「デフレの正体」(藻谷浩介)がベストセラー本のひとつとして売れている。私も買って読んでみた。ひとことで要約すると、デフレの本当の原因は、日本の少子高齢化とそれに伴う過剰供給・過少消費だと言う。
この仮説を論証する本書の内容は、様々なデータを駆使してはいるが、基本的な統計データによる検証に耐え得ない。一般向けの講演会なら聴衆を説得してしまうことも可能だろうが、経済系の学界で発表したら木端微塵になるのは目に見えている。
そう思っていたら、高橋洋一氏がダイヤモンドオンラインで、この少子高齢化=デフレの正体論を簡潔明瞭に批判、否定していた。
デフレの要因が少子高齢化・人口減少であるかどうか、それを検証する方法は2つある。
第1に時系列データに基づいててインフレ・デフレと少子高齢化や人口増加率(減少率)の変化に相関関係があるかどうか?
第2に主要諸国のデータに基づいて、インフレ・デフレと少子高齢化や人口増加率の間に相関関係が見られるかどうか?
この2つの検証は最低限欠かせない。もちろん相関関係は因果関係とは異なるが、少子高齢化・人口減がデフレの原因ならば当然相関関係が観測されるはずである。相関関係が検証できないなら、因果関係もないと考えるのが論理的な推論である。
この2点で高橋洋一氏は、デフレの正体=少子高齢化・人口減という仮説をデータを示して簡潔明瞭に否定しており、私も完全に同意できる。むしろこの程度の基礎的な検証に耐え得ない仮説が出版されて、影響力を持ってしまうことに唖然とせざるを得ない。 この本に賛辞を寄せている識者の中にはエコノミストもいるようだが、見識を疑われると言っておこう。
ただし高橋洋一氏が、インフレもデフレもマネタリーな要因、つまり通貨供給量の変化が主因だと主張している点は、やや一面的過ぎると思う。高橋氏は持論を支持するデータとして主要国の通貨供給量とインフレ率の間に相関関係がある図を示している。これはこれでひとつの検証材料にはなるが、十分ではなかろう。
以前「なんでデフレなの?どうしたらいいの?」で4回に分けて述べたように(以下サイト)、マネタリーな要因は重要ではあるもの、それだけが決定的要因ではない。
私は①マネタリー要因、②マクロ実体経済要因(需給ギャップ)、③経済主体の期待要因の3つに分けて説明した。 1990年代以降の日本について見ると、実は②の需給要因ギャップが消費者物価指数の変動と強い相関関係を持っていることが確認できる。以下の図表をご覧頂きたい。
米国のエコノミスト会合用の資料として英語で書いたままで恐縮だが、縦軸は消費者物価指数の年平均の前年比変化率、横軸はいわゆるGDPギャップ=(実際のGDP-潜在GDP)/潜在GDPだ。
潜在GDPとは労働や設備など経済資源がフル稼働した時に実現できる供給量である。不況時のように供給超過の時は潜在GDPが実際のGDPを上回り、GDPギャップはマイナスになる。
GDPギャップは日本の内閣府やIMFなどが定期的に推計しており、ここではデータが使いやすいIMFの推計値を使用した。散布図を見て分かる通り、GDPギャップがプラス(需要超過)になると消費者物価指数の変化がプラス(物価上昇)になり、GDPギャップがマイナスになると(供給超過)消費者物価指数
の変化はマイナス(物価下落)になる。右肩上がりの線形近似線がそれを示している。
しかも、計測された決定係数(R2)は0.57であり、詳しい説明は省略するが、これは消費者物価指数の変化の57%が、GDPギャップの変化で説明できることを示している。
2011年以降のデータは予想値である(散布図で赤い点)。IMFのGDPギャップ予想を前提に、私が2011年以降の消費者物価指数の年平均変化率を試算したものだ。IMFのGDP予測とGDPギャップ予測が正しければ、日本の消費者物価指数が年平均ベースで前年比プラスに転じるのは2013年になることを示している。もちろん、経済成長のテンポが予想を上回れば、デフレ脱却も早まる。
興味深いことに、米国についても同様の単回帰分析をしたが、米国では消費者物価指数とGDPギャップの間に日本ほど強い関係は見られなかった。
従って物価変動がGDPギャップに強く影響されるというのは、日本的な事情なのかもしれない。この推論が正しいならば、日米のこうした相違を生んでいる背景的な事情の相違があり、供給者や消費者の行動パターンの分析が求められるのだろう。(今、そこまで展開する準備は私にはない。)
また、マネタリー要因として通貨供給量(マネーストックM2)を使って、M2の変化と消費者物価指数の変化の間に有意な相関関係が見られるかどうか、検証したが、残念ながらほとんど相関関係は見られなかった。マネタリー要因が物価上昇率の要因として働いていることを時系列データでどのように検証できるのか、問題が残ってしまった。

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