塩沢由典著の「市場の秩序学、反均衡から複雑系へ」を再読した。この本は単行本が出たのが1990年、掲載されている諸論考は1980年代に執筆されたものだが、今読んでも全く色あせていない。私が最初に読んだのは1998年の文庫本だ。
 
「今読んでも色あせていない」というのは言い換えれば、今日の主流的な経済学が本書が挑戦的に提示した課題に応えていないということでもある。新古典派の一般均衡論のアプローチが相変わらずはばをきかせているということでもある。
 
今では複雑系研究とその経済現象への応用を説く一般書も、訳本を中心にずいぶんと増えたが、90年当時では本書がパイオニア的な存在ではなかろうか。一般書と言っても、かなりつっこんだ経済学の議論が展開しているから、経済学部生でもかなりしっかり勉強している学生でないと読み通せないだろう。
 
示唆的な個所は多数あるのだが、11章の「複雑系における人間行動、ゆるやかな結合系(p363)」から記録ノートとして引用しておこう。
 
引用:
定型化された行動が有効であるためには、経済はゆらぎのある定常過程でなければならない。・・・定型化された行動は状況が互いに切断された、少数の変数からなる小部分に分解されることを前提としている。・・・
各部分が一時的に他から切り離されて独立に動きうるために、経済にはさまざまな切り離し装置
(decoupling devices)が内蔵されている。たとえば貨幣は交換を需要の二重の一致から解放し、取引を売りと買いに分離することに成功した。・・・
在庫の存在によって、需要と生産、あるいは供給と生産とが切り離され、たとえ不規則に変動する需要があっても生産を平準化することができる。・・・
 
(2つの関連する変数の動きは)紐で相互に結びつけられたふたつのボールによく似ている。一定の間隔内ではボールはそれぞれ独自の運動をなしうるが、紐がぴんと張る場面ではふたつのボールは相互に強い力で引っ張り合う。・・・
 
経済のほとんどの変数は一定の限度内で他から独立に動かしうる。・・・変数がこのようなあそびを持つことは、経済という系の作動と調整の様式に決定的な差異をもたらす。
企業や個人など各主体がそれぞれ自己の決定を下すことが可能になるのも、諸変数があそびを持っているからである。
長い目で見れば全ての変数が関連していながら、短期かつ一定の限度内では各変数が他から拘束されていないシステムを「ゆるやかな結合系(loosely connected system)という。」
 
私の為替相場に関する著作を読まれた方は、市場の為替相場が相対的なPPPから乖離と回帰を繰り返す様を強調していることを想い出して頂きたい。短期、中期ではPPPから乖離しながらも乖離には限度があり、PPPに回帰する為替相場の動態は、まさに上記に述べられている「ゆるやかな結合系」の一例である。
 
2通貨の金利格差変化と為替相場変動の相関関係が、安定的な局面と不安定な(相関の崩れた)局面を不規則に繰り返すのも、2つのボールの例でイメージしたゆるやかな結合系だからだと考えると分かりやすい。しかもボールを繋いだ紐はゴム紐であり、伸びたり縮んだりするとイメージした方が適切だろう。
 
竹中正治HP
http://masaharu-takenaka.jp/index.html (←ホームページ、リニューワルしました(^^)v)
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