たけなかまさはるブログ

Yahooブログから2019年8月に引っ越しました。

2015年06月

本日6月30日付け日本経済新聞「経済教室」に「円安と日本経済」で拙稿が掲載されております。
主要点は以下の大きな見出しとポイントの通りです。

「(円安は)交易条件の悪化招かず
将来の円高回帰に備えよ
ポイント
輸出企業は円安でも量的拡大より採算重視
円安は長期的には続かずいずれ調整局面に
原油価格の下落が実質国民所得を押し上げ 」

3000字、図一つという制約なので、盛り込めなかった点を以下ひとつ補足しておきます。

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円安がもたらす国内所得分配への影響
この点は新聞紙面の本文では「円相場の変化は国内の所得分配にも影響を与えるので、円高や円安いずれでも行き過ぎた変動は望ましくない」と一行添えるだけの余裕しかなかった。

一番上の図は、企業の経常利益の対国民所得比率と名目実効円相場指数の推移だ。経常利益比率がすでにリーマンショック前の水準を超えてデータの利用可能な80年代後半以降で、かつてない高さに上昇しているのがわかる。

国内を企業部門、家計部門に分けると、円安は第1次的効果としては企業部門の利益を増やし、家計部門の実質所得を抑制する効果があるようだ。 なぜか?

家計が海外と直接に輸出輸入することは極めて僅少なので、ほとんど企業部門を通じて輸出輸入が行われている。

円安により企業部門の輸出分野は、外貨建て輸出からの円価収益が増える(円建て輸出でも価格引き上げの余地が生じるので価格を引き上げれば収益は増える)。その収益が家計部門に波及するルートは、①賃金増加、②雇用増加、③株式配当増加の3つが考えられる。 

しかし賃金増加は遅効的で、やはり遅効的な②の雇用の増加により労働需給がかなり逼迫してからでないと起こらない。しかも新聞紙面の本論で述べたように90年代以降の日本の輸出企業は量的な拡大よりも採算重視にシフトしているので、この経路の家計部門への波及は以前よりも一層遅効的となっていると考えられる。

③の株式配当の増加は、もう少し早く動いているようだが、配当は経常利益→最終利益からの分配なので、企業利益で見ると、配当による家計への分配前の状態を見ることになる。 

従って円安の一次的な効果として輸出分野の収益増加のほんとんどは、企業部門の利益増加となって現れる。

一方、輸入分野では外貨建て取引は円安は仕入れコストの増加が起こり、当然輸入部門はその分だけ販売価格に転嫁しようとする(円建て取引でも海外の輸出サイドに価格引き上げの動機が生じるので価格が引き上げられれば仕入れコストは増加する)。輸入部門の収益が円安でどの程度減少するかは、第1次的にはこの転嫁率に依存している。

仮に100%価格転嫁できるのなら、企業部門全体の利益は円安による輸出部門の収益増だけ増えることになる。また仮に50%前後の転嫁しかできないとしても、輸出入が概ね均衡しているならば、輸出部門の経常利益増加が輸入部門の同減少を上回る。転嫁率ゼロ%の場合のみ、輸出部門の利益増をほぼ輸入部門のその減少が相殺することになる。

実際の転嫁率は実証的に計測するしかないが、100%とゼロ%の中間のはずだ。その結果、円安の一次的な効果として、企業門全体の利益は増加し、家計への波及は遅効すると考えられる。

以上の推測が正しければ、過去に遡って、例えば円相場の変化(名目実効円相場指数の前年同月比を使用)と、企業部門の経常利益(法人企業統計の全産業除く金融・保険を使用)の国民所得に対する比率の間に、円安(円高)→経常利益比率上昇(低下)という相関関係が見られるはずだ。

まず2003-15年の期間でやってみたら(2段目の図)、決定係数R2=0.62と非常に高い結果が出た(有意)。 3段目の図は1994-2015年の期間、関係性は落ちるが、有意な結果だ。さらに1986-2015年で見ると有意な関係性は消えてしまう。 従ってとりあえずこれは1990年代以降に登場した関係性だと受けとめておこうか。

もちろん、企業部門の経常利益の変化は、円相場だけでなく景気全般の影響を受けている。そこで景気動向指数CI(先行)の前年同月比変化と、上記の名目実効円相場の前年同月比変化の2つを説明変数にして、経常利益の国民所得比率を重回帰した結果が4段目の表だ(対象期間:2003-15年)。

景気動向指数の先行指標を使用した理由は、一致指数には営業利益、遅行指数には法人税収入が含まれており、説明対象の経常利益と重複するデータ要素なので、それを避けたのである。

結果は両変数とも有意で決定係数0.68と高い説明度となった。

こうして見ると、アベノミクス・黒田緩和による円安が第一次的には(短期・中期では)、企業部門の利益増加を後押しする効果が顕著であり、賃金を通じた家計所得への波及は遅効しているという現状とその仕組みが明解になったと思う。

新聞紙面の本論で書いたように90年代以前の日本の輸出企業のように、もっと量的拡大志向が強ければ、雇用・賃金への波及ももっと迅速なものになったんだろう。交易条件と円相場の関係性が希薄化したのと同様に、これも企業行動が量的な拡大志向から利益率重視へシフトをした結果だろう。

しかしこれ以上の円安は不要だが、私は今の円安はけしからんとは思わない。「だから円安はけしからん」と思うのなら、政府が円買い・ドル売り介入でもすれば、市場参加者はびっくり仰天して、即座に円買い、日本株売りに動くだろう。しかしそれでは民主党政権時代の2012年までの円高・株安・デフレの3重苦の世界に戻ってしまうだけで、景気の回復も頓挫するだろう。

雇用情勢の改善は持続しているし、賃金への波及も遅ればせながら動き始めているので、ここは現状の政策スタンスを変えるべきではない。また企業経営者の方々には、配当を通じた企業部門から家計への所得還元も、もっと促進ほしいね。


追記:「配当を通じた企業部門から家計への所得還元も、もっと促進ほしい」というと、「それでは株式を沢山保有している金持ちばかりが潤う」と即座に口をとんがらせる方々がいるが、そういう方は以下の情報をご覧頂きたい。

引用:「ビッグフォーの世界大手会計事務所KPMGインターナショナル(スイス)の「世界87ヵ国の所得税などの調査データ」によれば、日本の所得税と住民税の最高税率50%は世界第4位の高い税率だそうです。 トップはデンマークの59%、ついでスウェーデンが55%で第2位、オランダは52%で第3位にランクされ、日本同様、最高税率が5割を超える国々が上位にランクインしています。」

「年間所得2千万円超(各種所得控除前)の26万人(納税者の3.5%)は、所得税の約6割、3兆円強を納付しています。1人あたりでは、ざっと1,155万円強もの所得税を支払っているワケです。」

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イラクに派兵された自衛官の自殺率の高さを指摘するブログやら一部報道が出回っています。だいたいレフトサイドの論者からのものですが、目についたものを点検してみましょう。

「イラク帰還自衛隊員の自殺は一般の15~17倍、米兵は毎日22人が自殺、集団的自衛権行使は若者の命奪う」 井上伸氏(国家公務員一般労働組合の執行委員)

引用:「『2014年度末現在、イラク派遣の陸上自衛官が21名、航空自衛官が8名、計29名。アフガン派遣の海上自衛官が25名。合計54名の海外派遣された自衛隊員が帰国後、自殺しています』

昨日(5月27日)行われた国会答弁で防衛省が報告したものです。
防衛省のサイトにあるイラク派遣の結果報告を見ると、イラク派遣された陸上自衛官は600名で、航空自衛官は210名です。

警察庁によると、自殺死亡率は、人口10万人当たりの自殺者数を示し、その計算式は、「自殺者数÷人口×10万人」となります。これで計算すると、イラク派遣された陸上自衛官の自殺死亡率は3,500で、航空自衛官の自殺死亡率は3,809.5になります。警察庁公表の2014年の日本全体での自殺死亡率は20.0なので、陸上自衛官は175倍、航空自衛官は190.4倍も多いことになります。

防衛省は、2004年から2014年までの11年間の自殺者数と言っていますので、これを11で割るとして、陸上自衛官は15.9倍、航空自衛官は17.3倍になります。」
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上記の計算は以下の通りです。
イラク派兵陸自自衛官の自殺率:21/11/600 =318人(年間10万人当たり)
318/20=15.9倍
イラク派兵の空自自衛官の自殺率:8/11/210=346人(年間10万人当たり)
346/20=17.3倍

この計算、何がおかしいでしょうか?問題は分母の600人、210人という数字が、イラクに派兵された自衛官の実数ではなく、部隊の人員数になっていることです。

部隊は自衛官をある程度入れ替えながら、複数回派遣されていますので、「毎回100%同じ自衛官が派遣されている」と極端な想定をした場合のみ、成り立つ計算です。

もちろん、部隊の構成員は入れ替えられているはずなので、派遣経験の自衛官実数>部隊人員数です。こうやって論理的に誤った過大な自殺率を計算しておいて、次のように煽っています。

引用:「安倍政権が今国会で成立を狙う集団的自衛権の行使を含む「戦争法案」が強行されるようなことがあると、自衛隊員のおびただしい戦場での戦死と、帰還後の自殺、PTSD、人間性破壊の惨状が現実のものとなってしまいます。 」

次にこうしたレフトサイドからの攻撃に対して、「反証」を提示したブログを見てみましょう。
http://blogos.com/outline/117490/ 参議院議員(自民党)佐藤正久氏のブログです。
「自衛官の自殺率:一般成人男性 約40.8人>イラク派遣自衛官約33.0人」

引用:「平和安全法制関連法案の審議が進む中、にわかに注目を集める「自衛官の自殺」。現在、事実とはかけ離れた数字や内容が独り歩きしています。そこで、「事実」を共有すべく、防衛省が作成した資料をお示ししたいと思います。

【自衛官の自殺死亡率】(概数)
一般成人男性(40.8人) > 男性自衛官(35.8人) > イラク派遣自衛官(33.0人)

イラク特措法に基づき派遣された自衛官の「平均自殺死亡率」は、一般成人男性(20歳から59歳)のそれに比べて、「低い」ことが明らかになりました。計算方法や数値など、細部は下に示した資料をご覧下さい。」
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私はこちらが真実かな・・・と最初思ったのですが、ちょっと疑問が残るのです。それを説明しましょう。

上記ブログの資料は防衛庁サイトでは公表されていませんので、国会で紙で配布されたものかもしれません。計算のベースとなった数字と計算過程が掲載されずに結果だけなのがもどかしいですが、検証のために逆算してみましょう。

イラク派遣自衛官自殺率33人(年間10万人当たり)
公表されているイラク派遣の陸自と海自の自衛官の自殺数29名(おそらく10年間)
イラク派遣された自衛官の実数:X
((29/10)/X)×100,000=33人
X=8788人

イラク派遣された自衛官の総数は8788人と逆算されました。
さらに以下の防衛省のイラク派遣に関するレポートを見ると「参考1」に自衛隊の部隊派遣実績が各回の部隊隊員数を含めて開示されています。
この表から陸自と海自の派遣のべ人数を合計すると、8870人となります。
あれ・・・? 上記の逆算したXともの凄く近似していますよね。

私の推測ですが、佐藤議員のブログで開示された防衛省資料のイラク派遣自衛官の自殺率は、派遣のべ人数を分母に計算された可能性が極めて高いと考えられます。私の逆算とのわずかな誤差は小数点以下四捨五入されているからでしょう。

派遣のべ人数を分母に計算することは、毎回100%隊員が入れ替わり、誰ひとりとして複数回派遣されていないという極端な想定のもとでなら、正しいですが、常識的に考えてそんなことはあり得ないでしょう。引き継ぎの必要からも、複数回派遣されている隊員がいるはずです。

というわけでこの防衛庁の計算は過小計算の可能性があります。
真実は上記の過大計算と過小計算の中間にあるようです。
防衛庁さん、ちゃんとサイトで詳細開示してください。

それから参考情報として、 政府の人事院は省別の国家公務員の自殺率を公表し、自衛官の自殺率が国民平均の1.5倍であることを示しています。以下参照

あとひとこと言い添えます。
2011年の東北大震災の後、多くの自衛官の方々が遺体の探索・発見に長い時間従事してくれました。しかしこれは心理的に過酷な作業でしょう。 なにしろ死後日数が経過して腐乱した遺体だって多いのですから。気の弱い人間なら逃げ出したくなるような作業です。それを黙々とやってくださった自衛官の方々には頭が下がります。

自衛官だって人の子ですから、中には気が滅入ってうつ病になる方だって少なくないのでは?その中から悲しくも自殺する方が普通よりも多く出ても不思議はないと思います。

6月26日追記:同様の誤った数字を報道していた東京新聞は訂正・おわび記事を出したそうです。
以下

http://bylines.news.yahoo.co.jp/takenakamasaharu/  Yahooニュース個人
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毎度のトムソン・ロイター社でのコラムです。ただ今掲載されました。
当ブログでは部分的にすでに書いてきたことですが、まとめて論考にしました。
ご覧になってよろしければ、ロイターサイト上で「おすすめ」とかクリック、お願い致します。

冒頭部分引用:「毎度メディアの報道は国内総生産(GDP)に集中するが、同時に内閣府から公表されている国内総所得(GDI)、国民総所得(GNI)も合わせて見ると、現下の日本経済の順風と回復基調をより鮮明に理解することができる。

結論から言うと、2014年4月の消費税率引き上げ後の短期的な景気低迷から抜け出した日本経済にはGDPの変化で見る以上の順風が吹いており、目下の国内要因には特段の悪材料は見当たらない。海外経済の急変がない限り、景気の回復は中期的に持続するだろう。

行き過ぎた円安の悪影響を懸念する声もある。確かに120円台のドル円相場はインフレ調整後の実質で見ると、1980年代前半のレンジとほぼ同じ程度の円安方向へのオーバーシュートであり、長期的には揺り戻しが必至だろう。しかし後述するように、それが日本の交易条件を目立って悪化させているわけではない。」
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本論では具体的に指摘しませんでしたが、4月の家計調査(5月29日公表)では、二人以上世帯の所得は名目も実質もプラスで良いのですが、消費支出がなぜか落ち込んでおり、冴えません。

引用: 
  ・消費支出は,1世帯当たり  300,480円
           前年同月比  実質1.3%の減少      前月比(季節調整値)  実質5.5%の減少
                             名目0.5%の減少
    ・消費支出(除く住居等※)は,1世帯当たり  257,004円
           前年同月比  実質1.4%の増加      前月比(季節調整値)  実質3.5%の減少
                             名目2.2%の増加
    ・勤労者世帯の実収入は,1世帯当たり  476,880円
           前年同月比  実質2.0%の増加
                             名目2.8%の増加
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 まあ、単月のデータですので、実質所得の増加基調が継続すれば、消費もトレンドではプラスになるでしょう・・・と判断して、コラムは日本経済強気見通しで書いています。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/takenakamasaharu/  Yahooニュース個人
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