6月21日付の日本経済新聞の以下の記事を読んで、基礎的なデータもチェックせずにいい加減なこと書いているなあ・・・と思ったので、指摘しておこう。
 
「3%成長」の蜃気楼、「長期停滞説」の波紋、6月21日、米州総局編集委員 西村博之
「構造的な低成長を招く一因は富の集中だとサマーズ氏や他の専門家は懸念する。上位1割の富裕層の所得の比率は1980年の30%前半から直近は50%まで拡大。お金持ちほど多く稼ぐ傾向が強まるのに、富裕層はお金をあまり使わない。下位9割の層が所得の1~2%しか貯蓄しないのに対し、上位1%の層は約40%をためるとの分析もある。経済全体で消費に回るお金は減り、成長率を押し下げているという。」
 
米国で所得格差の拡大傾向が続いていることも、またそれについて米国のリベラル派のエコノミストが繰り返し危惧の念を表明しているのも事実だが、それが記事が指摘するような因果関係で米国の経済成長率を押し下げているという事実は確認できていないと思う。 「サマーズ氏や他の専門家」が言っているというが、その主張を検証した論文のひとつくらいは紹介、引用して欲しいものだ。
 
記事が指摘する「所得格差拡大⇒経済成長率低下」の因果関係は、富裕層の消費性向は低い(貯蓄性向は高い)、従って富裕層への所得の集中傾向は、経済全体の消費性向を低め(貯蓄率を高め)、その他の条件が変わらないとすると、個人消費需要の伸びの鈍化を通じて成長率を引き下げるというものだ。
 
それをデータで検証するにはどうしたら良いか? 簡単なことだ。米国の家計全体の貯蓄率が所得格差の拡大に伴って上がっているかどうか確認するれば良い。 もっと簡単には所得格差の拡大は80年代以降の趨勢的な傾向だから、家計貯蓄率が趨勢的に上昇しているかどうか見れば良いわけだ。
 
では見てみよう。 以下の図が貯蓄率の推移である。上段が2000年以降の四半期データ、中段が長期の年間データである。 戦後の家計貯蓄率は1970年代前半の13%前後をピークに趨勢的に低下している。
 
より近年では2008年リーマンショック直後にいったん上昇した。これは住宅ローンなど債務を拡大させた家計がバランスシート調整(債務の圧縮=貯蓄率上昇)を強いられた局面であるから当然のことだ。しかし2009年の7%をピークに家計貯蓄率は低下傾向を辿っている。ちなみに2000年以降の平均値は4.6%であり、2014年第1四半期は4.0%である。
 
以前書いた通り、2010年代の米国の趨勢的な成長率の減速(3%強から2%台ミドル)は、ベビーブーマー世代の引退開始という人口動態で予測されてきたものだ。米国の所得格差拡大が低成長の原因という朝日新聞なら飛び付きそうな見解を、基本的な統計データのチェックもなしに書くのは、日本経済新聞の方にはやってもらいたくないねえ・・・・(^_^;)
 
ところで所得格差が拡大し、全家計所得に占める富裕層のシェアが拡大しているのに、米国では貯蓄率が上がっていない(消費性向が下がっていない)のはなぜか。それは米国の富裕層の消費性向が実は総じて高いためであると考えれば納得できる。 
 
日本と違って米国では富裕層、超富裕層向けのサービスや財の市場がとても大きい。わかり易い代表的な例がプライベイト・ジェットの利用だろう。 低所得層、ミドル中間所得層、富裕層、超富裕層に消費市場は分かれ、大きく異なった価格体系と内容で形成されている。 
 
それは昔からであり、例えば映画「華麗なるギャッツビー」でも見てみよう。米国の超富裕層は自分の富を誇示するようなド派手なお金の使い方が好きだ。 小金持ちじいさん、小金持ちばあさんが、たんす預金や預貯金を溜め込んでにんまりしているだけの日本とはずいぶん違うと言わざるを得ない。
 
さらに富裕層は現在のように株や住宅など資産価格が上昇する局面では消費に正の資産効果が働きやすいことも、貯蓄率の低下(消費性向の上昇)に加わっているだろう。
 
ただし以上の議論は現下の米国の所得格差と経済成長の問題であり、長期的な将来にわたる問題として私は米国の所得格差拡大傾向が今のまま放置されていても、趨勢的な経済成長に問題が生じないと考えているわけではない。
 
例えば、将来にわたり一握りの富裕層にますます所得の集中が進めば、低学歴・低所得層の増加、中間所得層の学歴、教育の質の低下などを通じて、生産性の低下やイノベーションの停滞が起こるかもしれない。そういう議論ならば、私としては大いに危惧に賛同できる。 
 
最後に、上記記事は今年の長期金利の低下(10年物財務省証券利回り3.0%⇒2.5%前後)を趨勢的な成長率の低下の結果であるという最近の通俗的な見方をしているが、これについては前回批判・指摘したことなので、繰り返さない。 
 
ただし、前回のGDPギャップと長短金利差の単回帰を四半期データでやったら、さらに説明度の高い結果(R2=0.73, R=0.86)が出たので、下段に散布図を掲載しておこう。2014年のGDPギャップは-3%~-4%と推計され、それに対応した長短金利差は2.5%であり、標準誤差(3分の2の確率で値が分布する範囲は±0.6%である。 従って年間データでやった結果とほぼ同様の結果が得られたことになる。 
 
念のために言い添えると、今回使ったGDPギャップはIMF(前回)ではなくCBO(議会予算局)の推計値で、GDPギャップの水準についてはIMFの推計と異なる。 GDPギャップは推計方式や前提の置き方の違いでけっこうばらついた結果がでる。 しかしここで重要なのはギャップの水準自体よりも、その変化と長短金利差との相関関係だ。異なった推計法による変数系列でやっても、現在の長短金利差についてほぼ同様の結果が得られたことは、得られた関係性の妥当性を強く示唆していると考えていいかな。