忙しいビジネスマンは日経新聞の「経済教室」やその下の「やさしい経済学」などはあまり読まないだろうか。
私も銀行員時代はあまり読まなかった。しかし、大学に転職してからは、「ご同業様方」が世間一般に向けてどのようなことを言っているのか、てっとり早く知る紙面としてほぼ欠かさず読んでいる。
 
2月25日のやさしい経済学「投資家行動と経済物理学」(成城大学教授 増川純一)のコメントがちょっと目を引いた良。
圧力や温度などを変えていくと体積などモノの状態は変わりうるが、ある特殊な圧力や温度では相が混在する状態が起きる。これを臨界状態という。水の場合、218気圧で374度のときに液体相と気体相が混在する状態が生まれる。臨界状態を超えた温度や圧力では、もはや液体、気体という相の区別がなくなる、そのギリギリのところが臨界状態だ。
 臨界状態に達したときに起きる物質の特別の性質のひとつが、部分の変化が全体に瞬時に伝わることだ。水の例でいえば、水の分子間で及ぼし合う力が連鎖し、水蒸気中に生じた小さな水滴が瞬時に大きな水滴に成長する。最近の研究で協調行動で外敵をかわす鳥の集団に臨界状態に近い性質が確認された。
 相場の価格変動も臨界状態にある集団の特徴と共通する点が多い。」
 
「相転移」という現象が、人間現象、市場・経済現象にも適用できるのではないかというのは、以前から指摘されてきたことだ。例えば、以前このブログで日本の財政赤字と将来の国債価格の暴落(利回り急騰)リスクについて書いた時、「2002年から2007年までの景気回復&政府債務の増加過程でも国債利回りは0.5%も上がらなかった。だからこの先また景気回復が続いても、大した利回りの急騰はないのではないか?」という趣旨のコメントを具体的な数字を付して頂いた。
 
その時に、雪崩の例でお答えした。山の斜面に雪が1メートル積もった時に、雪の層が10センチずれ下がったとしよう。従ってさらに1メートル積もった時も雪の層のずれは10センチと推定するのは正しいか?やはりこれは正しくない。雪が積もり続けると、ある時点で雪の層は雪崩というそれまでとは全く異なった変化に転じる。
 
では市場現象も「相転移」で説明できるかというと、厄介な問題がある。水や金属など自然現象の多くは、一定の条件下で繰り返し実験可能だけど、市場現象はそれができない。バブルとその崩壊のように同じようなことは歴史の中で繰り返し起こるけど、それが起こる条件も異なり、結果も同じということはない。
 
そこでエコノミストや経済学者は回帰分析を使って、過去の経済変数間の関係を検証して、傾向的な法則を導いたりする。ところがこの回帰分析もバブルが崩壊局面に転じるような「相転移」の局面では変数間の相関関係が激変してしまうので、過去の傾向が全く様変わりしてしまう。
 
特定の市場現象の相転移が完全に説明できるようなモデルはおそらく構築できないのではなかろうか。というのは、例えば政府の債務残高が他の経済変数との関係である水準に達すると(たとえば債務がGDPの200%を超えると)、国債の暴落が始まるというような相転移局面を高い信頼度で予測できたとしよう。
 
それが正しいと受け止められたら、投資家はその条件が達成される少し前の時点で国債の売りに殺到するだろう。そしてその事前の国債の売り殺到を予測する投資家は、さらにその少し以前に売りに走るだろう。という予測と選択のフィードバックが無限に繰り返されると、いったいどういう状態に帰結するんだろうか?帰結の収束点(均衡点)はあるかもしれない、ないかもしれない。あるいは複数の均衡点があるかもしれない。やっぱりわからないねえ、予測不能だね~ということになるかな。
 
というわけで、引用した増川先生の解説シリーズが(今回は1回目)どのように展開するのか、ちょっと関心がある。
 
追記:ホームページも更新してエコノミストの掲載論考をアップしました。以下サイトの「評論、論考」、ご参考まで。