広木隆の「ストラレジストにさよならを」(←アマゾンに飛びます)(ゲーテビジネス新書、2011年12月)を読んだ。著者は大和証券を皮切りに内外の投信運用会社を渡り歩き、現在マネックス証券のチーフ・ストラテジストだ。本ブログのリピーターの方は株式投資がお好きの方が多いようなので、既に読まれた方もいるだろう。
 
167ページの薄い新書だから、あっと言う間に読める。株式投資の入門書として評価できる。現代投資理論の基礎を踏まえながらも、株式投資に永年係って来た人間としてのうんちくというか、特有のセンスをきかして展開している点が共感を持ている(ああ、そう言えば私も外為ディーラー上がりで国際金融論を専門にしているエコノミストだったね(^_^;))
 
ナシム・タレブの著書(「ブラックスワン」と「まぐれ」)を2回引用して「連中(ストラテジスト)は芸人に過ぎないのだ」「身も蓋もないが、ストラテジストは(私を含めて)みんな能力的には五十歩、百歩だろう。能力というのは相場の先行きを占う能力である。本当に相場を当てられるなら、ひとに教えたりしないで自分で相場をはる」と素直に言い切っているのも良い。
 
素人投資家は、利食いが浅く、損切りが遅くなる点を指摘しているのは、まあ相場系業界では常識に過ぎないが、プロの世界でも一番難しいのが損切りだ。というか・・・・損切ること自体はある意味で簡単なんだが、損切った後に冷静に操作を続けることが難しいと言った方が正しいかもしれない。
 
損切りは自分の当初の判断やビジョンの否定だ。否定した上で方針やビジョンを修正・立て直して、整合性のあるディーリングを継続することが難しいのだ。だからディーリングをさせると人間は2種類に分かれる。ある者は損切りが遅く、自分の当初の判断に固執する。こちらの方が多数だ。もう一種類は、ポジションの転換がめまぐるしく、利食いと損切りをやたら頻繁に繰り返すタイプだ。 
 
双方とも適正としては欠けている。経験を積むことで中間的なバランスを身につけ、結果として収益を累積させた人間だけが長く生き残る。
 
著者は長期&分散投資の原則を尊重しながらも、テキスト的な主張とはちょっと違う主張をしている。そりゃあそうだ。日本株を対象にする限り、過去20年間もテキスト的な長期分散投資をしていてもマイナスのリターンでしかない。
 
それでも2000年以降で東証の銘柄の48%はプラスのリターンだそうだ。どうやって自分のポートフォリオからマイナス銘柄を捨て、プラス銘柄を長期に保有するかが問題になる。著者はある程度多銘柄に分散投資する形でスタートし、ダメ銘柄は10%程度で損切りすることでポートフォリオから淘汰しなさいという。 
う~ん、それで本当にインデックスよりリターンが上がるかどうか、確証はない。著者も確証などは与えていない。しょせんやってみなければわからない不確実ゲームだと言う。その通りだね。
 
売買のタイミングは難しいから、高値を売り抜けよう、底値を買おうなどと言うことはやめて、高値圏と思ったらタイミングを分割して売り抜ける、底値圏と思ったら分割して買うことを推奨している。これは私も著書で強調していることであり、まあ相場に長く従事した人間としては常識だな。
 
7章の「現在の日本株は割安ではない」は現状分析として一考に値する。
現在の日本株はPBRで1を割り、0.9程度であり、一見割安であることをを示している。
 
PBR=ROE×PERである。
 
従ってPERが趨勢的に一定ならば、ROEとPBRの間に相関関係がみられるはずだ。確かに米国ではそうなっている。ところが日本では1998年から現在までで見ると相関関係がほとんどない。これはROEを投資尺度として重視してこなかった日本の株式市場の特殊性だと解釈する。
ところが、日本でも2005年以降に限定すると相関関係が見られる。
 
これは日本でも投資家がROEの向上を要求する(でないと投資しない)方向に変化してきた結果だと解釈している。その象徴的な出来事が、日本の企業年金連合会がROEが8%以下に止まる企業の取締役の再任について株主総会で反対票を投じることを決めたという変化に注目している。
 
ところがそれでも日本企業のROEは米国のそれに比べると半分程度の低さに止まる。
2000年代に入ってもPERが相対的に高かったので、PBRは1を割れなかったが、この趨勢的なROEの低さに加え、長期的な成長期待の低下と2008年リーマンショック後のリスク・プレミアムの上昇が加わった結果、PERが低下し、PBRの1割れを結果したのだと説明している。
 
なるほど、そうすると今後世界景気の回復が継続し、リスク・プレミアムの低下や足元の成長率が回復しても、日本株の低ROEが改善しない限り、日本株の大きな上昇は期待薄であるということになろうか。
 
そうした大局的な判断を踏まえて、株式投資で長期、例えば10年で5%程度の年率リターンが実現できたら十分な成功だと言っている。そうだな。これが今次の危機後の投資の“new normal”だろうなと私も思う。
 
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竹中正治HP