たけなかまさはるブログ

Yahooブログから2019年8月に引っ越しました。

2013年08月

本日の日本経済新聞1面記事「(1)危機が世界を変えた」に首をかしげた。
 
引用:「米マッキンゼーによると、危機で失われた金融資産は約2700兆円。一方、この5年で主要国政府の債務は約1800兆円増え、日米欧の中央銀行は500兆円を新たに供給した。主要国の公的部門がざっと2000兆円を肩代わりして世界を支えてきた格好だ。」
 
記事の「危機で失われた金融資産は約2700兆円」という数字は以下のマッキンゼーのレポートに基づいているようだ。
(上記サイトのフルレポートの2ページのグラフ)
 
このグラフが示すように、2007年末まら08年末にかけて世界全体の金融資産は株価時価総額の減少で202兆ドルから176兆ドルに26兆ドル(約2700兆円)減少している。
しかし2010年末には同数字は212兆ドルとなり、07年のピークを越えているので、これをもって「失われた金融資産は2700兆円」と今の時点で言うのはどう見ても合点がいかない。2012年末のデータはないが、先進国の株価の上昇から推測しておそらくさらに増えているはずだ。
 
この5年間で政府の債務は1800兆円増え・・・主要国の公的部門がざっと2000兆円肩代わりして世界を支えて来た」と書いているので、記事は金融資産の絶対額よりも、内訳の変化を問題にしているのかもしれない。
 
しかしマッキンゼーのグラフは当然ながら政府債も内訳に入っている。2007年末から08年末にかけて、「2700兆円」の減少が起こった期間の政府債務(public debt securities outstanding)の増加は2兆ドル(約200兆円)に過ぎない。07年末から2010年末までの同増加は11兆ドル(約1100兆円)だから、日経記事はこの図にはない2012年末までの増加を別のデータに基づいて2000兆円と書いているのだろう。
 
それだったらば、文章前半の総金融資産の変化についても07年末から12年末の変化を対応して示すべきであろう。その場合は株価などの回復・上昇により総金融資産残高は増加しているので、「失われた金融資産」という含意そのものが否定されるだろう。
 
要するに期間の整合性のない都合のよい恣意的な数字を並べただけで、論理的に支離滅裂な内容になっている。 私が上司だったら、こんなレポートを書いた部下は「不可→書き直し」である。
 
まあ、それでも我慢して記事の意図をくみ取るとすると、総金融資産の内訳の変化に見られるように、株や社債などの民間金融資産・負債の増加よりも政府債の増加が過去5年間大きいこと、つまり内訳がシフトしていることをもって、成長モデルが混迷していると言いたいのだと理解しよう。
 
しかし過去に大きな不況や金融危機の際に政府債務が、民間の需要減少を補完するために大きくなることは繰り返されてきたことだ。不況や危機後の一定期間(ここでは5年間)だけをとれば、民間の株や債券残高→政府債務残高のシフトがみられることは毎度のことだ。
 
問題は過去5年間の変化が、もっと長期的な趨勢的なトレンドから乖離を引き起こしているかどうかだろう。それだったならば、「危機が世界を変えた」と言えるような構造変化が生じていると言ってもいいだろうか。
 
その視点から上記マッキンゼーの図表を再度見て頂きたい。
金融資産各項目の長期、短期の年率の変化率が示されている。
これを見ると以下の通り。               1990-09 2009-10     
public debt securities outstanding   7.8%       11.9%
stock market capitalization             8.1%       11.8%
金融資産全体                               7.2%        5.6%                          
 
以上を見ると、民間経済の活力を示す指標として株価時価総額の変化と政府債の増加率は90年以降ほぼ並んでいる。一般事業法人の社債発行残高の増加率にも趨勢的な変化は見られない。
唯一、金融機関の債券発行残高は横ばいかやや縮んでいるが、これはレバレッジを拡張し過ぎた欧米の金融機関が2008年以降デレバレッジと言う調整を強いられている結果であり、むしろ正常化のプロセスだろう。
 
以上の通り、数字を整理して理解すると、もし問題があるとすれば、それは2008年以降に起こった変化ではなく、むしろ1990年以降、世界的に趨勢的な政府部門の債務増加が続いているということであり、これは2008年に急浮上した新しい問題ではなく、以前からある長期にわたる問題だということになる。
 
要するに「危機が世界を変えた」のではなく、危機前のずっと続いている問題(政府債務の膨張)が次第に大きくなっているだけだ、ということになるのだが・・・・
 
新著「稼ぐ経済学~黄金の波に乗る知の技法」(光文社)2013年5月20日発売中
http://bylines.news.yahoo.co.jp/takenakamasaharu/  Yahooニュース個人
 
 
 
 
 
 
 

米国については実体経済についても株価についても、これまで基本的に強気(あるいは慎重ながら楽観)できた。 実体経済の中長期見通しについては、6月にロイター社に書いた中長期的な楽観見通しを変えるつもりはない(以下参照)
「米国経済は尻上がりに改善」2013年6月
 
ただしだからと言って株価についても同様と言うわけにはいかない。実体経済の基調が変わらなくても、株価は過大評価水準まで上がれば、反落リスクが高まると判断するのが合理的だろう。
 
というようなことを考えていたら、昨晩のWSJの以下の記事が目にとまった。
Price-to-Earning Ratios aren't always what they seem
P/E calculations based on differing views on earning paint competing pictures of
the market
quote: While no one disagrees about what the "P" is when calculating the ratio, there is no
consensus on how to define earnings-per-share. One of the biggest points of dispute: whether
to use analysts' earnings estimates for the coming year or reported company earnings from the
previous 12 months.
 
Consider the S&P 500's current P/E based on trailing earnings. For the four quarters through
June 30, the index's earnings per share amounted to $91.13, according to S&P Dow Jones
Indices. That translates into a P/E ratio of 18.2, which is higher than 79% of comparable
readings since 1871, according to a database maintained by Yale University professor
Many bulls try to wriggle out from this bearish sign by focusing on estimated earnings.
According to FactSet Data Systems, the consensus forecast from Wall Street analysts is that
earnings from companies in the S&P 500 will be $122.01 a share next year, which translates
into a P/E ratio of 13.6. That is 6% less than the 14.5 median of historical P/Es in Mr. Shiller's
database.
***
PERを計算する純利益を直近報告実績ベースでみるか、今期決算見込み(予想)ベースでみるか、という
ご承知の問題なのだが、前者だと18.2で「株価はちょっと割高感でてきているね」、となるし、後者だと
13.6で割高とは言えないので「まだまだいけるんじゃない」となる。
 
アナリストのコンセンサス予想を信じる限り、forward lookingで「予想ベース」で判断すべきだろうということになるのだが・・・・
 
過去長期に遡って、直近報告実績ベースPERと予想ベースPERの平均値にギャップが生じている事実を指摘しているのがこの記事のポイントだ。 前者は14.5、後者は11.0、予想ベースPERの方が低い(以下記事の図表参照)。
 
利益予想は結果に対して下ぶれも上ブレも同じようにあるとするならば、両者の長期の平均値はそんなに大きく乖離しないで、むしろ同じ水準に収束するはずだろう。
 
ところが予想PERの平均値が目立って低いと言うことは、予想は利益を恒常的に過大評価している傾向があることを意味する(他にも2点乖離を生む理由が指摘されているが、それらはマイナーな理由だろう)。
 
さらに直近過去12カ月の報告実績ベースの一株当たり純利益(Earning Per Share)とS&P500の推移をグラフにしてみた(第2の図表)。株価指数S&P500が高値を更新して上がっている一方で、EPSは頭打ちになっているのがわかるだろう。
 
う~ん、ここから先はちょっと警戒的な気持ちになっておいた方が良さそうな気がしてきた。
1987年10月のブラックマンデーみたいなことは、特段のファンダメンタルな原因なしに起こり得るしね(だから予想も不能)。 
 
この記事の結論的なコメントは次の通りで、私の基本投資スタンスと合致する。
“The investment implication is that one might focus on ways to gradually reduce
equity exposure rather than increase it.”
 
本件はもう少し詳しく分析して、次回のロイター社(9月)の寄稿原稿にしようかな。 
 
追記(8月18日):日経ヴェリタス最新号の巻頭特集が「~そして米国が蘇った
引用:「リーマン危機5年 世界経済の新秩序
世界を混乱の境地に陥れた2008年9月のリーマン・ショックから間もなく5年。震源地である米国が鮮やかな復活を遂げている。」
 
おいおいおい、日経ヴェリタス、大丈夫か? 「だから、ここから米国株を買え」とか示唆するわけ?
いくらなんでも遅すぎるでしょ。株価は思い切り上がってしまっているよ。
米国が悲観の対象で見られている時に「それでも米国は蘇る。買い場じゃあ!」とやらなければ、投資は成功しないでしょ。後追い雑誌特集の典型・・・・
ちなみに私の場合は、以下参照。
「米国経済の復活~過大評価されている家計のバランスシート調整~」2009年8月
***
 
追記(8月20日):WSJの記事
Beware Falling Profit Estimates
Despite high expectations for earnings growth at the start of the year, U.S. companies delivered
only ho-hum results for the second quarter, and estimates for the current quarter are
plummeting. Downward revisions of fourth-quarter estimates can't be far behind.
That's not to say that this market is going to crash, last week's 2% drop notwithstanding.
But stocks aren't as cheap as they look, either.
It's a familiar Wall Street waltz. Analysts start out with rosy projections for distant quarters;
companies gracefully guide expectations lower as the year unfolds; and both sides end up with
easily beatable numbers come reporting time. In 29 of the past 37 years, estimates have started
too high, according to Morgan Stanley. The Standard & Poor's 500 has handily racked up
compounded yearly returns of more than 11% during that period.
***
 
新著「稼ぐ経済学~黄金の波に乗る知の技法」(光文社)2013年5月20日発売中
http://bylines.news.yahoo.co.jp/takenakamasaharu/  Yahooニュース個人
 
イメージ 1
イメージ 2
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

本日の「はてな?」記事
日本経済新聞が一面で「人民元建て貿易急拡大」???

経済・金融音痴のどこぞの新聞ならともかく、日経新聞が一面記事でこういうピントはずれの針小棒大な記事を出してはいかんぞ~と思う。

記事自らが指摘しているように、人民元建ての貿易の8割は香港-中国本土間のものだ。香港は英国からの返還後一国二制度の下で香港ドルが流通しているものの、中国の統治下にあり、事実上の中国国内経済圏なのだから、本土との交易で人民元建てが進むのは当然。...


香港-本土間を除いた対外貿易に占める人民元建て比率は、3.4%=17%×(1-0.8)に過ぎない。 「人民元の国際通貨化が急速に進んでいる」なんていうのは、猫を虎と呼ぶ様なものだ。

引用:「中国の貿易決済に占める通貨はドルとユーロで半数以上を占めるが、元の割合も13年1~6月で17%に上昇。日本は1980年代から円の国際化を唱えてきたものの、輸出入に占める円建ての割合は今年上期でそれぞれ35%、20%にとどまる。日本に比べ中国が短期間に比率を高めている。

元建ての8割は香港企業と中国本土の間の貿易だが、中華圏以外にも広がりつつある。日本の対アジア輸出のうち元の決済シェアは0.8%(約1500億円)と前年同期の倍になった。」
*****
 
新著「稼ぐ経済学~黄金の波に乗る知の技法」(光文社)2013年5月20日発売中
http://bylines.news.yahoo.co.jp/takenakamasaharu/  Yahooニュース個人

毎年8月6日から15日は、原爆と戦争の番組がTVでいっぱいになりますが、
私は毎年、微妙だけど根の深い違和感を感じてきました。

それを3年前に論考にして日経ビジネスオンラインに投稿したのが以下のものです。
コメント殺到しました。こういうの「炎上」というの?(^_^;)
今でも考えは変わりません。...

ちょっと長いですが、ご参考まで・・・・<(_ _)>
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20100811/215770/?P=1

一部引用:「私が不思議に思うのは、毎年8月になると被爆問題が議論される中で、「なぜ当時の日本政府はもっと早く敗戦、降伏の決断をしなかったのだ。そうすれば、沖縄の惨劇も広島、長崎の被爆も避けられたではないか」という方向に日本での議論が向かわないことだ。

 「戦争したこと自体が間違いだった」として当時の日本の軍国主義を非難することは、戦後ならばたやすいし、そういう議論は繰り返されてきた。私もあの戦争は、戦争したこと自体が間違いだったと思う。しかし、間違いを犯すことは国でも個人でもあり得る。間違いだったと思った時点で、それを撤回できれば被害は少なくできる。

 もちろん、戦争遂行者(権力者)は無条件降伏となれば処罰は必至だから、容易には降伏などしない。それでも、それができなかった故に国民の命と財産の莫大な損耗に輪をかけたことを訴える、あるいは問題にする声があっても良さそうなのだが、なぜか日本の議論にはそれが欠けている。

 原爆は是か非か、戦争は是か非か、軍事力は是か非か──。白か黒かの二分法の論理だけに議論が支配されている。興味深いことに、旧日本軍では戦争の展開までも、勝利か玉砕かの二分法に支配され、「投降」という選択肢が最初から否定されていた。「撤退」という言葉すら否定されて「転進」と言われた。これはけっこう根の深い問題かもしれない。次にこれを考えてみよう・・・・
 
論考後半の結論部分引用:「幕末の攘夷思想も、旧軍国主義体制も崩壊したものの、観念論的な精神主義は今でも私たちの心の底に形を変えて巣くっている気がしてならない。というのは、排外主義的なイデオロギーは姿を潜めているものの、世界における戦争と他国の軍備の存在を前提に、日本の安全保障政策を現実的に理性的に議論する風潮も論壇も育っていないからだ。
攘夷という排外主義的な思考停止は、平和主義という別の思考停止にとって代わられただけではなかろうか。」

*****
新著「稼ぐ経済学~黄金の波に乗る知の技法」(光文社)2013年5月20日発売中
http://bylines.news.yahoo.co.jp/takenakamasaharu/  Yahooニュース個人

「大いなる探求」(Grand Pursuit  Can mankind control the economy?)シルヴィア・ナサー、新潮社、2013年6月
これはユニークな経済思想史だ。

マルサス、マルクスまで遡って、各時代の経済学の巨匠達に焦点を当てている点では経済学史の範疇だろうが、学説の詳細ではなく、それぞれの時代の問題状況にいかに関わったかを描いている。その際の一貫した視点はサブタイトル “ Can man control the economy?”の通りだ。

著者はジョンFナッシュの半生を描いた「ビューティフル・マインド」で一躍世界的に有名になった元ジャーナリスト、今ではコロンビア大学大学院でジャーナリズム学科の教授だ。ジャーナリズム特有の「現場を見ていた」かのような書きぶりが、その時代の雰囲気(もちろん私も経験しているわけじゃない)に読者を引き込む効果をあげている。

マルクスの人物像については、私にとっては「そっか~、たしかにそんなキャラだったんだろうなあ・・・」との新鮮な印象を与えてくれた。

細かい点では、ケインズが第1次世界大戦後に保険会社の会長に就任していることは良く知られているが、 当時のケインズはリスク分散や投資のリスクとリターンの二律背反関係を知らず、その点ではフィッシャーの方が革新的だったというような指摘が興味深い。

翻訳本は上下2巻の大著だが、内容的には学部の学生諸君でも楽に読めるだろう。
今夏のお薦めの一冊にあげておこうか。
 

本日の日経新聞で田村正之編集委員の以下の記事、相続上重要なポイントなので記録しておこう。
 
引用:「2015年からの相続増税。節税の大きなカギは、親(被相続人)の自宅土地などの評価を最大8割減にできる「小規模宅地の特例(8割減特例)」を使えるかどうかだ。
 
現在、二世帯住宅でも玄関などが別々で内部でつながっていない「独立型」は同居とみなされない。このため親が所有する敷地は原則的には8割減特例の対象とならない。この点の不満が多かったため、税制改正で14年以降は独立型の二世帯住宅でも特例対象になった(図C)。ただ詳細な対象は政令で決めることになっていた。それが5月末に出た政令だ。
 
条文は複雑なので省くが、8割減特例の対象は「区分所有の登記をしているなら、親の土地のうち区分所有に応じた分だけとなる」(財務省)。つまり建物全体で半分ずつの区分所有なら、8割減の対象となるのも土地の半分に限られるわけだ。
 
一方、子どもが一部資金負担をした場合などで、「区分所有にせず共有という形式にしておけば、親の土地全体が小規模特例の対象になる」(税理士法人レガシーの天野隆代表社員税理士)。今後何らかの見直しがある可能性も皆無ではないが、土地全体で8割減特例を受けたいなら「現状では区分所有の登記をせず、共有にしておいた方がいい」(柴原税理士)。」
(以下添付図は同日経記事より)
***
 
私の場合は、東京の自宅は内部でつながっている構造であるが、母と私は建物を区分所有しているため、相続の際は現在母の名義になっている土地の約半分のみ小規模特例の対象になるということになる。ただしこういう問題は、将来ルール変更があり得るから、引き続き注意しておく必要があるね。
 
新著「稼ぐ経済学~黄金の波に乗る知の技法」(光文社)2013年5月20日発売中
http://bylines.news.yahoo.co.jp/takenakamasaharu/  Yahooニュース個人
イメージ 1
 
 
 
 
 
 
 
 

↑このページのトップヘ