ユーロ圏の抱えている原理的な矛盾については、過去すでに雑誌(週刊エコノミストなど)に繰り返し書いてきたし、エコノミストの間でもほぼコンセンサスだと思うが、世間一般にはそうでもないのかもしれない。週刊エコノミストの連載(7月掲載)に、この問題をコンパクトにまとめた論考を書いたので、その一部を以下に掲載しておこう。
 
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国際通貨・金融制度について、「トリレンマ」として知られている原理がある。為替相場の安定、独自の金融政策、国境を越えた資金移動の自由、この3つを同時に満たす制度は原理的に不可能で、同時に実現できるのは2つまでという命題だ。
 
為替相場の不安定な変動は厄介なことだが、為替相場変動リスクを統一通貨によって解消したユーロ圏では、各国は独自の金融政策を放棄することがその代償になった(の選択)。その結果、通貨・金融政策は統一されたが、払わなければならない代償は、この後すぐ述べるように予想以上に大きかった。
 
また各国通貨を維持しながら、固定相場を導入するならば(の選択)、その代償に国境を越えた資金移動の自由を放棄せざるを得ない。すなわち海外の金融資産を自由に選んで投資することや、海外から資金を自由に調達することは放棄しなくてはならない。これは現在の中国を始め新興途上国が程度の差こそあれ採用している政策だ。そしての組み合わせは米国や日本など先進諸国が最も多く採用している変動相場制である。
 
 各国独自の通貨・金融政策を放棄したことの代償が、当初予期された以上に大きかったのがPIIGS諸国だ。まずPIIGS諸国はユーロ統一以前には相対的にインフレ率の高い諸国として知られていた。インフレ率が高いなら、金融政策により適用される金利も高くなくてはならないが、ユーロ発足で金融政策は一本化された。それによって実現した金利水準は、ドイツなどにとってはやや高過ぎ、PIIGS諸国には低過ぎるものとなった。その結果、PIIGS諸国は2007年までは住宅ブームに後押しされた好景気を謳歌したが、それは結局バブルとなり、米国での金融危機を契機にバブル崩壊型の不況に突入してしまった。
 
人工心臓で命を保つユーロ圏
 また、PIIGS諸国はドイツと比較すると労働生産性の上昇率で劣っているにもかかわらず、通貨相場の切下げという選択肢が放棄されたので、域内での経常収支不均衡が拡大した。もちろん、PIIGS諸国の赤字拡大である。2007年までは順調に流入する外資が経常収支赤字をファイナンスしていたが、危機で民間資本の流入はストップ、ないしは逆流するようになった。それを埋め合わせるために今ではPIIGS諸国の中央銀行とECB(欧州中央銀行)の間の貸借(PIIGS諸国中銀の借り)が急膨張している。たとえて言うならば、自力で血液(資金)が循環しなくなったので、人工心臓(中央銀行間の貸借)で血液(資金)を循環しているようなものだ。
 
 こうした危機的な事情を反映して、例えばスペインではGDPに占める政府の債務(グロス)比率は70%程度と、日本(約200%)や米国(約100%)と低いにもかかわらず、10年物国債利回りは57%まで上昇して高止まり(価格は下落)している。
 
 不況にかかわらず国債金利が高止まりしている状態が、いかに長期にわたって持続不可能であるかを理解する必要がある。例えばスペインが厳しい財政緊縮を続け、EU(欧州連合)の新財政協定で目標とされた年間の財政赤字はGDP0.5%以内という厳しい条件を達成、持続でき、名目GDP成長率が3%で成長したとしても、国債金利が平均6%だと政府債務残高は今後どうなるか。
 
試算方法は紙面の制約で省略するが、GDP比で2011年の約70%から2050年には250%に膨張してしまう。国債金利が5%でも2050年にはGDP180%になる。こうした政府債務残高の一方的な膨張は、国債の将来の元利返済に対する投資家の不安をかき立て、ますます投資家はスペイン国債に高いリスク・プレミアム(超過利回り)を求めるという悪循環に陥っているのだ。
 
 こうした状況に対する究極的な解決策は、「欧州連邦」として通貨、金融政策のみならず、財政を含めた主権を統一することである。日本の都道府県や米国の州が、各県や各州の経常収支不均衡を気にすることなく、ひとつの国家財政の中で統合されているのと同じ状態になれば、ユーロ圏の今の問題は解決する。しかし、欧州連邦を目指す政治合意は依然ないし、仮にそれを志向する場合も、極めて長期的な時間を要するだろう。それまで金融システムが麻痺し、経済停滞で失業率が高止まりを続けることは、政治的に到底不可能だろう。つまり財政緊縮とそれへの政治的な反発の間で揺れ動くことを繰り返すことになる。ギリシャはユーロにとどまるよりも最終的に離脱する可能性が高い。
 
 こうした状況を勘案する限り、ユーロ圏の苦悩は今後収束に向かうよりも、まだ始まったばかりであると考えた方が良いだろう。ユーロ圏には危機と小康状態を繰り返す10年間がこれから待ち受けていると筆者は考えている。結論として、ユーロ相場の今後の下落余地はまだ大きく、PIIGS諸国の国債金利は長期にわたって不安定な状態が続くだろう。
 
参考サイト:
ユーロ相場と購買力平価について
PIIGS諸国の国債利回りについて