たけなかまさはるブログ

Yahooブログから2019年8月に引っ越しました。

2016年11月

本日11月24日付の日本経済新聞「経済教室」でカーメン・ラインハート教授(ハーバード大学)が、日本について奇妙なコメントをしているので、指摘しておこう。

日銀の金融政策の新枠組み(上)債務削減へ金融抑圧強化」(日本経済新聞「経済教室」2016年11月24日)

抜粋引用:
その1政府債務残高が大きいことはほぼすべての先進国政府にとって悩みの種だが、とりわけ日本にとっては深刻な問題だ。この先に何が待ち受けるかは、歴史が教えてくれる。

図からわかるように日本の場合、政府債務ばかりに気をとられていると、最近の国内総債務の急増ぶりを過小評価することになる。民間部門(特に銀行)の借り入れが急速に増えているのが主因だ。この民間借り入れは政府の偶発債務となる可能性がある。しかもこれに、増え続ける年金債務が加わるのだ。」

その2「日銀がいま直面している問題は、インフレを高めに誘導する直接的なメカニズムを持ち合わせていないことだ。そして将来直面する可能性のある問題は、仮にインフレが勢いを増した場合、それを適切に沈静化するメカニズムも持ち合わせていないことだ。」

***

まずその1の太字の部分だ。政府債務の膨張だけでなく、民間部門(特に銀行)の借り入れが急速に増えており、この民間借り入れは政府の偶発債務になる可能性があると指摘されている。

この点を日銀の資金循環表で、銀行(預金預け入れ金融機関)の金融資産・負債の変化を1990年度と2015年度を比較する形で見てみよう。

銀行の金融負債は、1990年度の1356兆円から2015年度の1800兆円に444兆円増えている。ラインハート教授はこの点を問題視しているのだろう。

もちろん、銀行のバランスシートで金融負債(多くは預貯金)の反対の資産サイドには、主要項目として貸出金残高があるので、貸出金が不良化しながら増加しているならば大いに問題だ。日本の90年代のバブル崩壊ではそれが問題になった。しかし現在は銀行業界全体の不良債権比率は低く、問題視される水準にはない。 これは金融エコノミストにとっては常識的な事実だ。

では銀行の資産サイドで何が増えているのか?1990年度と2015年度を比較すると主要な変化項目は以下の通りだ。
貸出金残高増減       :-2兆円(減少)
国債、財投債保有残高増減:176兆円(増加)
日銀預け金残高       :259兆円(増加)
合計               :433兆円(増加) 

これではっきりしただろう。銀行の資産サイドで増加していいるのは、不良化するリスクのある民間貸出金ではなく、①政府債務としての国債・財投債、②日銀の量的金融緩和による日銀預け金残高なのだ。 

日銀のバランスシート上で、民間銀行の預け金に見合って資産サイドには日銀の国債保有残高があるので、事実上全部、政府債務残高の増加だと言える。もちろん、これは政府の債務そのものであり、「政府の偶発債務になる可能性がある」というのはトンチンカンな指摘である。

おそらくラインハート教授は、銀行部門の負債増額(対GDP比率)のみを見ただけで、日銀の資金循環表で資産サイドの内容を確認しなかったのだろう。

話を少し発展させると、この点は技術的な問題にとどまらない。ラインハート教授(共著)の「国家は破綻する(This Time is Different)」を読んで、超長期の過去に遡って、多数の国の負債残高の変化を分析した点は評価するものの、いまいち腑に落ちなかった同教授のある視点の欠落が、今回の論考で分かった。 

負債の増加が問題になるかどうかは、その見合いとなる資産サイドの質の問題とセットではじめて判断できるはずであるにもかかわらず、同教授の関心はあまりにも負債残高の変化のみに傾斜しており、資産サイドの具体的な内容への関心が、欠落しているとは言わないが、非常に弱いのだ。

次にその2であるが、日銀が「将来直面する可能性のある問題は、仮にインフレが勢いを増した場合、それを適切に沈静化するメカニズムも持ち合わせていない」と指摘している点だ。 

そんなことは全くない。 日銀が量的金融緩和でバランスシートと日銀預け金残高を膨張させた後に、インフレ抑制が必要になる状況になったら、①準備率の引き上げ、②コールレートと日銀預け金付利金利の連動引き上げで金融引き締め、金利引き上げに転じることができる。 実際、現在米国のFRBは②の手法で非伝統的な金融政策からのEXIT過程にある。

これは前回このブログで私が説明したことなので、繰り返さない(以下ブログ参照)。

世界的に著名なハーバード大学の教授が、論考の中でこんなにぼろい間違いをしては、
いかんよ~(^ ^;)


以下、日経新聞「経済教室」の図表と画像より
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毎度のトムソン・ロイターの論考です。


抜粋引用:「『予想外な円安・ドル高と日本株買い』の動きについて読み解いてみよう。結論から言うと最大の要因は、トランプ氏の大統領選勝利までほとんどの市場参加者が本気で考えていなかったトランプ大減税が来年度に現実のものとなる可能性が急速に高まったことだ。

この大減税が本当に実施されると、来年以降のドル相場、米国インフレ率、金利動向、景気動向にわたって私を含むエコノミストが選挙前まで想定していたことをかなり修正するインパクトが生じる。変化の方向は、インフレ率アップ、金利高、ドル高、短期・中期の景気の上振れである。その点を説明しよう。
  ~~~
 この大減税が実施されると、連邦財政赤字の拡大、国債発行増、長期金利上昇、日米金利格差拡大、ドル高というシナリオが既に語られている。内外金利格差拡大がドル相場上昇をもたらすというのは国際金融論のテキストも語る基本命題なので、いかにももっともらしい。

しかし日米の長期名目金利格差とドル円相場の変化の関係性は実はとても不安定だ。実際に2010年以降の期間で検証すると、名目金利格差拡大がドル高(逆は逆)という相関関係は弱い程度でしか検出できない。期間によっては関係性がほぼゼロか、逆の場合すらある。

ところがこの関係性がほんの23か月前から非常に強く復活したのだ。なぜ金利格差とドル円相場の関係性が非常に強い度合いで突如復活したのか、これを語らないことには説明として意味がない。つまり同じ金利格差の変化でも、選挙投票日の迫った今年の夏以降と以前とでは、金利格差拡大がドル高に強くつながる何か違いが生じているはずだ。

それはトランプ大減税がもたらす米国の景気動向の上振れシナリオの浮上だ。


~~~

 ドル金利の上昇を伴った米国経済の潜在成長率からの上振れは、典型的には80年代前半(レーガン政権第1期の大減税、198384年平均実質GDP成長率5.9%)、90年代後半(クリントン政権第2期のITブーム、9600年同4.3%)、200407年(ブッシュ政権第2期の住宅バブル、0405年同3.6%)と過去何度か繰り返されて来た。


いずれの時期も米国の内需拡大で経常収支赤字は拡大したものの、金利の上昇と強い景況に引かれて海外から米国への資金流入が強まり、程度の違いはあるがドル高となった。市場参加者の一部はそうしたシナリオの可能性を今年の夏以降予想し始めたのだ。

それではなぜ選挙明けの119日の東京市場でドル売り、日本株売りが起こったのか・・・

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以下の上段の図はロイター非掲載図で、全体的に見ると日米の名目長期金利差とドル円相場の変化(前月比)の極めて弱い相関関係と、その相関関係が2016年7月から急速に強まった様子を表示したものです。下図はロイターにも掲載した米国のGDPギャップとコアPCE物価指数の相関図です。




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日本政府のネット債務残高は?

高橋洋一氏と田中秀明氏がダイヤモンドオンライン上で政府債務問題について論戦している。両者の議論を読み比べることで、私にとってもひとつ問題が鮮明になった点があるので、書いておこう。

本ブログでもかなり前に紹介したが、財務省は政府部門のバランスシートを試算、開示している。まず両者の共通点はこの政府のバランスシートを材料にして、政府のネット負債がどれほどのものかを議論している。 興味を引く最大の対立点は、日銀が民間銀行から購入した国債残高を、日銀も政府部門として統合することでバランスシートから相殺して見ることが妥当かどうかである。

言うまでもなく日銀の国債保有残高は、黒田総裁下のQQE発動で毎年約80兆円の規模で増加し、2016年3月末時点で364兆円、国債発行残高全体に占める割合は33.9%と過去最高となっている。 組織的には独立しているが日銀も政府部門であるから、日銀が資産として保有する国債は、日銀を統合した政府のバランスシートの中で相殺して見ることができると高橋氏は主張し、田中氏は否定している。

まずこの点の双方の主張は以下の通り。

田中秀明氏:「連結財務書類は、ほぼ全ての政府機関を含んでいるが、日銀が除外されているので、これを含めないと真の中央政府全体を議論したとは言えないとの指摘もある。

もし日銀が、金銀財宝といった自己財源で国債を買っているのであれば、統合政府ベースで借金は減るが、実際にはそうではない。日銀が民間銀行から国債を購入するためには代金を払う必要があり、それは銀行が日銀に預けた預金(準備金)として日銀のBSの負債の部に計上される。そもそも民間銀行が国債を買う財源は、我々国民が銀行に預けた預金である。

順を追って考えると、(1)国民の余裕資金が民間銀行に預金として預けられる→(2)民間銀行はその預金で国債を買う(投資)→(3)日銀が民間銀行保有の国債を買う(国債と準備金を等価交換する)という流れになっている。

統合政府ベースで、日銀が保有する国債を相殺することができても、日銀に預けた民間の預金は負債として残り、統合ベースで見た場合に負債が減ることはない。もし、政府が強制的に負債の部から預金を落とし政府の負債を減らすというのであれば、それは国民から貯蓄を奪うことであり、言い換えれば、預金に対して100%の税率で課税することになる。先ほど連結のBSで説明した、日本郵政が保有している国債と同じことだ。」

高橋洋一氏:「発券中央銀行のマネタリーベース(日銀券発行残高+民間銀行の日銀当座預金)は負債といっても、それは無利息、償還期限なしなので、実質的な債務性はない。

現在、白川時代に歪められた日銀当座預金への付利があるので、ものごとの本質が見えにくくなっているが、白川時代前を考え、日銀券と日銀当座預金は代替という金融論の基本を押えておけば、マネタリーベースは実質的な債務性がないことがわかるだろう。

要するに、政府と日銀を合算する統合政府ベースのBSを見るとき、日銀のマネタリーベースには実質的な債務性はない。これは、経済学で出てくる統合政府の基本中の基本である。」

まず、日銀のバランスシートの資産サイドにある国債の保有残高は、負債サイドにある民間銀行の日銀当座預金残高を見合いに両建てとなっている。さらに民間銀行の資産サイドとしての日銀当座預金残高は、負債サイドの私達の預金残高と見合いになっている。したがって、日銀を政府に統合して見ても、日銀の負債としての日銀当座預金残高(マネタリーベースの一部)が相殺で消えるわけではなく、あえてそれを「帳消し」にするなら、国民預金の収奪になるという田中氏の論理は、会計上の形式論理としては全く正しい。

それに対する高橋氏の主張は、日銀当座預金は日銀券と同じで「無利息、償還期限なしなので、実質的な債務性はない」 したがって、政府債務に加えなくて良いという一点にかかっている。

「日銀当座預金には実質的な債務性はない」は正しいか

この「実質的に債務性はない」ということの意味は、まず現金(日銀券)を考えればよくわかるだろう。日銀券発行残高はたしかに日銀のバランスシートの負債サイドに計上されている。 ところが、政府の国債の発行残高は政府債務残高としてその増加を懸念する議論を呼ぶが、日銀券発行残高は今のような低インフレ(あるいはデフレ)の局面では全く懸念の対象となっていない。 その理由は、高橋氏が言うように「無利息、償還期限なし」だからである。

日銀券を保有する国民全体では、日銀券で保有するか銀行預金で保有するかの選択肢(いずれもマネー)があるのみで、マネーの外に逃げることができない。「マネーで財や資産を買うことでマネー保有量を減らせる」と思う人がいるかもしれないが、あなたがマネーを減らした分、あなたに財か資産を売った人がマネー保有を増やすので、全体ではチャラである。ただしマネー価値への信頼が棄損した場合は、財や資産価格の高騰が起こり、ハイパーインフレになることはあり得るだろう。

では民間銀行の日銀当座預金は日銀券と同じく「実質的な債務性はない」と言い切れるかどうか。これも民間銀行がひとつしかない(あるいは銀行業界全体)として考えると、わかりやすい。 当座預金なのでそもそも返済期日はない。今はたまたま付利(0.1%、ただし増分についてはマイナス0.1%)されているが、原理的にはゼロ金利でやってきた。

民間銀行は、日銀との取引によってのみ日銀当座預金残高を増減できる。そして日銀との取引は①日銀券と日銀当座預金残の交換、②国債と日銀当座預金残高の交換しかない。民間銀行には日銀券か、日銀当座預金か、国債保有かの選択肢しかない。つまり国債かマネーかの外に逃げる方法がない。このように考えると日銀当座預金の「債務性は事実上なし」とする高橋氏の主張が妥当であろう。


しかしそれでも政府債務の無限膨張はあり得ない

ならば、日銀が国債を購入する限り、政府は国債をどんどん発行して政府債務を増やしても問題はないのか、というと話はここで終わらない。

マネタリーベースとしての日銀当座預金には、その残高の信用乗数倍のマネーを預金と貸出の両建てで生み出すことを思い出そう。例えば300兆円の日銀当座預金残高は、現下の法定準備率約2.0%の下では、最大15,000兆円(=300/0.02)のマネーストックを生み出しえる。

したがって、将来日本経済の構造変化で再びインフレが問題になった時に、日銀は莫大に積み上がった日銀当座預金残高をコントロールできないとハイパーインフレになるというリスクがある。この問題は無視できない。

もっともこの問題に対して対策は可能だ。まず第1の対策は法定準備率を思い切り引き上げれば信用乗数によるマネー増加効果は抑制できる。 場合によっては、預金に対する法定準備率を100%にすることで、事実上信用乗数効果を1.0にしてしまうこともできる。 これは私の私見ではなく、full reserve system(100%準備預金制度)として昔アービング・フィッシャーが議論したものであり、最近ではIMFのエコノミストがそうしたシステムの下でも金融機能が機能することを検証した論文が発表されている(以下参照)。

また将来インフレになれば、金利を引き上げる必要が生じる。その場合、コール市場の金利を日銀が引き上げようとしても、日銀当座預金残高のうち法定準備残高を超える何百兆円の過剰準備残高をコール市場を通じて日銀が全部吸い上げるまで金利は上がらないだろう。 ただし、それに対しても現在米国のFRBがやっているように日銀当座預金残高への付利金利を政策金利と同じ水準に引き上げることで、マネーマーケットの金利と一緒に上げて行くことができる。 

「それでは銀行が莫大な利益を中銀から吸い上げるだけだ」と早とちりしてはいけない。当然、銀行の預金金利も引き上げになるから、その限りでは銀行にとってはプラス・マイマス・ゼロである。

ただし日銀には金利の引き上げ幅次第で莫大なマイナス利鞘による損失が生じる。この損失可能性については現行のQQEで想定されるコストとして日銀は考えているはずである。目下は政府は国債利回りのゼロ、あるいはマイナス化によって資金調達コストが大幅に縮小されているわけであるが、そのつけを将来日銀を通じて払うことになるだけだとも言える。

そういう意味で、永遠にインフレにならないという想定ならば、政府が国債の増発を続けても、日銀がそれをQQEで買うことで永遠のポンジスキームができてしまうのだが、その想定にはそもそも根拠がない。国債発行残高が1000兆円として将来、国債の平均金利が2%になれば20兆円、3%なら30兆円の利払いコストが生じるわけで、それが財政収支を大きく圧迫することになる。

そういう意味では、政府の債務膨張が(対GDP比で)無限に続くことはできないと言う当然の結論に回帰するわけである。

追記(11月5日):中央銀行券の債務性、並びに政府紙幣問題について、以下の論文を神戸大の岩壺先生から紹介頂きました。なかなか興味深いです。ご参考まで。



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