1980年代から顕著になった米国の所得格差拡大傾向はリベラル派と保守派の議論が最も先鋭に対立するテーマだ。
リベラル派を代表する経済学者ステグリッツ教授が、所得と資産の格差拡大は今次の金融危機と不況を契機に益々ひどくなっている、このままだと近未来には米国は格差拡大による中間層の没落と社会的な荒廃が進み、民主主義的な政治体制も崩壊するだろう、民主党のオバマ政権も、この問題に有効に対応していないと厳しく批判している。
 
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「市場メカニズムは所得格差を拡大する傾向を持つ」というのが日本で見られる通俗的な市場原理主義批判であるが、ステグリッツ教授の議論はこの点で異なる。 
 
むしろ市場機能は、それが公平にルール化され、運営されるならば経済全体の各層に恩恵と繁栄がもたらされるものだ。ただし「市場は独力では望ましい効率的な結果を出せないため、政府は市場の失敗を正す役目を果たさなくてはならない。税制と規制に関する制度設計を通じて、個人のインセンティブと社会的利益を同調させるのだ」(p78)と主張する。
 
この点は、市場メカニズムそれ自体を「搾取」「悪」としてイメージする日本の市場原理主義批判と一線を画するポイントだろう。
 
米国では税制も規制も、社会的全体の厚生を増進する方向ではなく、人口の1%の富裕者をますます富まし、99%を困窮化させる方向に政治的に操作されてきたというのが、ステグリッツ教授の批判の中核的論点である。
 
すなわち現在の金融関係者や大企業CEOら富裕者層の富は、市場の公平な競争の結果ではなく、「市場機能をうまく機能させない」手段が講じられている結果だという。これを「レントシーキングによる富の収奪」と批判している。
 
注:In economics, rent-seeking is an attempt to obtain economic rent by manipulating the social or political environment in which economic activities occur, rather than by creating new wealth,
for example, spending money on political lobbying in order to be given a share of wealth that has
already been created. (Wikipedia)
 
その手段とは例示すると以下の通り。
 
1、「市場の透明性を低下させる手法」(p81)金融のデリバティブ取引で顕著
金融業界がデリバティブの取引所取引を回避し、店頭取引の維持に執着したのはこのためである。
 
2、「情報の非対称性を利用する方法」(p82)
貧困者層と情報弱者層を対象にした掠奪的な貸付慣行(predatory lending practice)と濫用的クレジッドカード業務など
これを規制する法的試みは、金融界の徹底的なロビー活動で封じられてきた。
 
3、逆累進課税制度(p148)
ブッシュ減税:株式配当税率、15%←35%
キャピタルゲイン税率、15%←20%
遺産相続税:段階的にゼロに引き下げ
 
リベラル派の億万長者バフェットが「私の税率が16%で、私の雇っている秘書の税率は20%を超えている」と保守派の税制議論を批判したことは有名でしょ。
 
4、公的医療保険について政府が医薬品価格を医薬品メーカーと交渉することを禁じた法律条項
これもブッシュ政権の「成果」、医薬品メーカーは大儲け
 
ステグリッツ教授が主張する政策は、手短に言うと、累進税率を上げ、相続税を復活させ、まっとうな所得再配分政策を実現させることで、需要不足による低成長の現状から成長軌道に戻し、雇用の回復、経済成長、長期の財政再建を実現することだ。 
 
消費性向は富裕層ほど低くなるので、超富裕層から中間、低所得層への所得再配分は、全体の有効需要を増加させる。
 
それでは、なんでこんな1%の富裕階級ばかりに利する政策とそれを積極的に実施してきた共和党が政治的な支持を得られるのか?これが問題になる。
 
実はこの点は、リベラル派経済学者のもう一人の重鎮、クルーグマンが「米国政治史における最大の謎」と呼び、自らその謎を解明するために以下の著作を書いている。
 
この点に関するステグリッツ教授の見解は「6章 大衆の認識はどのように操作されるのか」に示されている。
一言で表現すると様々なイデオロギー的な装置で大衆は自分らの利益に反する誤った認識や信条を植え付けられているということだ。
たしかマルクスも何かの著作で「その社会の支配的なイデオロギーとは支配者階級のイデオロギーになる」と書いていたことを想い出す。
 
最後にフリードマンに代表される保守派の経済学者とリバラル派の対立軸を端的に表現している部分がわかり易いので、引用しておこうか(p371)。
 
「フリードマンは・・・外部性の重要度を控えめに見て、情報の不完全性などの“エージェンシー”問題を無視する。・・・自由市場に関する彼の所見は、経済分析ではなく、イデオロギー的確信に基づいていた。
 
不完全な情報や不完全なリスク市場がもたらす帰結について、フリードマンと長時間議論したのを憶えている。わたし自身の研究と、他の数多くの同僚の研究では、これらの条件下で市場は通常うまく機能しないという結果が示されていた。彼はそういう結果をまったく把握できなかったか、把握しようとしなかった。反論もできなかった。」(p371)
 
ところで、この本、翻訳本で読んだのだが、翻訳本にはリファレンスが全くついていなかった。データの出所など確認したい点もあるのだが、それができないので困る。
手間がかかるので出版社がコスト削減のために省略したんだろう。99%の読者にとっては、それで良いのだろうが、1%の読者にとっては問題になることもあるんだが・・・(^_^;) やっぱり英語版も買うかな・・・
 
追記:
米国の所得格差に関する最近の調査レポート2件、以下にご紹介しておこう。
おそらくステグリッツ教授の引用しているデータのかなりの部分は、以下の2つのレポートによるんじゃないかと思う。
(下段添付図参照)
 
ステグリッツ教授は連邦議員は大資本に雇われたロビースト達に籠絡され、FRBは大金融機関の手先であるかのように批判しているが、こういうデータとレポートが議会予算局やFRBで作成され、公表されているところに、米国の健全性と希望を感じる。 データそのものが隠蔽され、あるいは歪曲される国とは違う。
  
竹中正治HP
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