっている通り、あいまい過ぎる用語法ですからね。
 
前のコラムで「田代さんは日本国債の価格が急落すれば、国債を大規模に保有している郵貯簡保も年金も財政破綻すると強調している。それはその通り。」と書いているのは、田代さんの引用ですが、ここで対象になっているのは、日本政府自体ではなく、郵貯簡保と年金基金という事業体です。特定の事業体については、「債務超過=財政破綻」という言い方が一応可能だと思います。事業体として自律的存続ができないことを意味しますからね。
 
それでも「破綻」という言葉はあいまいだから、私は郵貯について、「国債が急落すれば債務超過になる」と、もっと具体的な、定義可能な書き方をしているんです。ただし、その場合、間違いなく政府は財政資金を投入して貯金を保護するでしょう。
だから「問題ない」ではなくて、「だから問題」なわけです。
 
また日本政府については、既に債務超過です。主要国の政府はほとんどみなそうです。程度の違いだけ。ですから、債務超過=破綻という定義は特定の事業体に関しては使用可能だけど、政府自体には適さない。
 
私の言い方は、「このまま政府債務がGDP比率で無限に上昇を続けることは不可能であり、いずれ国債の急落が起こる」と書いているわけです。
政府が財政再建に取り組めないならば、最後は高インフレによって国債の実質価値が急落することで、国民=国債保有者の負担が劇的に顕現化する。これは日本では戦後直後にも起こったことですね。
 
その時には経済全般が深刻な事態に陥るのは間違いないので、そうした事態を回避できるコース変更をすべきだと考えているわけです。GDP比率で見た政府債務が膨張するほど、最終的にそれが増税と給付削減という形で顕現化するか、高インフレとして顕現化するか、いずれにせよ日本の将来世代への負担とリスクが増大するのは不可避ですから、コース変更は今の世代の責務だと思っています。
 

デフレと長期国債利回りの超低位安定についてさらに考えてみよう。経済論的にかっちりとした議論ではない。ブログというカジュアルな場所を使って、ラフで直感的でいいから、いろいろ議論を試みることが私にとってこのブログの意味なので、そのようにご理解頂きたい。
 
「超低金利といいますが単純にデフレ下の状況ではそれに見合った金利がついているだけでは?」というコメントを頂いた。日経ビジネスオンラインでも「日本経済の低成長、低投資リターンの結果、国債が買われて、その利回りも低位で安定しているだけだろう」という趣旨のコメントがあった。
 
この指摘は間違いなく事実の一面であり、私も含めて誰も否定できない。ただし、経済・市場現象は様々の要因の相互依存だから、原因と結果の関係も相互依存でループ(因果関係の循環的な構造)を形成している。経済活動は、沢山のポジティブ・フィードバック・ループとネガティブ・フィードバック・ロープの組み合わせで出来上がっている複合体(コンプレックス)だ。
 
ご存知の方には言わずもがなであるが、ここで言う「ポジティブ」「ネガティブ」という言葉に「良い」「悪い」という意味はない。一方向の変化が生じた時にその変化をさらに促進する要因が働くループが働いている場合をポジティブと呼び、反対をネガティブと呼んでいるだけだ。
 
ネガティブ・フィードバック・ループが強く働いている例としては、需要が増えると価格が上がり、対応して供給が増え、価格が下押しされるというようなプロセスであり、この場合は均衡維持、バランス維持型の動きになる。
 
ポジティブ・フィードバック・ループの例は、バブルに展開的に見られる。2000年代の米国の住宅バブルでは、住宅資産価格の上昇、信用の膨張、消費の増加の3つの間でポジティブ・フィードバックが働いていた。しかし、住宅価格の上昇のテンポが実体経済の拡大テンポを大きく上回り、限界に達した時、ループが逆に回転し始めた。これがバブル崩壊だ。
 
私は短期的には今年2010年の日本経済は2003年-06年とほぼ同様の輸出主導の景気回復過程に入ったので、実質GDP2%程度の成長が見込めると楽観的に考えている。それでも、90年代後半以降の日本経済には基調的に、「足元の低成長と価格下落圧力→将来の成長見通しの下方修正とデフレ持続予想→投資減少→低成長」というポジティブ・フィードバック・ループが「祟り神」のようにつきまとって来た。
 
デフレ的な状況下で投資が減れば、資金需要も減り、金利は低下し、実物投資するよりも低金利で安全な国債を買っておこうということになり、政府債務が急膨張を遂げる状況下で、国債金利が低位に安定するという状況が生まれている。
 
すべての病気が心理的要因(気持)から生じるわけでは無論ないが、病状、あるいは回復状況と心理的な要因(気持)の間に相互作用が働いている。回復することに楽観的な気持ちを抱いている人の回復は、悲観的な気持ちの人よりも、ずっと良くなるそうだからね。人の営みである経済も同じに思える。
 
ポイントは、ポジティブ・フィードバックが無限に続いて、そのトレンドが永遠に続くということはやはりあり得ないということだ。GDP比率で政府債務が無限に膨張を遂げると言うのは不可能だ。どこかで投資家がこれ以上を日本政府の債務を保有したくないという限界が来る。
 
その時までに累積している政府債務がGDP比率で膨大であれば、あるほど、調整局面も激しいものにならざるを得ないだろう。「調整局面」といえば穏やかに聞こえるが、要するに国債価格の急落だ。
 
もちろん、私は国債価格急落、暴落のシナリオを望んでいるわけではない。日経ビジネスの論考でも書いた通り、手遅れになる前に政府が財政再建に腰を上げて欲しい。しかしどうも国債利回りが低位安定していること自体が、政治家の危機感を乏しくさせているようだ。
 
ならば投資家サイドが、赤字国債は実物的資産の裏付けのない空手形であるという当然の事実に覚醒するしかない。リスクさえ少々負う気になれば、もっと有望な投資対象になる資産は日本の内外に沢山あるように私には思えるのだがね。

インターネットの時代、新聞の凋落が語られているが、それでも大手新聞の影響力は強い。
 
2月下旬に出版した弊著「なぜ人は市場に踊らされるのか?」(日経新聞出版社)、鳴かず飛ばずに近かったが、朝日新聞4月11日(日曜日)の書評欄に書評(評者:加藤出さん)が掲載されたら、アマゾン売れ行きランキングが100番近くまで躍進した。
 
ありがたや、ありがたや・・・と、ここは素直に感謝、深謝。m(__)m
 
書評の内容は以下私のホームページでご覧いただけます。
 
追伸
山崎元さんも「週刊金融財政事情」(4月12日号)に書評を書いてくれた。
山崎さんの評論はしばしば拝見するが、面識がない。
連絡先も知らない。
とりあえずこの場で深謝。m(__)m
 

文芸春秋の5月号に田代秀敏さんの「あと4年、財政と年金は同時に破綻する」が掲載された。田代さんに私が語ったコメントもいくつか引用されている。
 
私は田代さんと全く同じ意見というわけでもない。例えば「あと4年で・・・破綻」と危機が切迫していることを同氏は強調しているが、私はそこまで具体的なタイムスパンを特定する合理的な根拠はないと思っている。
 
かつての不動産バブルやITバブルと同様に資金が国債に向かう「逆バブル」についても、それがどの時点で破裂するかを合理的に予想することは不可能である。エコノミストや経済学者が指摘できるのは、「このままのコースは持続不可能である」という判断と、コースを換えるための処方箋までだ。(出版編集者がインパクトの強い具体的な予想を求めるのは、毎度のことですがね。)
 
しかし、ここまで財政赤字が膨らんだ今、このままのコースを日本政府の財政が進めば、日本の未来が危機に瀕するという点では共通する。まあ、そんなことは財政学者でなくても分かることだ。
 
田代さんは日本国債の価格が急落すれば、国債を大規模に保有している郵貯簡保も年金も財政破綻すると強調している。それはその通り。
 
さらに考え詰めてみると、企業年金や個人年金の運用として自国の国債を買うのはマクロ経済的には愚策中の愚策だと気がついて、茫然とした。もちろん、どの国の政府も公的年金、企業年金、個人年金ともに莫大な規模で自国の国債を保有している。しかし、よく考えてみよう。
 
年金の原理については異なる2つの原理がある。「世代間扶助の原理」と「自助の原理」だ。前者は公的年金、後者は企業年金、個人年金の原理だ。
 
後者の「自助の原理」に立つならば、年金基金は現役世代が将来の引退した時に給付する年金支給のために今積み立てるファンドだ。それならば、将来取り崩して(換金して)消費に充当できる実物資産の裏付けがあり、将来の購買力を担保された資産に投じるべきではないだろうか? これはミクロの視点ではなく、マクロの視点での主張だ。
 
実物資産は株式や社債、不動産でも良い。株式や社債ならば財やサービスを生産・供給する企業の実物資産の裏付けがあるからだ。(もちろん個別の企業には破綻も衰退もあり得るから、分散されたポートフォリオを持つことが欠かせない。)
 
あるいは国債でも他国の国債ならな、将来それを売って海外から財やサービスを購入する対外的な購買力になり、海外諸国から自国に所得の移転を実現できるから、良いだろう。ただし、最低限の財政節度のある国の国債にしよう。私が外国投資家なら日本の国債は買わないな・・・。
 
なぜ民間の年金が自国の国債を買うことがマクロ的に意味がないのか? 今の現役世代の貯蓄が将来にわたり財やサービスを生産・供給する資産の形成に投じられるのなら、経済は豊かになり、引退後もその資産の保有を続けるか、将来の現役世代に移転するかはともかく、その富を享受できる。
 
しかし赤字国債の購入に当てられるなら、政府のバランスシートの資産側には見合いとなるなんらの実物資産は形成されていない。(建設国債なら公的資本形成=公共事業が行なわれ、どの程度役に立つかはともかく実物資産は残るが、今の問題はあくまでも赤字国債の膨張だ。)
 
単純化して日本に家族はひとつしかないと想定しよう。家族の構成は、引退したあなたのオヤジとオフクロと義理のオフクロ3名、現役のあなた方夫婦2名、あなたのこども1名である。
 
あなたは3名の引退世代を自分の所得による負担で扶助している。これが世代間扶助(公的年金)である。ところがあなたのオヤジはあなたの扶助だけでは足りずに、あなたから借金して消費しているとしよう。オヤジに悪意はなく、あなたから金を借りたお金でお土産を買ってきて家族全員にふるまったりしている。オヤジはあなたから金を借りるたびに借用証書を書いてあなたに渡している(これが国債に相当する)。
 
さて、あなたの子供はひとりだけだ。自分ら夫婦二人が将来引退した時にひとり息子の世話になるのは息子の負担を考えると無理そうだと考えて、あなたは自らの将来のために貯蓄しようと考える。これが個人年金、あるいは企業年金に相当する。
 
さてあなたの引退後の将来の所得確保のために相応しい資産は、次のうちどれだろうか? ①果樹園、②他国の国債、③オヤジの発行する借用証書
 
答えはもちろん、①と②である。 果樹園はあなたの引退後も果物を供給してくれる。他国の国債はそれを売って、他国から財やサービスを購入できる。ところが、③のオヤジの借用証書(日本の赤字国債に相当する)は、あなたがいくらためても将来の所得(購買力)にならない。オヤジは死ぬ時に言うだろう。「オレのおまえからの借金は、おまえがオレから相続するこの家と土地と相殺だ。」
 
要するに急膨張している赤字国債は何の実物資産の裏付けもない。唯一の保証は将来の徴税によって償還されるという政府の約束だけだ。しかし徴税される(税金を払う)のは国民自身だから、税金払って、その分年金もらうなら、キャッシュフローとしてはマクロ的にはチャラになるだけだ。
 
また、公的年金が世代間扶助の原理である限りは、国債を買うことで政府を通じて今の引退世代に払う年金給付金を負担していると考えられるので、それはそれでいいだろう。ただし、少子高齢化で将来の現役世代の人口は間違いなく減少する。従って、現在の現役世代が受け取れる将来の年金も間違いなく減少する。
 
それを回避するためには将来の現役世代の負担を重くするしかないが、世代間の格差が拡大するばかりで、政治的抵抗が起こり、それはできないかもしれない。ならば、実質給付が減少するしかない。これを回避する方策はない。
 
一方、民間の企業年金、個人年金はどうだろうか?これらは現在の現役世代自身が将来受け取る給付のために積み上げているという原理でできている。ならば、国債という実物資産の裏付けのない金融資産に投じるのはマクロ的には意味がないのではないか?
 
日本だけでなく世界の株式や社債、国債に分散投資して、確実に将来の購買力に転換できる投資を行なうのが合理的だろう。実際、公的年金も民間企業年金もある程度はそうした分散されたポートフォリオを保有しているのだが、それでも圧倒的に高い比率で日本国債に投じられている。
 
すくなくとも民間の企業年金、個人年金に関して言うならば、自国国債に投じることはマクロ的に見る限り、自分の髪の毛を自分で引っぱり上げることで自分を持ち上げようとするようなものだと言えるのではなかろうか。
 
政府債務が空前の規模に累積する状況下で、国債金利が超低金利で安定しているのは、安全な金融資産としての国債の体裁に幻惑され、それが将来の徴税権の発動以外に何の資産的裏付けもないことを人々が忘却しているからかもしれない。
 
将来、国債を増税で償還できなければ、インフレで価値が目減りする形で結局国民が負担を負うだろう(インフレタックス)。赤字国債をいくら買っても、日本の未来は拓けない。この当然の事実に国民、投資家が気がつかなければ、日本は衰退するしかない。

日経ビジネスオンラインに寄稿した私の論考がヒット件数のトップになった。
亀井案こそ郵貯を潰す、時限爆弾のスイッチを入れた郵貯簡保の限度額拡大4月7日(水)http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20100405/213833/
 
(日経ビジネスの過去の私の論考は以下のサイトでご覧いただけます。)
 
昨年12月末に掲載された「もう鳩山首相を諦める? 友愛という優柔不断が日本を壊す」もヒット件数が爆発して、66件のコメントが寄せられた。ただしその時は、「この野郎、何言ってやがんだ!」系の反発コメントが多かった。(書かれている内容をちゃんと理解していない脊髄反射的な反発がほとんどだけどね。)
 
今回も右と左から「この野郎!」系のコメントを予想していたのだが、以外と冷静な賛同コメントが多かったので、拍子抜けした。まあ、私もご理解、ご賛同頂ける方が情緒的には嬉しいのだが。
 
ただ私の判断、分析のスタンスは前回も今回も同じで、鳩山政権はもっと政策の経済合理性、整合性、一貫性を身につけないと行き詰まるよと言っているに過ぎない。
反発よりも賛同が増えたのは、さすがにハト&カメ政権のやっていることに国民が唖然とし始めている結果かもしれない。
 
今回は、郵貯の収益構造は単純に長短の金利イールド(定額預金調達と長期国債運用による金利スプレッド)に依存しているので、国債金利が1%上がる(=国債価格が下がる)だけで債務超過に陥ると、まともな金融系エコノミストならだれでも分かっているALM上のリスクを指摘しただけだ。
 
字数の制約で割愛した論点をこのブログで以下に補足しておこう。
寄せられたコメントに次のようなものがあった。
 
「膨張を続ける国債への将来不安は、すでに一般論として共有されており、郵政をはじめ金融機関がそれに備えた対策を模索し、リスクヘッジ経営を強化するのは当然のあり方である。(中略)郵貯あるいは郵便局の存在そのものの意義、重要性を改めてきちんと認識してからにしてもらいたい。」
 
確かに、郵貯が今抱えているALM上のリスクをヘッジ(回避)する手段は幾通りかある。
 
その1、保有している国債を長期から短期にシフトする。そうすればデフレがインフレに転換した時に不可避の国債価格の下落(=利回りの上昇)の損失を最小限にできる。ただし、短期あるいは期間中期(2,3年)までの国債利回りは現状ではゼロに近いから、リスクは消せるが、運用収益も失わざるを得ない。
 
その2、金利スワップ取引で将来の金利上昇リスクをヘッジする。
この場合は、長期国債ベースの固定金利で利息を支払い(現行1.3~1.4%)、短期金利(現状ゼロに近い)を受け取る金利スワップ取引を、保有する中長期国債の保有金額と同じだけの想定元本で締結すれば、金利上昇リスクはヘッジ(回避)できる。でも、それは「その1」と同様に利鞘収益を全部失うことを意味する。
 
要するに運用をほとんど国債で行ない、民間の金融・投資機関のように信用リスクなどその他の様々なリスクを負わずに、長期と短期の金利スプレッドだけに収益を依存している郵貯は、デフレからインフレに転換し、国債価格が下落(利回りが上昇)すれば必然的に巨額の損失を抱えることになる。
 
それを回避する唯一の手段は、民間の金融・投資機関のようにローンの信用リスクや株式の価格リスクなど様々なリスクを抱えながらも、それを管理する分散された資産ポートフォリオに資産構造を転換するしかない。
 
しかし、永年にわたり官制で国債運用だけでやってきた郵貯にはそうしたノウハウがない。それを急速に身につけて劇的な変貌を遂げるためには、民間の金融・投資機関を大規模に買収でもするしかない。
 
しかし官営のまま民間の金融機関の大規模買収に乗り出すなんて、社会主義を目指すのでない限り、いくらなんでも受け入れられないだろう。だから、行き詰まりは必然だと言うことになる。
 
私は郵便事業の全国一律サービスを維持すべきだという理念まで否定はしない(別に支持もしないがね)。ただしどのような政策理念であっても、それを実現する方策は経済・金融の合理性に基づいたものでなければ破綻するよ、と言っているに過ぎない。ところが、ハト&カメ内閣に一番欠けているものが、そうした知見だと言わざるを得ない。
終わり
 

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