1、破綻する未来?
政府債務の膨張の果てにどのような経済状態が登場するか?ずっと考えて来た。2005年、まだワシントンDCに私がいたころに読んだ本が、以下の米国の世代間会計論の代表的な研究者であるコトリコフ教授の著書だ。
 
邦訳は日本経済新聞出版社からでている。
 
コトリコフ教授は財政赤字が長期にわたって持続可能かどうかは、現行の制度を前提に、将来生じる政府の歳出と歳入を現在価値に割り引いて推計集計し、収支がどうなるか計算すれば良いのだと語る。教授が米国について計算した赤字の現在価値はGDP規模を遥かに上回るもので(数字は忘れた)、センセーションを巻き起こした。
 
その結果として以下の3つの選択のどれか、あるいは複数の組み合わせが不可避となる。
1、大幅な増税
2、大幅な給付削減(公的年金、医療など)
3、インフレ(インフレタックス)
 
当時、コトリコフ教授のワシントンDCでの講演に参加した際、私は質問する機会があった。
「教授、ご指摘の内容は全く論理的だと思いますが、今のままだと財政赤字の膨張が長期的に不可避な現状を考えると(2006年当時の米国)、インフレタックスしか選択肢はないようです。しかしそれであるならば、市場では予想を織り込んで長期国債は利回りが上がり、金利イールドはスティープになるのが自然と思いますが、現状はかなりフラットで、長期債券市場が将来のインフレを警戒しているようには全く見えません。これってどうしてなんでしょう?」
 
コトリコフ教授は自説に従って長期債券利回りの上昇(価格の下落)リスクを強調してきたが、実際の市場がそうなっていない状態について私は質問したわけだ。
 
教授の答えはやや切れ味が悪かった。「たしかに今までのところ、長期債券市場が将来のインフレリスクを織り込み始めている様子はない。しかしそれは『今までのところ』というだけで、このまま財政赤字の膨張が続けばかならず金利は上がり出すと思う。」 要するに自分の予想は「まだ実現していないだけ。これからそうなる」という回答だった。
 
それから5年が経ったが、危機と不況による財政赤字の膨張にもかかわらず、長期債券市場でインフレ期待が高まる様子はない(FRBの量的金融緩和が将来のインフレ高進を引き起こすというFRB批判だけは繰り返されているがね)。
 
考えるに、インフレ高進→国債価格急落(利回り上昇)ばかりが起こり得るシナリオではなさそうだ。今回のユーロ政府債務危機を目のあたりにして、日本や米国にとっても将来の起こり得るリスクシナリオは「インフレ高進→国債急落(利回り急騰)」というよりも(その可能性は否定できないが)、むしろ「低インフレのまま国債急落」ではないか・・・と私は思うようになった。
 
実際、先日の日経ビジネスオンラインでも書いた通り、ユーロ圏は低インフレのまま国債価格の暴落に見舞われたわけだ。
 
ユーロ相場の下落がPPP比較でそこそこに止まっているのは、本ブログのリピーターの方々はご存じだろう。ユーロ圏で起こっていることは、ユーロ圏外への資本逃避というよりも(それもある程度はあるが)、「国債価格の下落→金融機関の大規模損失・自己資本の毀損→信用収縮→株と債券の同時下落」という悪循環である。
 
このまま財政膨張に歯止めがかからなかった場合に起こり得る日本や米国の危機シナリオを、ユーロ圏が先行して見せてくれている気がする。
 
2、国債の国内消化はいつまで持続するか?
一橋大学(世代間問題研究機構)准教授の小黒一正さんという方が今日の日経ビジネスに、日本も財政再建コースに舵を切らずにこのままだと国債を国内の貯蓄で消化し切れずになり、海外のファイナンスへの依存度が上がるようになる、と三菱東京UFJ銀行調査室のレポートを引用して書いている。
 
早速「三橋一門」と思われる人達が、相変わらず下品な攻撃コメントを書いているが(^_^;)、引用された三菱東京UFJ銀行調査室の原レポートは以下のサイトで読める。
 
ただしこのレポートの将来シュミレーションは、文面から読む限り、現在新規国債膨張分を吸収している民間企業部門の純債務圧縮(貯蓄超過)が将来減少すると、その他の条件が変わらない限り、不足分が海外からのファイナンスに依存するというかなり単純な想定に基づいているようだ。
 
確かに、国内の貯蓄・投資バランスの貯蓄超過(貯蓄不足)=経常収支黒字(赤字)=対外資本収支赤字(黒字)が恒等式だから、他の条件が同じなら、政府債務フローが国内貯蓄フローを超えれば、残りは海外からの資金フローでファイナンスされるしかない。
 
しかし問題は、この恒等式が成り立つように金利、為替相場、インフレ率、さらにそれに伴う各経済部門の資産負債内訳がどう変わるかということだろう。
 
これら変数の変化次第で結果も大きく違ってくる。その点、レポートは「その他の条件に変わりがないとすると」という単純な前提をおいて試算しているので、部分均衡のアプローチに止まっている。
そういう意味で、このレポートは未来予測シミュレーションというよりも、政府債務を国内貯蓄で消化しきれなくなった場合に、どういう変化が起きるかを考える糸口程度に受けとめておくべきだろう。
 
竹中正治HP