イラクに派兵された自衛官の自殺率の高さを指摘するブログやら一部報道が出回っています。だいたいレフトサイドの論者からのものですが、目についたものを点検してみましょう。
「イラク帰還自衛隊員の自殺は一般の15~17倍、米兵は毎日22人が自殺、集団的自衛権行使は若者の命奪う」 井上伸氏(国家公務員一般労働組合の執行委員)
引用:「『2014年度末現在、イラク派遣の陸上自衛官が21名、航空自衛官が8名、計29名。アフガン派遣の海上自衛官が25名。合計54名の海外派遣された自衛隊員が帰国後、自殺しています』
昨日(5月27日)行われた国会答弁で防衛省が報告したものです。
防衛省のサイトにあるイラク派遣の結果報告を見ると、イラク派遣された陸上自衛官は600名で、航空自衛官は210名です。
警察庁によると、自殺死亡率は、人口10万人当たりの自殺者数を示し、その計算式は、「自殺者数÷人口×10万人」となります。これで計算すると、イラク派遣された陸上自衛官の自殺死亡率は3,500で、航空自衛官の自殺死亡率は3,809.5になります。警察庁公表の2014年の日本全体での自殺死亡率は20.0なので、陸上自衛官は175倍、航空自衛官は190.4倍も多いことになります。
防衛省は、2004年から2014年までの11年間の自殺者数と言っていますので、これを11で割るとして、陸上自衛官は15.9倍、航空自衛官は17.3倍になります。」
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上記の計算は以下の通りです。
イラク派兵陸自自衛官の自殺率:21/11/600 =318人(年間10万人当たり)
318/20=15.9倍
イラク派兵の空自自衛官の自殺率:8/11/210=346人(年間10万人当たり)
346/20=17.3倍
この計算、何がおかしいでしょうか?問題は分母の600人、210人という数字が、イラクに派兵された自衛官の実数ではなく、部隊の人員数になっていることです。
部隊は自衛官をある程度入れ替えながら、複数回派遣されていますので、「毎回100%同じ自衛官が派遣されている」と極端な想定をした場合のみ、成り立つ計算です。
もちろん、部隊の構成員は入れ替えられているはずなので、派遣経験の自衛官実数>部隊人員数です。こうやって論理的に誤った過大な自殺率を計算しておいて、次のように煽っています。
引用:「安倍政権が今国会で成立を狙う集団的自衛権の行使を含む「戦争法案」が強行されるようなことがあると、自衛隊員のおびただしい戦場での戦死と、帰還後の自殺、PTSD、人間性破壊の惨状が現実のものとなってしまいます。 」
次にこうしたレフトサイドからの攻撃に対して、「反証」を提示したブログを見てみましょう。
http://blogos.com/outline/117490/ 参議院議員(自民党)佐藤正久氏のブログです。
「自衛官の自殺率:一般成人男性 約40.8人>イラク派遣自衛官約33.0人」
引用:「平和安全法制関連法案の審議が進む中、にわかに注目を集める「自衛官の自殺」。現在、事実とはかけ離れた数字や内容が独り歩きしています。そこで、「事実」を共有すべく、防衛省が作成した資料をお示ししたいと思います。
【自衛官の自殺死亡率】(概数)
一般成人男性(40.8人) > 男性自衛官(35.8人) > イラク派遣自衛官(33.0人)
一般成人男性(40.8人) > 男性自衛官(35.8人) > イラク派遣自衛官(33.0人)
イラク特措法に基づき派遣された自衛官の「平均自殺死亡率」は、一般成人男性(20歳から59歳)のそれに比べて、「低い」ことが明らかになりました。計算方法や数値など、細部は下に示した資料をご覧下さい。」
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私はこちらが真実かな・・・と最初思ったのですが、ちょっと疑問が残るのです。それを説明しましょう。
上記ブログの資料は防衛庁サイトでは公表されていませんので、国会で紙で配布されたものかもしれません。計算のベースとなった数字と計算過程が掲載されずに結果だけなのがもどかしいですが、検証のために逆算してみましょう。
イラク派遣自衛官自殺率33人(年間10万人当たり)
公表されているイラク派遣の陸自と海自の自衛官の自殺数29名(おそらく10年間)
イラク派遣された自衛官の実数:X
((29/10)/X)×100,000=33人
X=8788人
イラク派遣された自衛官の総数は8788人と逆算されました。
さらに以下の防衛省のイラク派遣に関するレポートを見ると「参考1」に自衛隊の部隊派遣実績が各回の部隊隊員数を含めて開示されています。
この表から陸自と海自の派遣のべ人数を合計すると、8870人となります。
あれ・・・? 上記の逆算したXともの凄く近似していますよね。
私の推測ですが、佐藤議員のブログで開示された防衛省資料のイラク派遣自衛官の自殺率は、派遣のべ人数を分母に計算された可能性が極めて高いと考えられます。私の逆算とのわずかな誤差は小数点以下四捨五入されているからでしょう。
派遣のべ人数を分母に計算することは、毎回100%隊員が入れ替わり、誰ひとりとして複数回派遣されていないという極端な想定のもとでなら、正しいですが、常識的に考えてそんなことはあり得ないでしょう。引き継ぎの必要からも、複数回派遣されている隊員がいるはずです。
というわけでこの防衛庁の計算は過小計算の可能性があります。
真実は上記の過大計算と過小計算の中間にあるようです。
防衛庁さん、ちゃんとサイトで詳細開示してください。
それから参考情報として、 政府の人事院は省別の国家公務員の自殺率を公表し、自衛官の自殺率が国民平均の1.5倍であることを示しています。以下参照
あとひとこと言い添えます。
2011年の東北大震災の後、多くの自衛官の方々が遺体の探索・発見に長い時間従事してくれました。しかしこれは心理的に過酷な作業でしょう。 なにしろ死後日数が経過して腐乱した遺体だって多いのですから。気の弱い人間なら逃げ出したくなるような作業です。それを黙々とやってくださった自衛官の方々には頭が下がります。
自衛官だって人の子ですから、中には気が滅入ってうつ病になる方だって少なくないのでは?その中から悲しくも自殺する方が普通よりも多く出ても不思議はないと思います。
6月26日追記:同様の誤った数字を報道していた東京新聞は訂正・おわび記事を出したそうです。
以下
近著「稼ぐ経済学~黄金の波に乗る知の技法」(光文社)2013年5月20日
↑New!YouTube(ダイビング動画)(^^)v