11月に「これを読めば分かる!アメリカ金融危機書籍3」を書いたが、もう一冊追加したくなった。
たった今読み終わった「ポールソン回顧録(On The Brink)」である。
 
読み始めるまであまり期待していなかった。なにしろ元ゴールドマンサックスのCEOで2006年夏にブッシュ政権の財務長官となった人物である。大金融危機の勃発で財務長官として散々な目にあったとは思うが、「自業自得のようなものだろう」ぐらいに思っていた。
 
ブッシュからオバマへの大統領交代で退任する時に、今回の金融危機のマクロ的要因のひとつとして、海外から米国への旺盛な投資資金の流入が、長期金利を押し下げ、信用の膨張を助長したことを同氏が語っていたことも、気に入らなかった。 バブルが生じたことの責任転嫁論としか思えないからだ。(金利が低過ぎてバブルになったのなら、もっとFF金利を引き上げて引き締めておけば良かっただけのことだ。自国の金融政策の失敗だろう。)
 
しかし、この回顧録はそうした弁解調ではない。危機の連鎖で起こったこと、政府が取り得た対策、実際に取った対策、そうしたことを率直に語っている。米国の主要な金融機関の全てが、信用危機に直面して次々と火を噴くという戦場のような環境で、金融市場の崩壊を止めるために、文字通り大車輪で奮戦した物語が、弁解や正当化は最小限(ゼロということはないだろうが)で語られている。
 
邦訳で574ページとかなり長いが、話の展開のテンポが良く、まるでノンストップ系の映画を見ているように読める。極めて錯綜した「物語」なのに、とてもよく整理されている。かなり腕の良い編集者が仕事しているのだろうと想像する。(ただし今次の金融危機について基本知識が足りない読者には、そう簡単ではないかもしれないが。)
 
当時大いに問題となったこと、なぜ2008年春にベアスターンを救済し、同年9月にリーマンは救済せず(実は救済に奔走したが、救済できなかったのが真相)、その直後にAIGは救済されたのか、その理由も率直に語られている。外野席から文句を言うのは容易だ(連邦議会の議員の多くも外野席でしかない)。
 
危機収束の最終的な決め手になった7000億ドルのTARP(不良債権救済プログラム)法案が、民主党vs.共和党の党派的なかけ引きで最初の投票では流れてしまったこと、その直後に株価が急落した結果、議員らが危機感を強め、再投票でようやく成立した過程など、リアルに描かれていて、ドラマを見ているように面白い。
 
通俗的には対立事項として考えられている規制緩和(自由化)とバブル&危機の関係についても、「市場でのイノベーションが足早に進む一方で、規制改革がそれに追いつかず、悲惨な結果を招いてしまった」(p550)という認識が繰り返し強調されている。この点は私も繰り返し強調してきたことだ。「なぜひとは市場に踊らされるのか?(第2章)」(2010年、日本経済新聞出版社)
 
実際、オバマ政権の下で進められている金融規制改革の最初の骨格は、ポールソン財務長官の下で財務省が2008年に発表した金融規制改革案で登場している。
 
既に紹介した3書には、危機対応に奔走した政策担当者の視点から書かれたものがないので、本書を加えるとより包括的に危機の2年間の全体像を理解することができるだろう。
 
ところで、日本で再びなんらかの経済危機が起こった時に、ポールソンのように超精力的に奮戦できる経済官僚は今の日本にいるだろうか? まことに政治家も官僚も心もとない・・・・。
そもそもトップが以下のような感覚なのだから・・・・。
 
「菅直人首相は27日夜、米格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズが日本国債の長期格付けを引き下げたことについて、首相官邸で記者団に「そういうことに疎いので、(コメントは)改めてにさせてほしい」と述べた。」  
疎いのは分かっているが、一国のリーダーなら、それにふさわしい別の言い方があるだろうに・・・((+_+))
 
追記
本日Financial Crisis Inquiry Commissionが、危機の包括的な調査レポートを提出した。
以下のサイトで全文が読める。
まだ中身を見ていないが、545ページもある。「うへ~、ありがとう・・・」と言う感じ。
このレポートの評価を巡って民主党と共和党が対立しているそうだ。
どこの国でも「超党派」というのは難しいね。