前回ご質問を頂いたこの問題について書いておこうか。これまでの著作ではほとんど書いていないテーマだ。というのは、私の頭の中では解決、完了済の問題であり、あまり書く気になれなかったからだ。
 
私が初めてチャート手法にふれたのは1982年頃だ。ちょうど銀行(東京銀行)で外国為替のディーリング業務に関わり始めたばかりの頃だ。当時の外為ディーラーの間でもチャート手法は、比較的新しく利用され始めたもので、「過去のデータだけから将来の相場変動の手掛かりが得られる」という点で強く惹かれる人と、うさんくさく感じる人に分かれた。
 
もっとも日本におけるチャート手法は江戸時代の米相場の時代に遡るから、当時の外為ディーラーはそうした過去の手法を再発見、再導入したと言うべきだろう。
 
ちなみに当時の銀行の為替資金部為替課の課長で入行3年目の私の上司だった方は、チャートにどんどんはまっていき、年数を経るにつれて「この世の森羅万象はチャートで読み解ける」風の一種の神秘主義に傾倒してしまった。 この方というのは、外為相場の世界で名の知れた若林栄四さんである。
 
チャート・アプローチが有効かどうかは、過去のデータが将来の価格変動に関する情報を含んでいるかどうか、という問題である。将来情報を含んでいるなら、なんらかの手法でそれを抽出することもできるだろう。
 
この問題に対する検証は、概ね2つの手法で過去検証されてきた。
 
ひとつは実際に使われているチャート手法で過去データに基づいて売買すると市場リターンを上回るリターンをあげることができるかどうかをコンピューターで検証することだ。これについてはマルキールの「ランダム・ウォーカー」の中で語られているが、売買コストも勘案した上で市場の平均リターンを超えるチャート手法は発見も発明もされていないという。
 
こうしたコンピューターを使ったチャート売買シミュレーションは、実際の場合よりも過大評価された結果をもたらすと考えられる。というのは、例えば特定の水準(買いシグナルが出る水準)を相場が超えたら「買う」という操作をするわけだが、シミュレーションではその指定した水準で買えることを普通想定する。
 
しかし実際には、皆が共有しているような買いシグナル・ポイントは、そこに達すると相場の変化が不連続になってしまうことが多いので、指定した水準よりある程度高い水準でしか買えない。売るときはその逆になる。なんでそうなるかは、察しがつくだろう。
 
買いシグナルのポイントであることを皆が共有しているので、売りがひき、買だけが殺到するからだ。 そのように過大評価されている可能性のあるシミュレーション結果でも、超過リターンを安定的に得ることはできないのだ。
もちろん、特定の期間、チャート手法が市場平均を超えることはある。問題は長期にわたって超えるかどうかである。
 
第2の検証法は、相場変動の時系列データがある時点を起点にして前と後とで相関関係があるかどうかを検証する手法だ。例えば、過去3日相場の上昇が続いた後、4日目も相場が上昇する確率が50%よりも高ければ、過去3日の変動と4日目の変動には、多少なりとも正の相関関係があると言えることになる。
 
逆にもし50%以下なら負の相関となる。ちょうど50%ならば、コイン投げと同じで相場の動きはランダムということになる。ランダムなら予測不能だから、過去のデータは将来の変動の情報を含んでいないということになり、つまりチャート手法も否定される。
 
この検証結果はちょっと微妙である。様々なタイムスパンで検証された結果、相場の動きは完全にはランダムではないことが分かっている。つまり時系列のデータから多少なりとも相関関係が観測されるのだ。この点は1月に「複雑で単純な世界」の書評で書いたテーマでもある。
 
ただし観測される相関関係は決して安定的ではないようだ。相場はほぼランダムと思われる局面と、自己相関が生じて上げトレンドや下げトレンドが持続する局面とに分かれると同著は語っている。ただしひとつのトレンドが何時終わるのか、あるいはいつトレンドが始まるのか、何らかの予兆でそれを事前に知ることができるか、そうした問題については「まだ研究中」ということで確かなことは言えない。
 
要するに相場のトレンドはある程度は存在するようだが、その始まりと終わりを過去のデータから予測することはできていない。
 
そもそも、儲かるチャートなどがあるとしたら、そんなもの公表したり、売ったりするだろうか?そんなものがあれば発明者が自分ひとりで儲けるはずだろう。 仮に有効なチャート手法があったとしても、チャートシグナルが多くの人と共有されることによって、その有効性は失われるからだ。  
 
昔の上司だった若林さんは講演会などでは、「私の秘蔵する門外不出の罫線によると・・・」というようなことを言うらしいが、まあ、「皆の知らない秘密を自分は知っている」かのように示唆することで人を惹きつけようとする古典的な幻惑商法に過ぎない。
 
それでは私はチャートを全く見ないかというと、そうではない。もし再び短期ディーリングの実務を担当するようになったら(そんな気はないが)、私は再びチャートを見るようになるだろう。なぜか、チャートのシグナルを多くの人が信じて売買することによって、シグナルが自己実現する局面と、自己否定(だまし)になる局面を、現実の相場の短期変動は繰り返すからだ。
 
短期売買では、人々が何を信じて売買しているかという情報は重要だ。そうした情報に接して一瞬早く動くことで僅かな利益機会が生じ、それを蓄積するのが仕事なんだからね。
 
まあ、もっとも近年はそうした超短期売買はアルゴリズム・トレーディングでコンピューターがミリセカンドの時間単位でやっているから、人間が同じことをやって勝てるはずもないけどね。
 
チャートについてはだいたい、こんなところでいいかな。
 
竹中正治HP
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