日経新聞で今掲載されている成城大学増川純一教授の「やさしい経済学 投資家行動と経済物理学」の(4)(3月2日付)が面白かった。ちょっと引用しよう。
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市場とは、参加者同士が直接的あるいは価格を通じて間接的にコミュニケーションして、その意思決定に相互に影響し合う集団とみなせるだろう。市場がどう機能しているか理解するため、簡略化したモデルを考えたい。
投資家間の結びつきを碁盤にたとえ、それぞれのマス目に市場参加者がいると考える。彼らは東西南北4つの隣接したマス目の参加者の影響を受け、売りや買いを判断する。このように2つの状態や行動(この場合売りと買い)のいずれかをとる各構成要素(メンバー)が隣接した要素と相互に力を及ぼし合うようなモデル構造をイジングモデルとよぶ。
鉄のそれぞれの原子が微弱な磁性をもち、それらのN極とS極の向きが同一方向にそろうと強磁性体(磁石)となる。イジングモデルはこの磁石の性質を知るときによく使われるモデルだ。こうした磁石では原子が相互に及ぼし合う力の強さによって集団(鉄のかたまり)の振る舞いが変わる。原子の磁力がある方向にそろい始めると、周辺の原子もその方向にそろおうとするよう促される。
株式などの市場構造をイジングモデルを使って眺めると、1人の市場参加者の判断が、隣接した参加者のみならず、相互作用の連鎖によって離れた参加者の判断にも影響を与えることが説明できる。参加者の模倣傾向が小さい(個々の模倣する確率が低い)うちは、各参加者が自律して行う投資判断にかき消され、個々の判断が遠くの参加者に及ぼす影響は限定的だ。あちこちに同じ投資判断をもつ隣接した参加者からなる小規模なグループができては消えを繰り返すだけで、ひとつのグループが集団全体に広がることはない。(だからバブルの形成も崩壊も生じない場合、竹中)
 
だが何らかの要因で模倣傾向が強まると、同意見のグループの規模が拡大し持続時間も長くなる。その強さがある境に近づくと、集団には、数人から集団全体の大きさに迫る人数のグループまで、様々な大きさの同意見のグループが混在するようになる。
 
個々の模倣する確率が高まり、ある水準に到達したこの境が初回で説明した臨界状態に達した点(臨界点)だ。臨界点では、平均的な尺度が消失すると述べたが、もうひとつ重要なのは、集団が外から受ける影響に敏感になることだ。株式市場でいえば、相場に影響する経済ニュースに神経質になるわけだ。このことは、臨界状態にある市場が時にはささいな風評で大きく動く可能性も示唆する。つまり何らかの要因で参加者の模倣傾向が強まると市場が臨界状態に達し、暴騰や暴落が起きるのだ。(バブルの形成と崩壊の相当する状態、竹中)
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このインジグモデルによる市場現象のアナロジーは他の書籍でも紹介されているわりと有名な話だが、改めてこのように整理されて説明されると、私の市場観にぴったりと一致する。「なぜ人は市場に踊らされるのか?」(日経新聞出版社2010年)で強調した市場観だ。
 
つまり消費財市場と資産市場では、参加者の行動特性が異なるということだ。資産市場では商品それ自体の効用ではなく、金銭に換算された貨幣価値の無限の増加を目的に、多数の参加者が買おうとする資産が最も値が上がるので、それを買おうと他者依存の意思決定が支配的になる。 そうすると選択と価格変動の間のポジティブ・フィードバックが優勢になり(買うから上がる、上がるから買う)、バブルが形成される。バブルの崩壊は同じくポジティブ・フィードバックが下向きに働く場合だ。
 
こうした市場観はケインズが美人投票の例えで語ったことでもあるが、その後の経済学の発展は、その含意を理論化するのでなく、反対に合理的期待形成、効率的市場仮説に基づいた方向へ進んでしまったということだろう。
 
バブル化した市場がインジグモデルの示唆する臨界状態にあるのならば、ささいな(偶発的かもしれない)変化・刺激で崩壊もおこるので、バブルの認識はできても、それがいつ崩壊するかという予想は合理的には成り立たないことになる。
また今、中東諸国で起こっている反政府運動や政権転覆も同じような臨界状態での急変として考えることができるかもしれない。