さて、妙に反響というか、コメントが多かったこの問題を再考してみよう。
まず海老原嗣生の「四大卒も中小企業を目指せばよい」の語っている事実認識を確認しておこう。
海老原氏は主要には2つのことを言っている。
1、 「日本の企業は終身雇用制を採っていて、正社員を解雇することができない。こうして老人たちの既得権益が守られているために、かわいそうな若者たちは職を得られない、あるいは非正規労働者になることを余儀なくされている。この話はでたらめだ。」
2、「今の大卒者が就職難に陥っている問題の真の肝は、増え過ぎた大卒者が中小企業の求人とミスマッチを起こしていることなのだ。」
まず2のミスマッチについては、否定しようのない事実である。
「従業員1000人以上の大手企業における大卒求人倍率は、この一五年間、〇・五倍から〇・八倍の間を行き来している年がほとんどだ。一方で、従業員1000人未満の企業に目を向けてみると、このご時世でも、新卒求人倍率は二・一六倍という高倍率なのだ(リクルートワークス調べ)。300人以下の企業に限れば実に四・四一倍」
ある産業では労働者不足で求人倍率が1を大きく超えており、別の産業では相対的に労働者余剰で求人倍率が1を大きく下回っており、結果として職に就けない労働者が多数発生している状態を、エコノミストや経済学者は「雇用の供給と需要のミスマッチ」と呼んでいる。
従って、大卒者がより多く中小企業に職を求め、実際に職を得るようになれば、ミスマッチはその分解消され、職に就けない大卒者の数は減る。もちろん、大卒者もどんな中小企業でも良いとは思わないだろうし、中小企業の方だって大卒者でありさえすれば誰でもいいわけではないから、ミスマッチが完全に埋まることはことはないだろうが、緩和する分だけ、職に就けない大卒者は減ることは議論の余地がない。
海老原氏は景気変動による雇用の需給関係の変化を否定しているわけではない。もっと具体的に言うと、2008年から景気後退した結果、大卒者の就職がそれ以前より厳しくなったことを否定しているわけではない。ミスマッチが解消すれば、その分、今のような不景気下でも職にあぶれる大卒者は減るという事実を指摘しているのである。
従って以下のコメントは、海老原氏が主張していない内容にまで拡張するすることで、批判するという議論の「お作法違反」であると思う。
「景気の急激な悪化が顕在化する08年までは、新卒の就職率は実質でも大幅に改善していた。これは明らかに03年からの景況の回復と一致。いわゆる就職先が見つからず断念する求職意欲喪失者も激減してたはず。なぜその事実を忘れる?」
もっとも、私は海老原氏の論考は他には読んでいないので、「他の論考ではダイレクトにそういう主張をしている」ということであれば、その論考を引用して批判するのがお作法であろう。
また、次のコメントはいかがか?
「この論考に問題があるとすれば、それは、海老原氏自身は大卒時に中小企業ではなくリコー、リクルートを目指したという点でしょうね。また、海老原氏は実際に中小企業の代表取締役を勤めていて、優良な中小企業の存在を指摘することはできますが、恐らく、自分の企業で「ただの」4大卒の学生を雇うことはしないでしょう。そこは「大学の中の」大学卒の学生を雇うと思います。以上の2点から、彼の論考には説得力がないと僕は思います。」
「ボクは海老原なんてやつは嫌いだ。自分は大企業に就職しておきながら、ボクらには中小企業に行けばいいなんて、ずるいぞ。だから信用していないぞ」という趣旨ならば分かるが、それでは議論にならない。海老原氏がどういう企業に就職したか、自分が経営する企業でどういう大卒者を採用しているかどうかは、議論とは関係がない。
もし中小企業に就職した今の大人しか、学生諸君に「大企業が難しいなら、中小企業にアプローチしなさい」と言う資格がないなら、私も自分のゼミの学生諸君にそういうアドバイスをする資格はないことになってしまう。
また中小企業の経営者がどういう学生諸君を採用するかは彼らの自由で、ニーズや価値観により様々であり、様々であることがよろしいと思う。
さらに、「海老原氏は実際に中小企業の代表取締役を勤めていて、優良な中小企業の存在を指摘することはできます」ということであり、海老原氏がその情報の提供によって儲けているならば、彼は社会のまっとうなニーズに応えることによって収益を上げていると言うべきであり、別のコメントにあるような「利益丸出しの議論」と非難される筋合いではないと思う。
さて、次に1の事実認識は妥当だろうか? 私は妥当ではないと思う。議論を挑発的にするために言ったのだろうが、勇み足だろう。
この分野は経済学では「労働経済」と呼ばれる分野であり、もちろん私の専門ではないので、この分野では日本の第一人者である大竹文雄教授の認識をご紹介しておこう。最近出た「競争と公平感」(中公新書)の3章で、日本はやはり正規社員の解雇権が非常に厳しく制限されている結果、企業は不況でも正規社員の雇用を落とせないので、そのしわ寄せが非正規社員の「雇用切り」となって現れているのだと指摘している。
企業経営者の立場に立てば、年配の既存正規社員で年俸は高いが、能力、生産性は低く、できれば解雇したい労働者は少なからずいるのだ。そうした従業員は大企業ほど多いとも言える。不況の時にはこういう従業員ほど解雇したいのだが、それができないので、雇用の調整は自然退職と新卒者の採用の抑制に依らざるをえないのだ。
こんなことはビジネス界に身を置いていれば体験的に分かる常識的な事実だと思うが、私が想像するに海老原氏は自分の主張を挑発的な形にしようと思って、ちょっと勇み足してしまったのかもしれないと思う。
最後に、中堅、中小企業でもきちんとした会社は様々にある。
大手銀行に採用されたって、支店での法人、個人相手の営業職などが一番多い職種だろう。 対法人営業ならば、相手は地元の中堅、中小企業の財務部(経理部)のスタッフや、課長さん、部長さんであろう。こうした方々を「お客様」にして他行との競争にひいひい言いながら、営業するというのは簡単ではないぞ(私も昔やったからね)。
むしろ、お客さんサイドの中堅、中小企業の財務の課長さん、部長さんになってしまった方が、よほど面白い、などど、たまたまご縁があって知り合った神戸の中堅企業の財務部長さんと先日歓談した。
「そういうこと学生諸君に分かってもらうにはどうしたら良いんでしょうね」とも話した。この方も、昔は準大手の証券会社勤務だったそうだが、転職して今の方がずっと面白いそうだ。
もちろん、中小企業だって人は選ぶ。私が教えている学生諸君の中にも、残念ながら控えめに見ても10人にひとりぐらいは次のように言ってあげたい学生君がいる。
「もし私が中小企業の経営者だったら、どんなに人手不足でも、今の君を正社員で雇うことはしないと思うよ」
若い方々、どうか自分磨きに励んで頂きたい。