たけなかまさはるブログ

Yahooブログから2019年8月に引っ越しました。

2017年08月

さて、前回のShiller PERの使い方に続いて、ドル円相場に関して、従来の考え方を一部修正したので、書いておこう。

過去、各種の論考や著作で次の様に説明して来た。
実質相場指数が示唆するドル高の天井圏」2014年11月、ロイター・コラム
 
引用:「為替相場は相対的購買力平価(以下「相対的PPP」)からの乖(かい)離と回帰を繰り返し、長期的には相対的PPPに収束する。これは筆者が一貫して説いてきた国際金融論の基礎的な知見だ。
今回のようにドル円相場の水準が変わると、大局的な水準観を求めてこの相対的PPPに関心を向ける方々が増えるようだ。ところが、勘違いをした見方をしている方が多いので、ここで注意しておこう・・・

要点をまとめると以下の通り。

1、為替相場(名目相場)は相対的購買力平価(PPP)が示す趨勢的なトレンドから乖離と回帰を繰り返す。

2、しかし相対的購買力平価(PPP)は起点依存である。通常ドル円では1973年起点が一般的だが、計算する起点を変えると形状の水準も大きく変わる。

3、そこで名目相場をPPPで割った実質相場指数とその長期的な平均値を計算すると、実質相場指数はその長期的な平均値から乖離と回帰を繰り返す(平均への回帰原理)。これで特定の起点依存を回避できる。

4、平均値から上方に大きく乖離したところはドル割高圏、下方に乖離したところはドル割安圏と判断して、長期投資目的で持高を操作する。

こうした観点から図表1に示した1973年からの実質相場指数グラフを作成、開示してきた(竹中正治ホームページ)

こうした考え方は、Shiller PERの考え方と実は共通であると分かるだろう。Shiller PERは名目PERの分母である一株当たり純利益(名目)の代わりに、過去10年間の実質純利益を使用し、さらにその値が長期では平均に回帰することを原理にしている。

ドル円の実質相場指数について、その長期平均値は実に驚くほど安定しており、第1図でも実質相場指数の1973年からの平均値はその線形近似線とほぼぴったりと重なってしまう。これはこの手法を私が使い始めた10年余り前から変わらない。

しかし超長期に安定と思われたShiller PERも、1990年以降趨勢的な上方シフトを起こし、100年以上にわたる長期平均値一本では間違った操作方針を導いてしまった。

ドル円実質相場指数も、起点である1973年からの平均値一本では今後不適応になる可能性がある。例えば使用している日本の企業物価指数、米国の生産者物価指数に何かしらのバイアスが生じ、相対的購買力平価計測上の歪みが累積することも起こり得る。完璧な経済統計データは存在しないのだ。

ではどうしたら良いか?指標判断に長期的な安定性と同時に超長期的な柔軟性を持たせた判断をするために、各時点での過去10年の移動平均値を計算し、その水準からの乖離と回帰を判断の基準にすれば良いだろう。

そうやって作成したのが第2図表である。目安として過去10年間の移動平均値から上下に一標準偏差乖離した水準を黄色線で示した。もちろん、一標準偏差の乖離はめど、参考水準であり、絶対的なものではない。

現状までのところ、新版から導かれる判断は、旧版をベースにした判断と大きな違いはない。現在の名目で1ドル=109円前後の水準は依然としてドル割高圏であり、私は自分のドル建て金融資産(3分の2は主にS&P500連動ETF、3分1はドル中期債券)について、90%の比率でドル売り持高を維持している。

以上、ご参考まで。

第2図表
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追加図表(9月6日)
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本ブログで過去何度か取り上げた米国株価指数S&P500を対象にしたShiller PER(CAPE ratio)について再考した結果、こういう使い方をすれば良いのではないかとようやく気が付いたので、まとめておこう。

まずShiller PERについて一から説明する手間は省くので、ご存じない方は以下のwikiでもご参照頂きたい。

またヒストリカルなデータは以下のサイトで手に入る。

Shiller PERへの代表的な批判

Shiller PERに対する代表的な批判は、ShillerPERは長期の平均値が安定していることが想定され、ある程度以上平均値から上方に乖離したら株価は過大評価(売りシグナル)、下方に乖離したら過小評価(買いシグナル)と判断するわけだが、1990年以降は明らかに趨勢的な水準が大きく上方シフトしており、割安割高の基準値としては役に立たなくなっているというものだ。

第1図を見てわかる通り、1989年までの平均値は14.6倍であり、実際の値はその平均値を中心に乖離と回帰を繰り返している。ところが90年以降の平均値は25.4倍であり、伝統的な14.6倍をベースに例えば20倍を超えたら株価は過大評価、売りシグナルと判断すると、90年代以降はほとんど売りシグナル常時点灯中となり、全く投資チャンスがないことになってしまう。

実際、考案者のロバート・シラー氏は、90年代前半にこの倍率が20倍を超えたあたりから(20倍を超えたのは92年12月)S&P500で見た米国株は過大評価されており、買い場ではないという趣旨の「警告」を発し、90年代半ばからのITバブルの投資チャンスを完全にとらえ損なってしまった。

このことは、今でも例えばバートン・マルキールが著作「ウォ―ル街のランダム・ウォーカー」でちょっと意地悪く指摘している。

Shiller PERの90年代以降の上方シフトの原因については、様々な論者が取り上げているようだが、私の知る限りすっきりとした定説があるわけではないようだ(あまりきちんとこの点は文献を読んでいないけどね)。

100年以上も長期にわたって同一平均値が適用できるのか?
 私もShiller PERをどのように参考にしたら良いか、考えて以下のような論考をロイターに書いたことがある。 第2図はその時に図表である。赤い垂直線がその時のShiller PERの水準である。
米国株は割高か?シラーPERの軽視は禁物」2015年2月、ロイターコラム

 引用:「なぜ1990年以降にシラーPERがすう勢的な上方シフトを起こし、それが続いているのか。必ずしも明快に解き明かされていないのだが、すう勢的な企業利益水準も会計制度の変更などによって変わる。景気循環のサイクルの長さもまちまちだ。また、投資家が求める実質リターンの水準自体、過去100年以上にわたって安定しているわけではなかろう。

したがって、シラーPERの水準は各時代のそうした事情に影響を受けていると考えられる。逆に言うと、各時代にそうした事情が働いているにもかかわらず、過去100年以上にわたるシラーPERの平均値一本で割高・割安を判定しようとすること自体に無理があるのだと筆者は考えている

 要するに私の見解としては、株価指数は趨勢的な水準からの乖離と回帰を繰り返すのだが、その趨勢的な水準をShiller PERの単純な長期平均値一本で表現できると考えるのは、論理的には一貫しているかもしれないが、実践的には硬直的過ぎて不確実性の高い現実に対応できないのだ。

Shiller PER自体の長期移動平均値からの乖離を見る

 それではどうしたら、良いか? 実は各方面で使用されている手法を使えばいいのだ。具体的にはShiller PER自体が様々な事情で超長期では変動し得ることを前提に、例えばShiller PER自体の10年移動平均値を計算し、この移動平均値からのその時点のShiller PERの上方、下方への乖離度で判断すれば良いはずだ。

第3図がそれを示したもので、黒の実線がShiller PERの過去10年移動平均値、上下の黄色線はその水準からの一標準偏差乖離の水準を示す。つまりShiller PERは約3分の2の確率で上下の黄色線の範囲に収まり、3分の1の確率でそこからとび出す。上にとび出した時は過大評価=売りシグナル(ピンクカラー)、下にとび出した時は過小評価=買いシグナル(水色カラー)である。S&P500の推移は赤い実線で、右対数目盛で図中に重ねてある。

これを見ると1970年代後半から80年代初頭の株価大幅割安期は青い買いシグナルが頻繁に点灯、80年代末から90年代の大半はピンク・カラーで売りシグナル、リーマンショック後に再び水色で買いシグナルとなっている。 

もちろん、移動平均値として10年期間、あるいはそこからの乖離として一標準偏差で判断するのが最適という保証はない。これはあくまでも例であって、様々なバリエーションが考えれる。

実際に投資パフォーマンスは改善するか?
 それで実際に上記の基準で売買をやってみて、投資パフォーマンスは改善するか、検証する必要がある。そこで1950年1月末から毎月100ドルの定額積み立てを行った場合と、同定額積立に加えて、割高(ピンク)期間は月に100ドル売り、割安(水色)期間には100ドル売った場合の投資パフォーマンスを比べてみた。

定額積立では、2017年8月25日時点で、累積投資額(81,200ドル)に対する時価資産総額(1,924,233ドル)となり、23.7倍になる。 売買を加えた修正積立方式では、累積投資額(69,000ドル)に対する時価資産総額(1,837,356ドル)となり、26.6倍となり、定額積立を上回るリターンをあげた(配当含まず)。

ただしポートフォリオのリスクを勘案する必要がある。リスク量の計測として、時価資産総額/累積投資額の月次データの前月比(%)の標準偏差を計測したところ、定額積立は3.42%、修正積立は3.43%となり、ほとんど同じである。すなわちリターンが向上した分だけ、投資パフォーマンスの向上に成功している。

ちなみ修正積立によるリターンの優位は、最初は小さいが90年代から大きくなり、2017年8月時点のみならず、90年代以降の期間を通じて修正積立のリターンが優位となっている。これは第4図表に時価資産総額/累積投資額の2つの場合の推移比較とその格差を示しているのでわかるだろう。

最後に2017年8月時点の状況については、図表3が示す通り、Shiller PERは一標準偏差の上方の淵近辺にあり、割高を示唆している。つまり既存の米株保有残高が大きくなっていれば、ちょっと売って軽くしておく方が良いよという、私の直感と整合的だ。

私自身としては、自分の目から鱗を落とした再考であるが、世界のどこかでは既に誰かが同じようなことを言っている、書いているかもしれない。日本ではいなさそうだが、米国にはいるかもしれない。
面倒くさいので検索探索しないが、どなたかもし発見したらお知らせ願いたい。

また、今回の再考の結果、ドル円相場の実質相場指数に基づく私のドル建て資産のヘッジ方針についても再考することとなった。それについては、次回ブログにて。


第1図表

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第2図表
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第3図表
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第4図表
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現代ビジネスへの寄稿、本日掲載されました。
タイトルはやや刺激的ですが、編集サイドのご意向とご理解ください(^^;)
私のメッセージを一番良く表しているのは、サブタイトルの「既存産業の『創造的破壊』が必要だ」でしょう。

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一部引用:「日本経済は長期的には、失業ではなく労働力不足が課題になるステージに移行している。ただし労働力不足と言っても、職業による過不足のばらつきは大きい。その点を見るために、職業別の有効求人倍率と就職件数(月間)(厚生労働省、ハローワーク・データ)の分布を示したのが図2である。

まず目につくのは一番左上に位置する「事務的職業」である(赤色)。就職件数で最大のボリュームゾーンであるが、有効求人倍率は0.4倍と最も低く、雇用需給は著しく余剰に傾斜している。

比較的大きなボリュームゾーンで有効求人倍率が2.0以上(水色)は、「専門的・技術的職業」、「サービスの職業」、「介護関係の職種」、「輸送・機械運転の職業」である(サービスの職業は介護、保健医療、飲食物調理、接客・給仕等からなり、近年追加された「介護関係職種」と重複する)。

こうした求人倍率の分布は、まさに現代のイノベーションが引き起こしている雇用需給構造のシフトを如実に表している。

すなわち、90年代から機械による代替が進んだ定型的な事務労働は、依然大きなボリュームゾーンではあるが、完全に雇用需給が余剰基調である。

一方、人手不足分野では、相対的に高付加価値の専門的・技術的職業と、対人的なサービスの職業(含む介護関係の職種)や輸送・機械運転の業務、ならびに運転や建設など現場業務への二極化が進行している・・・」

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今朝発表され日本の今年4-6月期の実質GDP成長率、 前期比年率で+4.0%、前年同期比+2.1%と高い数字が出た。内訳も良い感じだ。+4.0%の内訳である項目別寄与度は、民間最終消費+2.0%、民間企業設備投資+1.5%、公的固定資本形成+1.0%、純輸出-1.1%など。消費と設備投資の内需主導型成長である。上段の図

日本経済は長期的には失業ではなく、労働力不足が課題になるステージに移行しているのだと思う。ただし労働力不足と言っても、職業による過不足のばらつきは大きい。それは労働需給のミスマッチ問題でもある。その点を見るために職業別の有効求人倍率と就職件数(月間)(厚生労働省、ハローワーク・データ)の分布を示したのが下段の図である。

まず目につくのは一番左上に位置する「事務的職業」である(赤色)。就職件数で最大のボリュームゾーンであるが、有効求人倍率は0.4倍と最も低く、雇用需給は著しく余剰に傾斜している。

比較的大きなボリュームゾーンで有効求人倍率が2.0以上(水色)は、「専門的・技術的職業」、「サービスの職業」、「介護関係の職種」、「輸送・機械運転の職業」である(サービスの職業は介護、保健医療、飲食物調理、接客・給仕等からなり、近年追加された「介護関係職種」と重複する)。

また、民間の転職・求人仲介会社の求人倍率を見ると(DODA転職求人倍率レポート2017年7月)、業種別では「IT・通信系」が5.5倍と突出して高く、「サービス」2.8倍が次となっている。同データを職種別に見ると、「技術系(IT・通信)」6.9倍、「専門職」5.8倍と高く、「事務・アシスタント系」は0.22という低さだ。

こうした求人倍率の分布は、正に現代のイノベーションが引き起こしている雇用需給構造のシフトを如実に表している。すなわち、90年代から機械による代替が進んだ定型的な事務労働は依然大きなボリュームゾーンではあるが、完全に雇用需給が余剰基調である。一方、人手不足分野では、相対的に高付加価値の専門的・技術的職業と、対人的なサービスの職業(含む介護関係の職種)や輸送・機械運転の業務、並びに運転や建設など現場業務への分化が進行している。
 
さらに、リクルートワークス研究所のレポート「働くを再発明する時代がやってくる」(2015年)によると、企業内で事業に活用されていない社員である「雇用保蔵者」は2015年に401万人と推計されるそうだ。これは労働市場に出てきていない労働のミスマッチの存在だ。

今日、AI・ロボット化による労働の代替は、製造業から非製造業全般へ、とりわけ専門的・技術的分野と各種の対人サービス、運転、建設の分野に進もうとしている。こうしたイノベーションの波は、失業率が高い時には「雇用が失われる」とネガティブに受け止められ易いが、現下の人手不足の状況ならば「省力化・効率化」としてポジティブに受け止めることができる。むしろ、そのような変化への積極適応が経済全体で進まなければ、持続的な経済成長が不可能である局面に日本経済は至ったと言えるだろう。



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