たけなかまさはるブログ

Yahooブログから2019年8月に引っ越しました。

カテゴリ: 政治・財政

今回の米国の中間選挙とその結果を通じて、米国の保守とリベラルの政治的二極化は戦後で最も際立ったレベルになった感がある。二極化の傾向は過去幾度も指摘されてきたが、おそらく1970年代頃まで遡るトレンドだろう。

いわゆるpolitical correctnessを破壊しながら当選したトランプ大統領は、そうしたトレンドから生み出された現象であると同時に、二極化・分断を一層煽る政治的な存在として働いている。二極化・分断の原因は一言で表現できるほど簡単ではないが、主因のひとつはアメリカ社会の民族的構成の長期的な変化だ。

民主党にはリベラル派の白人層と非白人層の票が集まり、共和党には保守派の白人層の票が集まる傾向が一層顕著になっている(以下掲載WSJの図、参照、有料サイト)。

リベラル派の人々にとって、アメリカ社会の理想と優位は、多民族、多文化を許容する寛容さにある。
保守派の白人層にとってアメリカは欧州から移民した白人の国であり、中南米からの移民であるラティーノの増加に代表される人口構成の変化は、自分らの社会のアイデンティティを脅かすものと感じている。

米国のセンサス調査では、このまま人口構成の変化が続くと2050年までには、自らを白人と申告する人々は半数割れとなり、少数派になってしまう。 political correctnessが抑制していた「このトレンドを止めろ!」という要望、衝動が噴出して、保守派とリベラル派の白人&非白人層の間でちょっと和解しがたい分断が生じている。

こうした傾向がやがて米国社会のアイデンティティの変容、危機に至る可能性について、保守派の立場から警告した著作としては故ハッチントン氏の「分断されるアメリカ(Who Are We?)」(2003)がある。

また中間的な意見層が細り、二極化した政治は民主主義にとっても危機をもたらす要因となるだろう。その点ではリベラル派の論者によるトランプ政権批判でもあるこの著書が参考になる。「民主主義の死に方(How Democracies Die)」(2018)

さらに関連して、ポールクルーグマンの2008年の著書「格差は作られた(The Conscience of
a Liberal)」では、共和党が経済的な格差拡大政策をとりながらも(あるいは格差拡大を放置しながらも)選挙では大衆的な支持を獲得することに成功しているという「米国戦後政治史上の最大の謎」について、クルーグマンは1960年代の黒人の公民権運動を契機に、白人層にある根強い民族的、人種的偏見を共和党は取り込むことで成功したと説明している。 

当時私はそれを読んで、1970年代、あるいは80年代頃までなら、それでかなり説明できるかもしれないが、2000年代以降の今日までその効果で説明するのは無理ではないかと思ったのだが・・・実はそうでもなかったのかもしれない。  

クルーグマンは必ずしも明示的に書いていないのだが、彼の含意をくみ取ると、90代年以降はラティーノ人口の増加に対する抵抗感、民族的偏見、つまりこのままでは白人社会のアイデティティが脅かされるという保守的な白人層の不安、焦燥感が再強化され、移民増加に否定的な姿勢をとる共和党への支持を維持する要因として働き続けたのかもしれないと、今回考え直すようになった。

2020年の大統領選はどうなるんだろうか?分断の修復を志向する候補が出るだろうか?ますます分断化の傾向を強める政治闘争になるんだろうか。今のままだと、後者の可能性が高いだろう。

昨晩行われた戦後70年の安倍首相会見における談話、比較ポイントを3点に絞って1995年の村山談話と読み比べてみよう。

安倍談話全文:戦後70年安倍首相談話

1、どのように国策を誤ったのか?

安倍談話引用:百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

 当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。そして七十年前。日本は、敗戦しました。」

村山談話引用:「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。」

村山談話では「国策を誤り」と言っているだけで、どのような国際情勢の中で、どのように国策を誤ったのか、その説明が全くない。その点、安倍談話では先日公表された有識者報告をベースにその歴史的な過程が説明されている。そのことを通じて、主要な過ちが第1次世界大戦後に起こった点も明らかにされている。 戦前の日本を明治期まで遡って一括りに否定するような歴史認識の粗雑化を許さないために、これは重要な説明だろう。

2、侵略、植民地支配、反省、お詫びなど

安倍談話:「二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。」

村山談話:「私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。」

村山談話のこの部分の主語が「私は」であるのに対して、安倍談話では「我が国は」「こうした歴代内閣の立場は、今後も、ゆるぎない」となっている。この点をさっそく日本共産党の志位委員長は「「反省」と「お詫び」も過去の歴代政権が表明したという事実に言及しただけで、首相自らの言葉としては語らないという欺瞞に満ちたものとなりました」と批判しているが、果たして公正な批判だろうか?

直接話法から間接話法になってトーンダウンしているという批判は公正か?

主語が村山談話の「私は」に代わって「我が国は」となっているが、これは首相が何らかの意味で日本を代表して語るときの語法としては全く真っ当なものであり、批判される理由が理解できない。
さらに言えば、村山元首相は1924年生まれであり、学徒出陣で日本陸軍歩兵になり、終戦時点では陸軍軍曹の階級で終戦を迎えたという戦争経験世代であったため、首相としての立場と戦争体験者の自分個人が重なり、「私は」という主語になったと理解できる。それはある意味で自然なことだ。

一方、安倍首相は戦後1954年生まれであり、戦争体験者としての「私」は存在しない。したがって自分が経験したことではないが、日本国を代表して語る首相として「我が国は」となったののも自然なことだ。反省やお詫びを弱める意図があったというのは、中傷・誹謗の類だろう。

過去形にすることでトーンダウンしているという批判は公正か?
 
この点も、「こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものでありますと語っているのだから、語っている事実に基づかない誹謗・中傷だろう。

3、戦後生まれの世代が、戦争に対する道義的な責任、お詫びを共有すべき理由はない?
前回のブログで私が取り上げたこの問題に関連して、安倍首相は談話の中で以下述べている。もちろん村山談話にはない部分だ。

引用:「日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。

 首相談話でこの一言が盛り込まれたおかげで、私はほっとした。首相の語りとしてはこれで十分だろう。この点に関連して、談話後の質疑応答で産経新聞の阿比留さんがすかさず以下のフォローを入れている。

引用:「Q:今回の談話には「未来の子どもたちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」とある一方で、「世代を超えて過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません」と書かれています。ドイツのワイツゼッカー大統領の有名な演説の「歴史から目をそらさないという一方で、みずからが手を下してはいない行為について、みずからの罪を告白することはできない」と述べたのに通じるものがあると思うのですが、総理の考えをお聞かせください。

A:戦後から70年が経過しました。あの戦争には、何ら関わりのない、私たちの子や孫、その先の世代、未来の子どもたちが、
謝罪を続けなければいけないような状況そうした宿命を背負わせてはならない。これは、今を生きる私たちの世代の責任であると考えました。その思いを、談話の中にも盛り込んだところであります

しかし、それでも、なお、私たち日本人は世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければならないと考えます。まずは、何よりも、あの戦争のあと、敵であった日本に善意や支援の手を差し伸べ、国際社会に導いてくれた国々、その寛容な心に対して、感謝すべきであり、その感謝の気持ちは、世代を超えて忘れてはならないと考えています。

同時に過去を反省すべきであります。歴史の教訓を、深く胸に刻み、よりよい未来を切り開いていく、アジア、そして、世界の平和と繁栄に力を尽くす、その大きな責任があると思っています。そうした思いについても、合わせて今回の談話に盛り込んだところであります。」

TVで談話と質疑応答を見ていて、この部分で溜飲が下がる思いだった。これでいいだろう。

最後にもう一点、「安保関連法案で支持率が低下して来たので、首相は自身の真意を曲げて、妥協した内容を語ったのだ」という非難の仕方がある。 しかしこれは語るに値しない非難だ。

有権者としての私にとって首相の個人的な心情などには関心がない。首相という公人として、何を語り、何を行うか、それが全てだ。近代的な政治、政治家と有権者の関係、さらには国家を代表する政治家相互の関係とは、そういうものだろう。欧米の政治家もみなそう考え、そう反応するだろう。

前述の日本共産党の立場としては、安倍談話がなんと言おうと、非難 ・反対するのが彼らの政治的な宿命のようだから、もはや論外だろう。

むしろ試されるのは韓国と中国の対応だ。英語を含む各国語で安倍首相談話は公表されるので、各国の政府関係者らも読み、中韓以外からは「これでOK」「よかった」という反応があるはずだ。この内容をもってしても、例えば韓国が対話を閉ざすというのであれば、それは韓国が意固地に日本と世界の良識に背を向けていることを露にするだけだろう。

安倍首相が行う戦後70年談話の参考となる「有識者懇談会の報告書」、全文読んだ。
正式名称は「20世紀を振り返り21世紀の世界秩序と日本の役割を構想するための有識者懇談会(21世紀構想懇談会)による報告」である。

例えば以下のような記述には、中韓や日本の左派が批判する「歴史修正主義」の要素は微塵も感じられない。

引用:「日本は、満州事変以後、大陸への侵略1を拡大し、第一次大戦後の民族自決、戦争違法化、民主化、経済的発展主義という流れから逸脱して、世界の大勢を見失い、無謀な戦争でアジアを中心とする諸国に多くの被害を与えた。

特に中国では広範な地域で多数の犠牲者を出すことになった。また、軍部は兵士を最小限度の補給も武器もなしに戦場に送り出したうえ、捕虜にとられることを許さず、死に至らしめたことも少なくなかった。
広島・長崎・東京大空襲ばかりではなく、日本全国の多数の都市が焼夷弾による空襲で焼け野原と化した。特に、沖縄は、全住民の3分の1が死亡するという凄惨な戦場となった。植民地についても、民族自決の大勢に逆行し、特に1930年代後半から、植民地支配が過酷化した。
1930年代以後の日本の政府、軍の指導者の責任は誠に重いと言わざるを得ない。」


アメリカの位置づけをめぐる二つの対立する世界観

私にとっては概ね違和感のない良くできた内容だが、安全保障関連法案に対する左派と政府の対立点は、たどって行くと結局「アメリカ」という国をどう位置付けるかで大きく分岐するのだと思う。この点、党としての見解が統一できずに、「憲法違反一点張り」で実質的な安全保障問題の議論ができない民主党は、ある意味で論外だろう。

SEALDsなどに参加している若者諸君も、以下の2つの世界観の対立の中で、自分がどちらにつくことを選ぶのか?そういう問題に行き着くことを熟考して欲しい。

懇談会報告書の見解:
1960年代までに多くの植民地が独立を達成したことにより、世界中全ての国が平等の権利を持って国際社会に参加するシステムが生まれた。そして、新たな国際社会の繁栄の原動力となった諸原則が、平和、法の支配、自由民主主義、人権尊重、自由貿易体制、民族自決、途上国の経済発展への支援であった」

上記の太字にしたポイントこそ、2度の世界大戦を経験した20世紀の教訓として継承すべきものと報告書は総括しており、その実現を主導してきたのは、アメリカとその同盟諸国である西欧並びに日本であると位置づけている。

一方、この見解と真逆の立場は、例えば日本共産党の綱領に記載された以下のようなものであろう。

引用:「アメリカが、アメリカ一国の利益を世界平和の利益と国際秩序の上に置き、国連をも無視して他国にたいする先制攻撃戦争を実行し、新しい植民地主義を持ち込もうとしていることは、重大である。   
アメリカは、「世界の警察官」と自認することによって、アメリカ中心の国際秩序と世界支配をめざすその野望を正当化しようとしているが、それは、独占資本主義に特有の帝国主義的侵略性を、ソ連の解体によってアメリカが世界の唯一の超大国となった状況のもとで、むきだしに現わしたものにほかならない。   

これらの政策と行動は、諸国民の独立と自由の原則とも、国連憲章の諸原則とも両立できない、あからさまな覇権主義、帝国主義の政策と行動である。   いま、アメリカ帝国主義は、世界の平和と安全、諸国民の主権と独立にとって最大の脅威となっている。」  

私は戦後、アメリカがやって来たことが全部正しい、正義だなんて全く思っていない。アメリカはアメリカとして自国の国益と価値観の実現を追求して来ただけだ。ただし、例えばかつてのソ連、今のロシアや、戦後の中国が世界最大の大国、覇権国家になった世界を想像して頂きたい。あるいはアメリカではなく、ソ連が戦後の日本を占領した世界を想像して頂きたい。

そして自分がそうした世界に生きることを選ぶか、あるいは今の世界に生きることを選ぶか、それを考えれば、私にとって選択は後者(今の世界)しかありえない。そういう相対比較の問題として考えているわけだ。 

日米同盟破棄は中国の戦略の上で踊るようなもの

中国ウオッチャーはみな同意するだろうが、今の中国の権力者は日米同盟を破棄させることができ、かつ米中が手を握れば、中国にとって日本などはどうにでもなる対象、赤子の手をひねるような存在になると判断し、それを戦略的に志向している。 現実の世界はパワーポリティクスだからね。日米同盟破棄を掲げるなんてのは、主観的にはそういうつもりはなくても、結局中国の思惑通りに踊ることになる。この点、間違いないと確信している。

自分が生まれる前に起こった過去の出来事に対してどうして謝罪ができるのか?

今回の報告書については中韓を含め日本の左派は村山談話にあった「おわび」や「謝罪」をすべきとの指摘がないと批判をしている。

例えば赤旗は次のように報じている。
引用:「『侵略』明記、『おわび』求めず」 「 報告書は、最大の焦点となる歴史認識について「先の大戦への痛切な反省」を明記。「植民地支配」や「侵略」という表現も記載する一方、戦後50年の村山富市首相談話(1995年)にある「おわび」の踏襲は求めませんでした」

日経新聞(8月7日)は中国の報道を以下のように報じている。
引用:「 【北京=共同】中国国営通信、新華社は2日、安倍晋三首相が今夏に発表する戦後70年談話について、先の大戦に関する「痛切な反省」を明記しても「おわび」の表明がなければ、戦後50年の村山富市首相談話と比べて「深刻な後退だ」とする記事を配信した。 記事は村山談話のキーワードが「植民地支配」「侵略」「おわび」だとし、安倍氏がこれらに言及するかどうかが注目点だとした。」

「謝罪」というのは直接か間接か選択する何かしらの自由が自分にあり、その結果に対する道義的な責任から生じることだ。 例えば全く行動の自由選択のない奴隷の立場ならば、道義的な責任も生じないので「謝罪」もあり得ない。

自分が生きている同時代のことで、自国のやった所業が他国に大いなる災いをもたらしたのであれば、たとえそれに自分が直接関与していなくても、国家としての「謝罪」の念を共有することはあり得るだろう。

しかし自分が生まれた前に起こった過去の出来事とは、自分自身には間接的にも直接的にも選択の自由が全くなかった出来事である。それに関して、どうして私を含めた戦後生まれの国民に道義的な責任や謝罪の必要性が生じるのか、論理的な説明を見聞したことが私はない。 「過去の教訓として過ちは繰り返さない」という意思の表明で十分だろう。 つまり戦後生まれの私たちのとって、問題の過去は、同時代の過去ではなく、歴史的な過去なのだ。

中韓や日本の左派が、それでも「謝罪が必要」と言うのであれば、それはどのようなロジックによるものだろうか? 自分が生まれる前のことであろうと、「国家としての連続性がある以上、戦後生まれの政府や有権者も謝罪すべきだ」と彼らは言っていることになる。つまり国家を擬人化して、その道義的な責任を追求しているわけだ。

この主張が前提とするロジックとはいかなるものだろうか?
戦中時代を描いたある再現ドラマを見ていて、はたと気が付いた。ドラマの中で「お国のために私たち国民ひとりひとりも滅私奉公しなくては」というセリフが出てきた。もちろん、これは今では国家主義的なロジックとして一部の極右の方々を除けば全く否定されているものだ。

ところが 「謝罪せよ」と主張している方々のロジックとは、まさにこの国家主義的なロジックと表裏、あるいはポジとネガの関係にあるのではなかろうか。すなわち「お国のせい(責任)なんだから、戦争の同時代の世代だろうと、戦後生まれの世代だろうと、日本国民とその政府である限り『謝罪』すべきだ」と主張していることになる。

日本の左派は右派の国家主義的なロジックを批判し続けてきたが、今に至るまで「謝罪せよ」という自らのロジックは、実は国家主義的なロジックの矛先を逆に向けただけで、同質のものだったのだ。

もちろん、国家を擬人化することには、一定範囲内での合理性もある。例えば、同様の擬人化には「法人」もある。 法人は契約の主体となり、その遵守の義務がある。国家は条約の主体となり、その遵守の義務がある。法人の契約や国家の条約は、締結後に生まれた経営者、あるいは国民・政府でも遵守しなくてはならない。

承知の通り、戦争賠償をめぐる日韓の条約は1965年の日韓基本条約であり、この条約で日本の韓国に対する経済協力が約束されると同時に、韓国の日本に対する一切の請求権の「完全かつ最終的な解決」が取り決められている。

また中国人民共和国との間では、条約よりは弱いがそれに準するものとして1972年の日中共同声明で、日本が台湾ではなく中華人民共和国政府を正当な「中国」として事実上認知すると同時に、「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄すること」が宣言されている。

これらの条約や共同声明は、国家を構成する国民が世代交代で変わっても、遵守すべき事柄であり、自国の政治情勢などの変化で一方的に破ることはあってはならないはずなのだが。

追記(8月11日): 
橘玲 公式サイト で先日の私のブログなどよりもずっと整理されて包括的な議論が全3回にわたって展開されているのを発見しました。
基本的にはサンデル教授のコミュニタリアン的な考え方(「戦後生まれでも謝罪すべき」)と、自由主義的・リバタリアン的(道徳個人主義「戦後生まれは謝罪の必要なし」)を対比しながら、サンデル教授の議論を批判的に読み解いています。

これは秀逸な内容だ。結論としては、本件についても複数の立場があり、どれが決定的に正しいのかはわからないのだが、各立場の論点と強弱が鮮明になっています。
もちろん私のブログでの今回の主張は自由主義的・リバタリアン的(道徳的個人主義)な視点からのものです。

引用:「(道徳的個人主義を批判する)サンデル教授は、『法人としての国家(共同体)は先祖の罪に対して責任を負うべきだ』と述べているのだろうか。だがそうなるとこんどは、「道徳的個人主義」に対する教授の批判が破綻してしまう。道徳的個人主義者は個人としての責任は認めないかもしれないが、法人としての責任を積極的に支持することは十分にあり得るからだ」 

この最後の部分が私の意見に一番近いです。すなわち戦後生まれの私たちは、戦争について謝罪する道義的な責任はないと考えますが、国家どうしとしてならば相応な範囲内で過去の責任を認め、賠償交渉にも対応し、その結果締結された条約や共同声明を遵守する義務がある。そして日本はそれを戦後やってきたはず、ということです。

ただしそれでも問題が残るという。

引用:「国家間の戦争の場合は、損害の規模が大きすぎて、個別のケースごとに賠償金額を算定したり、賠償すべきかどうかを決めることは明らかに非現実的だ。とはいえこのままでは永遠に紛争は解決できないので、便宜的に謝罪と賠償の対象を相手国(法人)とする方策(次善の策)が採用されることになる。これが平和条約だ。

いったん平和条約が締結されると、法人と法人のあいだの紛争は解決され、その後、追加の謝罪や賠償は要求できないとされる。過去の歴史的事象を取り上げていつでも好きなときに賠償
請求できるのでは国家間の正常な関係は成り立たないから、両国の国益を最大化するためにもこれは合理的なルールだろう。

だが私の考えによれば、ここにはの(サンデルの)「正義論」におけるきわめて深刻な問題が横たわっている。仮に国家と国家が平和条約を締結したとしても、その合意に個人(一人ひとりの被害者)が従わなくてはならないとする道徳的な根拠を提示することができないからだ」  

 最後の部分の指摘については、コミュニタリアンの立場から「生まれる前の過去の出来事にも責任がある」とするサンデル教授の正義論の問題を指摘しているわけです。 私としては、国家間の条約に個人が従わなくてはならない道徳的な根拠を示す必要が果たしてあるのか、国家間の条約は条約として国内法もそれとの整合性を求められるだけであり、道徳とは別事だということでよいのではないかと思います。

こうして見ると、共同体が共有している価値観や道徳を重視するサンデル教授のコミュニタリアンの思想は、それが強くなると左右双方の全体主義(あるいは国家主義)の考え方と親和性が高くなると思えてきました。もっともこの辺の思想状況に日本で最も詳しいと思われる井上達夫教授の近著よると、サンデルはコミュニタリアンの立場から、その後はリベラリズムに次第に接近しているそうです。それは実によかったね・・・と言っておきましょうか。

イラクに派兵された自衛官の自殺率の高さを指摘するブログやら一部報道が出回っています。だいたいレフトサイドの論者からのものですが、目についたものを点検してみましょう。

「イラク帰還自衛隊員の自殺は一般の15~17倍、米兵は毎日22人が自殺、集団的自衛権行使は若者の命奪う」 井上伸氏(国家公務員一般労働組合の執行委員)

引用:「『2014年度末現在、イラク派遣の陸上自衛官が21名、航空自衛官が8名、計29名。アフガン派遣の海上自衛官が25名。合計54名の海外派遣された自衛隊員が帰国後、自殺しています』

昨日(5月27日)行われた国会答弁で防衛省が報告したものです。
防衛省のサイトにあるイラク派遣の結果報告を見ると、イラク派遣された陸上自衛官は600名で、航空自衛官は210名です。

警察庁によると、自殺死亡率は、人口10万人当たりの自殺者数を示し、その計算式は、「自殺者数÷人口×10万人」となります。これで計算すると、イラク派遣された陸上自衛官の自殺死亡率は3,500で、航空自衛官の自殺死亡率は3,809.5になります。警察庁公表の2014年の日本全体での自殺死亡率は20.0なので、陸上自衛官は175倍、航空自衛官は190.4倍も多いことになります。

防衛省は、2004年から2014年までの11年間の自殺者数と言っていますので、これを11で割るとして、陸上自衛官は15.9倍、航空自衛官は17.3倍になります。」
***

上記の計算は以下の通りです。
イラク派兵陸自自衛官の自殺率:21/11/600 =318人(年間10万人当たり)
318/20=15.9倍
イラク派兵の空自自衛官の自殺率:8/11/210=346人(年間10万人当たり)
346/20=17.3倍

この計算、何がおかしいでしょうか?問題は分母の600人、210人という数字が、イラクに派兵された自衛官の実数ではなく、部隊の人員数になっていることです。

部隊は自衛官をある程度入れ替えながら、複数回派遣されていますので、「毎回100%同じ自衛官が派遣されている」と極端な想定をした場合のみ、成り立つ計算です。

もちろん、部隊の構成員は入れ替えられているはずなので、派遣経験の自衛官実数>部隊人員数です。こうやって論理的に誤った過大な自殺率を計算しておいて、次のように煽っています。

引用:「安倍政権が今国会で成立を狙う集団的自衛権の行使を含む「戦争法案」が強行されるようなことがあると、自衛隊員のおびただしい戦場での戦死と、帰還後の自殺、PTSD、人間性破壊の惨状が現実のものとなってしまいます。 」

次にこうしたレフトサイドからの攻撃に対して、「反証」を提示したブログを見てみましょう。
http://blogos.com/outline/117490/ 参議院議員(自民党)佐藤正久氏のブログです。
「自衛官の自殺率:一般成人男性 約40.8人>イラク派遣自衛官約33.0人」

引用:「平和安全法制関連法案の審議が進む中、にわかに注目を集める「自衛官の自殺」。現在、事実とはかけ離れた数字や内容が独り歩きしています。そこで、「事実」を共有すべく、防衛省が作成した資料をお示ししたいと思います。

【自衛官の自殺死亡率】(概数)
一般成人男性(40.8人) > 男性自衛官(35.8人) > イラク派遣自衛官(33.0人)

イラク特措法に基づき派遣された自衛官の「平均自殺死亡率」は、一般成人男性(20歳から59歳)のそれに比べて、「低い」ことが明らかになりました。計算方法や数値など、細部は下に示した資料をご覧下さい。」
***

私はこちらが真実かな・・・と最初思ったのですが、ちょっと疑問が残るのです。それを説明しましょう。

上記ブログの資料は防衛庁サイトでは公表されていませんので、国会で紙で配布されたものかもしれません。計算のベースとなった数字と計算過程が掲載されずに結果だけなのがもどかしいですが、検証のために逆算してみましょう。

イラク派遣自衛官自殺率33人(年間10万人当たり)
公表されているイラク派遣の陸自と海自の自衛官の自殺数29名(おそらく10年間)
イラク派遣された自衛官の実数:X
((29/10)/X)×100,000=33人
X=8788人

イラク派遣された自衛官の総数は8788人と逆算されました。
さらに以下の防衛省のイラク派遣に関するレポートを見ると「参考1」に自衛隊の部隊派遣実績が各回の部隊隊員数を含めて開示されています。
この表から陸自と海自の派遣のべ人数を合計すると、8870人となります。
あれ・・・? 上記の逆算したXともの凄く近似していますよね。

私の推測ですが、佐藤議員のブログで開示された防衛省資料のイラク派遣自衛官の自殺率は、派遣のべ人数を分母に計算された可能性が極めて高いと考えられます。私の逆算とのわずかな誤差は小数点以下四捨五入されているからでしょう。

派遣のべ人数を分母に計算することは、毎回100%隊員が入れ替わり、誰ひとりとして複数回派遣されていないという極端な想定のもとでなら、正しいですが、常識的に考えてそんなことはあり得ないでしょう。引き継ぎの必要からも、複数回派遣されている隊員がいるはずです。

というわけでこの防衛庁の計算は過小計算の可能性があります。
真実は上記の過大計算と過小計算の中間にあるようです。
防衛庁さん、ちゃんとサイトで詳細開示してください。

それから参考情報として、 政府の人事院は省別の国家公務員の自殺率を公表し、自衛官の自殺率が国民平均の1.5倍であることを示しています。以下参照

あとひとこと言い添えます。
2011年の東北大震災の後、多くの自衛官の方々が遺体の探索・発見に長い時間従事してくれました。しかしこれは心理的に過酷な作業でしょう。 なにしろ死後日数が経過して腐乱した遺体だって多いのですから。気の弱い人間なら逃げ出したくなるような作業です。それを黙々とやってくださった自衛官の方々には頭が下がります。

自衛官だって人の子ですから、中には気が滅入ってうつ病になる方だって少なくないのでは?その中から悲しくも自殺する方が普通よりも多く出ても不思議はないと思います。

6月26日追記:同様の誤った数字を報道していた東京新聞は訂正・おわび記事を出したそうです。
以下

http://bylines.news.yahoo.co.jp/takenakamasaharu/  Yahooニュース個人
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日本共産党はなぜポツダム宣言を絶対視するのだろうか?
 
「歴史」は多くの場合、勝者の語るストーリー・記録が、圧倒的な影響力を持つが、歴史の実相は勝者と敗者双方の主張・記録を見てみないとわからない。こんなことは常識だと思うが、日本共産党は第2次世界大戦の勝者の「宣言」を歴史認識の上で絶対視しているようだ。
 
以下は今週話題になった国会での共産党志位委員長による首相質問場面の動画である。 
 
要するに、日本はポツダム宣言を受け入れて降伏した。そのポツダム宣言では今次の戦争は日本とドイツの結託による世界征服のための戦争だったと書かれている。したがって首相もそれを歴史認識として受け入れるべきだという論旨である。
 
ポツダム宣言、第6条項:「日本の人民を欺きかつ誤らせ世界征服に赴かせた、影響勢力及び権威・権力は永久に排除されなければならない。」
 
しかし、こうした政治外交文書の記述は歴史認識の上で重要な資料であるが、それは当時の連合国側が日独伊同盟国側を「世界征服を目的に戦争を起こした」と主張していたという事実を示すにとどまるものだろう。 その文書自体が歴史認識となるべきと出張するなら、歴史認識は全て勝者の記録のみで足りるということになってしまう。
 
ちなみに、私自身は日本の対中国戦争は侵略的な性質を持っていたし、対英米の太平洋戦争も回避すべき戦争だったと(その意味で誤った戦争だった)と考えているが、当時の日本政府・軍部の意図が世界征服だったとはとうてい認識できないと思う。
 
なぜ共産党はポツダム宣言の記載を絶対視するのか? 共産党の綱領を読んだら、その理由がわかった気がした。(以下)
 
日本共産党綱領から抜粋引用(太字は筆者の強調):「日本帝国主義は敗北し、日本政府はポツダム宣言を受諾した。反ファッショ連合国によるこの宣言は、軍国主義の除去と民主主義の確立を基本的な内容としたもので、日本の国民的な活路は、平和で民主的な日本の実現にこそあることをしめした。
 
第二次世界大戦における日独伊侵略ブロックの敗北、反ファッショ連合国と世界民主勢力の勝利は、日本人民の解放のための内外の諸条件を大きくかえ、天皇制の支配のもとに苦しんでいたわが国人民がたちあがる道をひらいた。

戦後公然と活動を開始した日本共産党は、ポツダム宣言の完全実施と民主主義的変革を徹底してなしとげることを主張し、天皇制の廃止、軍国主義の一掃、国民の立場にたった国の復興のために、民主勢力の先頭にたってたたかった。党が、「人民共和国憲法草案」を発表したのは、この立場からであった。
 
わが国を占領した連合軍の主力が、原爆を武器として対ソ戦争の計画をもち新しい世界支配をねらうアメリカであったことは、日本国民の運命を、外国帝国主義への従属という歴史上かつてない状態にみちびく第一歩となった。
 
世界の民主勢力と日本人民の圧力のもとに一連の「民主化」措置がとられたが、アメリカは、これをかれらの対日支配に必要な範囲にかぎり、民主主義革命を流産させようとした。
 
現行憲法は、このような状況のもとでつくられたものであり、主権在民の立場にたった民主的平和的な条項をもつと同時に、天皇条項などの反動的なものを残している。天皇制は絶対主義的な性格を失ったが、ブルジョア君主制の一種として温存され、アメリカ帝国主義と日本独占資本の政治的思想的支配と軍国主義復活の道具とされた。

アメリカ帝国主義は、世界支配の野望を実現するために、ポツダム宣言をふみにじって日本を事実上かれらの単独支配のもとにおき、日本を軍事基地としてかためながら、日本独占資本を目したの同盟者として復活させる政策をすすめ、日本人民の解放闘争を弾圧した。
***
 
というわけで、ポツダム宣言が単なる勝者の主張ではなく、日本共産党にとって金科玉条になり得るのは、それが「反ファッショ連合国と世界民主勢力」の勝利の成果と位置付けているからである。一方で、それは戦後直後に、世界支配の野望を抱く米国の手によって捻じ曲げられた、という歴史解釈を共産党はしているわけだ。
 
しかしながら、「米国の世界支配の野望」が事実なら、それは1945年以降突然生じたわけではないだろう。 同時に連合国の中で米国は軍事力も政治力も圧倒的な存在だった。そうすると連合国側から「世界支配の野望を抱く米国」を除いた「反ファッショ連合国と世界民主勢力」というのは、いったいどこの国、どの勢力だったんだろうか?
 
ソ連だろうか?中国共産党? 
ソ連については、綱領の後段で次の様に記載されている。
 
引用:「ソ連では、レーニンの死後、スターリンを中心とした指導部が、科学的社会主義の原則を投げすてて、対外的には覇権主義、国内的には官僚主義・専制主義の誤った道をすすみ・・・」
 
第2次世界大戦中は既にスターリンの独裁支配が確立していたから、このように規定される国が
「反ファッショ連合国と世界民主勢力」だったとは言えないだろう。
 
中国共産党との関係については綱領にはほとんど記述がないが、1950年に日本共産党が各派に分裂し、1951年に当時の主流派は、中国共産党の強い影響下で、反米武装闘争の方針を決定し、中国共産党の抗日戦術を模倣したことがある。
 
当時の非主流派の国際派(これが今日まで続く現存派)は、この当時の武装派を「間違った路線」「中国盲従派」と否定し、長きにわたり中国共産党と日本共産党は相互に批判し合う関係だった。
 
要するに、ポツダム宣言をそれほど高く評価する根拠としての「反ファッショ連合国と世界民主勢力」というピカピカに健全な勢力なんてものが、そもそも存在していたのか、ということだ。
 
私の意図はポツダム宣言の内容を否定することではない。むしろ以下の様な当時としては先進的な条項を含んでいたことを評価したい。
 
第10項目:「われわれは、日本を人種として奴隷化するつもりもなければ国民として絶滅させるつもりもない。しかし、われわれの捕虜を虐待したものを含めて、すべての戦争犯罪人に対しては断固たる正義を付与するものである。日本政府は、日本の人民の間に民主主義的風潮を強化しあるいは復活するにあたって障害となるものはこれを排除するものとする。言論、宗教、思想の自由及び基本的人権の尊重はこれを確立するものとする。」
 
第12項目:「連合国占領軍は、その目的達成後そして日本人民の自由なる意志に従って、平和的傾向を帯びかつ責任ある政府が樹立されるに置いては、直ちに日本より撤退するものとする。」
 
しかしながら、それでも同宣言は、米英ソ連を中心にした連合国側の政治的な主張、認識に拠ったものであり、同宣言を金科玉条にして、「日本の戦争の動機は世界征服だったのであり、それを認めないのは当該戦争を正当化するのものだ」という志位委員長の論法は、控えめに言ってもかなり奇妙な議論だと思う。
 
補足追記:ポツダム宣言についてwikiから引用しておきます。
ナチス・ドイツ降伏後の1945年(昭和20年)7月17日から8月2日にかけ、ベルリン郊外ポツダムにおいて、米国、英国、ソ連の3カ国の首脳(アメリカ合衆国大統領ハリー・S・トルーマンイギリスの首相ウィンストン・チャーチルソビエト連邦共産党書記長ヨシフ・スターリン)が集まり、第二次世界大戦の戦後処理について話し合われた(ポツダム会談)。
 
ポツダム宣言は、この会談の期間中、米国のトルーマン大統領、イギリスのチャーチル首相と中華民国の蒋介石国民政府主席の共同声明として発表されたものである。ただし宣言文の大部分はアメリカによって作成され、イギリスが若干の修正を行なったものであり、中華民国を含む他の連合国は内容に関与していない。
 
英国代表として会談に出席していたチャーチル首相は当時帰国しており、蒋介石を含む中華民国のメンバーはそもそも会談に参加していなかったため、トルーマンが自身を含めた3人分の署名を行った(蒋介石とは無線で了承を得て署名した)。」
***
以上wikiではポツダム宣言は「宣言文の大部分はアメリカによって作成され、イギリスが若干の修正を行なったもの」と書かれています。  
 
そのアメリカについて日本共産党の綱領では 「わが国を占領した連合軍の主力が、原爆を武器として対ソ戦争の計画をもち新しい世界支配をねらうアメリカであったことは、日本国民の運命を、外国帝国主義への従属という歴史上かつてない状態にみちびく第一歩となった」と書かれています。   
 
wikiの指摘が正しいとすると、日本共産党は、同時代のアメリカを一方では「反ファッショ連合国と世界民主勢力」の代表として、同時に「世界支配の野望を抱く国」とも位置付けているわけで、なかなか興味深い矛盾を呈していると言えます。 
 
 
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ふ~む、これは興味深い。
米国プリンスト高等研究所のマイケル・ウォルツァー教授の論考
 
「イスラム主義と左派」(Islamism and the left)

同教授は「左派(the left)」の立場であり、過激なムスリム集団、テロリストの台頭に左派が正面から向き合えていない状況を批判(自派批判)している。 
 
同教授の言うthe leftの範疇が語られていないが、おそらく米国流のリベラルから西欧的な社会民主主義までをカバーするのだろう(コミュニストまで含むかどうかは私はわからない)
 
全く同様の傾向は日本の左派にも顕著に見られる。 要するに日本人人質事件の救済を訴えるデモになるはずなのに、批判の矛先がISではなく、専ら安倍内閣に向かってしまう。
 
それに対して「今の問題の核心は安倍批判ではなく、テロとの戦いのはずだ。ISへの批判、糾弾で一致すべきではないのか?」と言うと、「言論封じだ、大政翼賛会だ」とあらぬ方向に行ってしまう(^_^;)
 
同教授の議論は冗長で、もっと整理してコンパクトにまとめてくださいよと感じるが、以下わかり易い部分を中心に引用しておこう。 赤字の(  )は私の注釈。
 
引用:
ここで注目すべきなのは、オンラインでもオフラインでも集合的な左派はもはや存在していないにせよ、左派のまとまりというのは明らかに存在していること、そして彼らの中に現代宗教の統治、イスラム原理主義の政治に懸念を示す者がいなかったことだ。(失望と自派批判)
 
「外へのジハード」は今日、とてつもなく強大になっていることは確かであり、多くのムスリム世界の無信心者や異教徒、世俗的な自由主義者、社民主義者、自由を求める女性にとっての脅威となっている。そして、その恐怖は極めて合理的なものだ。
 

そのような状況にあっても、イスラム過激派を公然と非難するというより、イスラムフォビア(イスラム恐怖症・忌避症)とみなされることをいかに回避すべきかに腐心する左派に出くわすことは多い。これは今日のムスリム世界と左派の関係に鑑みれば、不思議な立ち位置である。

 

私が言わんとするのは左派の学術誌やウェブサイトに、イスラム過激派の問題について正面から向き合おうとする試みが一切みられないということだ。(再び失望と自派批判)
 
(なぜイスラム過激派をストレートに批判することを左派は躊躇うのか?に対する説明、以下)
 
彼によればイスラム過激主義に対する分析と批評を妨げているのは、今日のイスラム主義者が「西洋」すなわち西洋人、厳密にいえばアメリカ人による「帝国主義」の敵対者であるから、という事実に求められる。
 
左派にいる反帝国主義者たちは、イスラム主義者同様、個別的な判断を下そうとしない。かくして、「敵の敵は味方」という状況が生まれる。
 
イスラム過激派の犯罪を糾弾することに躊躇する理由はまだ他にある。それは、西洋の犯罪を糾弾したいがために、批判を手控えようとしていることだ。すなわち、多くの左派が主張するように、過激派の源は宗教などにはなく、西洋の帝国主義とそれによる貧困と抑圧から生まれている、という考え方だ。
左派の中には、イスラム過激派が西洋の帝国主義の産物というより、帝国主義への対抗形式のひとつだと考える者もいる。この立場は、イスラム過激派がどのような人々を魅了しているにせよ、過激派は根本的に虐げられている人々のイデオロギー、すなわち左派政治の変わり種のひとつだとみなすものである。
 
(しかしイスラム過激主義へのストレートな批判から逃げてはいけないのだよ、なぜなら・・・という自派批判、以下)

イスラム過激派に対する左派の一連の反応――同一化、支持、同情、謝罪、寛容、そして忌避――は、左派の本来のイデオロギーを考えれば、とても奇妙なことである。「西洋」に対するジハーディストの抵抗は、いかなる反応よりも先に、まず左派に深刻な不安をもたらさなければならないはずだ。
 
ボコ・ハラムは「西洋式」の学校の襲撃から始めたし、他のイスラム組織も特に女学校への同様の襲撃を行っている。過激派は、「西洋」のものとして弾劾する価値である個人の自由、民主主義、男女の平等、そして宗教的多様性などを攻撃の対象としているのである。
左派の価値とは、重視されてきた「西洋」の価値(自由、民主主義)である。従って、これらの価値への抵抗は本来左派が対決しなければならないものなのだ。そして、今現在では、その最大の抵抗者はイスラム原理主義なのである。
 
(では左派はどうすべきかについて、以下)
 
  少なくとも左派は、特に異教徒やの異端者の大量虐殺を止めるための軍事行為を支持すべきだろう(支持しない者も多いだろうが)。
 
この戦いにおいては、私たちはまずイスラム過激派とイスラム教とを明確に区別することから始めなければならない。そうする資格を私たちが備えているかどうかは疑わしい。(あらら、弱気によろめく・・・(^_^;)
 
左派は今の「ポスト世俗時代」において、いかに世俗的国家を擁護できるのか、そして、ヒエラルキーと神権政治を是とする宗教から平等と民主主義をいかに擁護できるのか、その方途を考えなければならなくなっている。気を取りなおした。)
 
過激派が私たちの敵であると明言し、それに抵抗できるだけの理知的な運動を展開すること、つまり、自由と民主主義、平等、多様性を守っていくことが必要だ。(がんばれ、がんばれ)
 
(総括に入るよ、以下)
 
世俗主義的な左派は、ある種の宗教的な極端に対して適切な敵意を見せることもあるが、イスラム過激派への反応は鈍いままだ。なぜここまで反応が鈍いのかを、最後にもう一度考えてみよう。イスラムフォビア(イスラム恐怖症・忌避症)とされることに対する尋常でない恐怖心があるのというのが第一の理由だった。
左派の戦闘員が国際旅団を形成して戦場に赴くことなど期待できない。私の知人や隣人は入隊しようとしないだろうし、彼らの多くはイスラム過激派のもたらす危険も認識してないようだ。しかし、危険は現実のもので、世俗主義な左派は擁護者をも求めている。
 
そこで、私の出番である。戦闘員ではなく、一人の著述家として、イデオロギー戦争に参戦することで役に立つことができる。多くの国で賛同者を得ることになるだろうが、それでも決して十分ではない。左派の知識人による国際旅団が待たれている所以である。」
***
 
とうわけで、日本の左派の方々も、自由と民主主義、平和の敵であるイスラム過激主義を躊躇わずにストレートに糾弾・批判致しましょうね(^^)v  大好きな「安倍批判」はそれはそれ、別案件でやって頂いてかまいませんので、幸い日本は自由な国ですから。
 
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タイラーコーエン著の「大格差(Average Is Over)」(NTT出版2014年)を読んだ。
主たる内容は、情報技術革命、とりわけ人工知能の急速な発達が所得格差の一層の拡大をもたらすという技術革新による経済格差論だ。
 
つまり従来のホワイトカラー・ミドルクラスの仕事を機械が代替する傾向が今後ますます進む。その結果、これまでのミドルクラスは、低賃金の現場労働者と高付加価値の知的創造的労働者に2極化していく。
人工知能の急速な発達で、医師や法律家、エコノミストなどの業務領域もコンベンショナルな業務から次第に人工知能に代替されていく。
そうした技術環境の中で、優位に立ち高所得を享受できるのは、人工知能の機能をフルに活用しながらそれと協業できる業務クラスの人材である、という内容だ。
 
これは近年では目新しい説ではない。最近読んだ同分野の関連書籍としては、
 「機械との競争(Race Against The Machine)」 (日経BP社、2013年)などがある。
 
むしろ私の目を引いたのは最終章である第12章の「新しい社会契約」だ。経済格差が一層広がると、その果てに社会はどのような社会になるのか? 格差の拡大に怒った大衆の反逆が頻繁に起こり、政治的な激変が起こり得るのか、あるいは別のコースとなるのか、この部分の見解だ。
 
コーエンの見解は米国の保守派の見方をある程度代表するものであり、例えばリベラル派の中でもかなり極端な(少なくとも米国の政治的な位置では)レフトウィングを代表するPクルーグマンの見解と鋭く対立する。この点が興味深いので、以下まとめておこう。
 
「格差はつくられた」 クルーグマン
この点に関するPクルーグマンの主張は「格差はつくられた(The Conscience of a Liberal)」 (早川書房、2008年)にまとめられている。
 
クルーグマンにとって米国の現代政治史上の最大の謎は、共和党がその富裕層とビッグビジネス優先の政策にもかかわらず、大衆的な支持を、しかも富裕でもなんでもない層の支持まで獲得、維持することに成功してきたことだ。この問題に対する同氏の直近の見解が本書にまとめられている。
 
まず技術革新やグローバリゼーションと経済格差の関係について、従来は同氏も技術革新&グローバリゼーション⇒所得格差拡大という因果関係をある程度受け入れていたが、逆ではないかと考えるに至ったという。 つまり共和党がより先鋭に保守化した結果生じた「党派主義という政治的な変化こそが経済的な不平等と格差の大きな要因なのではないか」(P10)
 
その結果実現した政策が、例えば80年代のレーガン政権や2000年代のブッシュ政権による富裕層優遇の大減税や所得税の累進税率のフラット化(あるいは逆転)である。
 
そして共和党がその富裕層とビッグビジネス優先の政策にもかかわらず、米国の大衆的支持、富裕でもない草の根保守層の支持を維持してこられた理由を以下のようにまとめる。
 
戦後1970年頃までは経済的な成長と格差の縮小、あるいはすくなくとも成長の比較的平等な分配が実現したが、1980年代はレーガン政権の下で、所得格差の拡大が急速に進み始めた時期だ。ところが同時に、この時期は保守派ムーブメントが大いに強まった時期でもある。
 
「『保守派ムーブメント』は、一般大衆の感情にアピールする2つのことを見出し、広い大衆支持基盤を掘り起こすことに成功したのである。その2つとは白人の黒人解放運動に対する反発と、共産主義に対する被害妄想であった。」(P82)
 
要するに共和党は、この2つの大衆的な情念を巧みに利用するのとにより、その反大衆的な経済政策から大衆有権者の目をそらすことに成功したのだという。
 
この主張は、同書の9章でさらに詳述されるのであるが、私は十分に合点がいかず、ずっと考え続けていた問題だ。 たとえば、黒人の公民権運動が勃興した1960年代には、人種差別的な感覚からそれに反発する白人層が、低所得者層にも広がった。 
 
民主党は公民権運動を支持するリベラルな立場をとった。南部の諸州は伝統的には民主党の支持基盤が強い地域だったが、これを機に南部の中・低所得層の白人(従来の民主党の支持層)が、公民権運動に寛容ではない共和党の支持に転換するという政治的に大きな変化が生じた。これは米国政治史の常識だ。
 
しかし私は思うのだが、その変化のインパクトは60年代がピークであり、70年代まで影響が持続したとしても、80年代以降の今日まで保守派の政治的な武器として強い効果を発揮していると考えるのは、かなり無理がある。なにしろ、今や黒人が大統領になった時代なのである。
 
もうひとつの「共産主義に対する被害妄想」については、80年代にはレーガン大統領がソ連を「悪の帝国」と呼び、「ソ連を圧倒する軍事力を築く」という扇動が大衆にもある程度の効果を持ったと考えられる。しかしソ連は91年には崩壊し、米国を脅かす超大国ではなくなってしまった。
 
にもかかわらず、2010年代の今日まで共和党が大衆的な支持基盤を維持している。その理由はクルーグマンの説では上手く説明できないだろう。
 
クルーグマンの志向するリベラルは、ミドルクラス社会への回帰である。(P239) その観点から経済格差の拡大、ミドルクラスの解体・2極化は、自由な米国社会の優位点である「機会の平等」も損ない、民主主義的な政体の基盤すら掘り崩す危機への道だとして警鐘を鳴らす。この点は、私も共感できる。
 
「経済格差の拡大は怒れる大衆の反逆ではなく、むしろ社会の保守化を進める」 コーエン
コーエンは上記著書で、クルーグマンとは真逆の社会変化をイメージしている。
まず、上述した技術革新の波は、おそらく人口の10~15%の人々にますます経済的な豊かさをもたらし、それ以外の人々の所得は頭打ち、あるいは減少するかもしれないという。(P275) つまり2極化は1%対99%ではなく、15%対85%だという。
 
経済的格差の結果、低所得者層は住宅コストの安い地域へ移動する。米国はもともと所得階層による地域の住み分けが、日本よりもずっと進んでいる社会だが、そうした住み分けがますます進むということになる。
 
「所得の2極化が進み、多くの高齢者と貧困層が家賃の安い土地に住むようになる未来。そういう時代に、政治はどのようなものになるか?」
「アメリカ社会が抗議活動に引き裂かれ、ことによると政治的暴力が吹き荒れると予測する論者も多い。 しかし私の見方は違う・・・・アメリカ社会はもっと保守的になると、私は予想している。政治的に保守的になり、変化を好まなくなるのだ。」(P300)
 
保守化の理由の第1は、米国でも進む高齢化だ。革命や抗議運動は血気盛んな若い世代がやることであり、高齢者層は中・低所得層も変化を好まない保守的な傾向が強いからだ。
 
第2の理由は、人間の格差に対する感覚は、同じ地域や職場の同僚など自分に極めて身近な存在と自分を比較することから生じるものであり、そもそも中位・下位所得の大衆はスーパーリッチな階層や高学歴インテリの富裕層と自分を比較して不満を募らせるようなことはないのだという。
 
社会不安の度合いを数値で評価すると、犯罪率がひとつの指標になるが、米国の犯罪率は過去数十年間にわたり低下してきた。格差が拡大したからと言って、米国のように絶対水準が豊かな国では社会秩序が悪化、不安定化するとは限らないことを歴史が語っている。(P302)
 
実際、戦後米国でデモと暴動の嵐が吹き荒れたのは、60年代から70年代であり、リベラル派が所得格差が縮小した、あるいは経済成長の成果が比較的平等に分配された時代ではないかという。
 
「左派の論者(あきらかにクルーグマンらをイメージしている)は、格差に手を打たなければ、人々が力で問題を解決しようとするだろうと主張する。 ・・・・この種の主張をする人たちは、そうした暴力の影を利用してみずからの主張に力をもたせよとしている」(P303)
 
「アメリカでいま保守主義の力が最も強いのは、所得水準と教育水準が最も低く、ブルーカラー労働者の割合が最も多く、経済状況が最も厳しい地域だ。」
「一方、最もリベラルなのは、高所得の専門職が多い都市部や都市郊外の住宅地だ。」(P305)
 
「低所得層は2つのグループに分かれる。一方は、極端な保守主義を信奉する人たち、もう一方は、民主党穏健派が支持する社会福祉制度を頼りにする人たちだ」(P306)
 
以上、対極的な見解を紹介した。
私自身はこの問題をどう考えるかというと、健全なミドルクラスを分解させてはならないというクルーグマンの信条には惹かれる。一方、上述の通り、クルーグマンの説明には無理を感じており、経済格差がもたらす社会・政治的な変化の事実認識の点ではコーエンの見解の方が説得力があると思う。
 
この問題、日本について考えるとどうなのか?長くなったので、それはまたの機会に。
 
追記:
コーエンの著作の最後に若田部昌澄教授(早稲田大学政治経済学術院)が解説を寄せて、以下のように語っている。「仮にコンピュータ化と機会の勃興の加速化という診断を認め、かつ政治システム改革を前提としなくても、もう少し政策には改善の余地があるかもしれない」(P338)
 
このコメントは経済成長率と格差問題の双方に関しているようであるが、この指摘の通り、技術革新による格差の拡大がたとえ必然的な傾向あろうとも、税制や社会保障給付のあり方を調整すれば、たとえグローバル化の時代とは言え、一国内で経済的な格差の拡大を抑制することは政策技術的には可能であろう。
 
「21世紀の資本主義」のピケッティ氏は所得再分配のための「グローバルな累進課税制度」という到底実現不可能な政策を提起しているが、富裕層の税率が少々高いからと言って、海外に移籍してしまう富裕層は極々少数に過ぎない。むしろ問題はどの程度の格差抑制が望ましいのか、そのためのコストを社会各層がどのように負担するのか、その点の国民的合意を形成することが難しいことであろう。
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

安倍内閣が「地方創生」の施策を強調し始めたが、これまでの旧い自民党が繰り返してきた施策とどれほど質的に違うことができるのか、危惧の念をもって見ている。
 
結局、過去の自民党の施策は、地方への公共事業を含む各種のバラマキ系施策で終わり、根本的な改革につながって来なかった。
 
1970年代の田中角栄による地方への公共事業バラマキ政策に始まり、最たるものはやはり1987年のいわゆる「リゾート法」と呼ばれる「総合保養地域整備法」だろう。 地方自治体は地域振興を掲げてリゾート・ブームに踊ったが、結局、不動産・建設バブルを地方に拡散しただけだ。90年代に入ってから、第3セクター方式でつくられたこうした各種の事業が赤字を抱えて立ちいかなくなったことは、みなさんご承知のことだ。
 
90年代以降、景気がちょっと回復過程に入ると必ず出回る言説が、「好調なのは東京など都市部だけだ。地方は景気回復から取り残され、地域格差が拡大している」というものだ。 そうした流れの中で、政治家は次の選挙のことを意識しながら、「地方再生」「地域振興」のためのバラマキ施策に走るという構図の繰り返し。
 
そういう風潮に一石を投じようと、2007年に日経ビジネスオンラインに以下のような論考を寄稿したら、「大炎上」だった(^_^;)
 
地域間格差拡大論のウソ
格差縮小をマクロ指標はなぜ無視されるのか?
 
今日の日経新聞にも気になる記事が出ている。
消費の格差鮮明 
都市復調、賃金増え高額品堅調 地方低迷、ガソリン高が足引っ張る
  9月23日朝刊
引用:「
消費増税後の個人消費を巡り、復調する都市と低迷する地方の格差が鮮明になってきた。22日発表の食品スーパーの8月の販売統計では、首都圏を含む関東が4%超伸びた一方、中国・四国や近畿は減少が続いた。大都市部では高額品も売れ始めた。ボーナス増などが消費増につながる都市部と、ガソリン高が家計を圧迫する地方の違いが、消費の二極化を引き起こしている。」
***
本記事のデータは以下のサイトで見ることができる。
 
引用されているスーパー販売動向自体は事実なんだが、この記事を見て「やはり地方は景気回復から取り残されている」と単純に結論しないで欲しいね。 他の事も同じだけど、経済というのは多面的な実態だから、たったひとつのデータで結論できるものじゃない。逆にいうと、例えばゾウのしっぽをつかんで「ほらみろ、ゾウというのは蛇のように細い動物なんだ」なんていう主張が簡単にできてしまうんだ。
 
別の面として雇用データを見てみよう。掲載図上段は地域ごとの有効求人倍率とその前年同期比の変化だ。 上記のスーパー販売販売統計では中国・四国地方の不振、関東の好調が強調されているが、有効求人倍率とその変化を見ると、中国・四国は関東圏とそん色がないか、あるいは若干上回っている。
 
下段の図は都道府県別の失業率だ。失業率を低い順に並べて、東京は全国平均よりも少し高いが、順位ではほぼ中位の水準でしかない。中国地方の県は東京より失業率が低い。また大阪や京都など大都市をかかえる府県でも全国平均より失業率は高い。
 
所得については都道府県別の2013年度の県民総生産がまだ出ないので、安倍内閣後の変化を検証できないが、公表されたら、上記の2007年の論考でやったように長期の格差拡大トレンドが検証できるかどうかやってみよう。
 
「地方」という時、いったいどこのことを言っているんだろうか。それをきちんと特定しないまま、地方=景気回復立ち後れ⇒地方経済テコ入れのための財政バラマキという構図の繰り返しはやめて欲しい。
 
小峰先生(元内閣府、法政大教授)が、どこかで次のような趣旨のことを書いていた。
「日本の政治は『弱者』を特定して、必要な支援を提供する術が実に下手で、結局支援すべき相手を限定・特定しないまま、『地方』とか『高齢者』とか実に曖昧・不正確な広いカテゴリーを対象に財政資金をばらまいてしまう」(記憶で書いているので文章は私の文章です)。
 
実に的を得た指摘だと思う。
 
追記:小峰先生の文章が見つかったので、以下引用しておきます。
「高齢化対策、中小企業問題、農林水産業振興策などを見ていると、日本の政策は「弱者を絞り込む」のが苦手で、どうしても同じ条件の対象を平等に助けようとし、その結果、支援が広く薄くなってしまい、政策的効果が発揮できないことが多い。地域振興にも似たようなところがあり、これがバラマキの土壌になる可能性がある。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「幸福の国」という虚構、ブ-タン

今日の日経新聞にブータンの記事が出ていたので気になって調べた。
「幸福の国」「国民幸福度指数:GNH」・・・うさんくさい話だと感じていたが、やはりね・・・の現実
人権を弾圧し、国籍まで奪う国に「国民の幸福」を語る資格はないだろう。
 
そもそも幸福とは個人が己の価値観に基づいて追求するものであり、国家がすべきことは、個人が幸福を追求するに際して必要とされる教育や就労において不公平や差別がなされないことを実現し、守ることだろう。
国家が「国民の幸福」を語り、政策にするなんて、「隠れ全体主義」ではなかろうか<`ヘ´>
 
引用:「(ブータンでは)85年の国籍法の改正と、88年の人口調査をうけて、やがてネパール系住民の多くが、過去にさかのぼって国籍を失うことになり、多くの人々が国を追われたのです。

民主化要求運動に参加したネパール系の人々も逮捕され、のちに逃れました。「伝統文化保護政策」も、習慣がちがうネパール系の人々には、息苦しいものでした。そして、一度ブータンから逃れた人々は、「許可なく国を捨てた」として、ブータン国民ではないとされてしまいました。
 
90年末からブータンを追われたひとびとは、ネパールに避難しました。難民の数は膨れあがり、国連の難民支援機関、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)は、ネパール政府から要請をうけ、92年初めには大規模な援助活動を行うようになりました。ネパールの南東部のジャングルを開墾して、7つのキャンプがつくられました。

今年(2012年)の2月末までに、ネパールから第三国に移りすんだ難民の数は、すでに6万1000人を突破しました。」
 
 
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3月6日の東京高裁の判決を受けて、1票の格差とその是正問題が話題になっているが、政治家の動きは鈍い。格差のおかげで当選している地域の議員さんという既得権層の抵抗が強くて、大政党ほど抜本的な是正ができない構図が目に見えている。
本格的な格差是正ができれば、日本の政治的な力関係は変革され、政策と経済的な資源配分にも地殻変動を起こすだろう。
 
昨年衆院選は「違憲」=是正遅れ「看過できず」1票の格差訴訟・東京高裁
引用:「「1票の格差」を是正せずに実施された昨年12月16日の衆院選は違憲として、弁護士らのグループが東京1区の選挙無効を求めた訴訟の判決が6日、東京高裁であった。難波孝一裁判長は「違憲状態とした最高裁判決で強い警鐘が鳴らされたのに、区割りが是正されず選挙に至ったのは看過できない」として、選挙は違憲と判断した。選挙無効の請求は棄却した。」
 
添付の図表は、一票の格差として「都道府県別の20歳以上人口に対する衆議院議席数の比率(東京都=1とした場合の比率)」を横軸にとり、縦軸にやはり都道府県別の地方交付税(給付)の人口1人当たりの金額(単位:万円)を示した散布図だ。
見事に右肩上がりの分布になっており、相関係数(R)は0.755とかなり1に近い。
 
つまり結果を見る限り、1票の格差の結果、選挙人口に比べて国会により多くの議員を送り出している府県ほど、人口一人当たりより多くの地方交付金(総額8.2兆円、平成21年度)を受けていることになる。
 
もちろん、地方交付税の給付額は各地域の「基準財政需要額」と「基準財政収入額」を計算して、「財源不足額」をベースに割り当てられるので、そこの選挙区の議員の数が多いからと言って、「多い者勝ち」で配分されているわけではない。
 
戦後長期にわたって人口減少度合いの高い地域は税収も上がらず、結果として財源不足額大きくなると同時に、議員定数の是正が進んでいないので多くの議員が割り当てられている結果だとは一応言える。
 
しかし悪魔は細部に宿るのたとえで、「基準財政需要額」の計算だってちょっとした想定の変更で大きくも小さくもなるだろう。そういう部分に絡むのが政治家の得意なことだし、結果的に自分らの地域が不利になるような(もらいが少なくなるような)ルール変更には多数を頼んで抵抗することになる。
 
そういう意味では、地方交付税8兆円は一例に過ぎず、有権者数を公平に反映しない議員定数の分布が、国家予算全体の配分を本来あるべき姿(完全に議員定数が公平に割り振られた場合に生じる予算配分や政策)から乖離させていることは、公共経済学や財政学の分野の経済学者などがもっととり上げて問題にすべきじゃなかろうか。
 
報道によると自民党の議員も、JAの支持を得て当選した国会議員数が170人もいるそうだ。人口分布を考えれば明らかに歪んだ結果だろう。
 
追記(3月26日):違憲のみならず、無効!という判決も出ました。
 
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本件ブログと同じ内容です。
定着したら、そちらにシフトするかもしれません。
 
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