たけなかまさはるブログ

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タグ:国際経済

今年の5月以降、国際的なマネーフローの動向は乱気流局面に入ったようだ。具体的にはエマージング諸国から流出する資金フローが増えており、それがこれら諸国の対ドルでの通貨安、株価下落を引き起こしている。
 
まず為替相場を見ると、ブラジル、メキシコ、インド、ロシア、マレーシア、タイ、オーストラリアなど昨年まで海外からの資金流入が強すぎることが問題になっていた諸国の対ドル為替相場が今年の5月頃を境に下落している。管理相場の色彩が強い人民元ですら直近が上昇基調が止まった。(以下サイトで確認できる)
 
これら諸国の為替相場の下落にほぼ並行して株価も下落に転じている。
そうした動きを一括りにしてみるためには、以下のエマージング諸国の株価指数であるMSCI-Emerging(ドル建て)のチャート適当だろう。5月から下落に転じている。
https://www.google.com/finance?q=EEM
 
こうした変化に注目した記事としてWSJの6月12日の記事を紹介しておこう。
 
エマージング諸国をめぐる国際的な資金フローの動向は、世界の投資家のリスク許容度の変化に大きく依存していることが実証研究でも確認されてる。すなわち、リスクオンと呼ばれ、投資家のリスク許容度が上昇する(=リスクプレミアムが低下)場面では、これら通貨は対外的な資金流入の強まりにより、通貨相場は上昇する。逆に、リスクオフと呼ばれる反対の局面(リスク許容度の低下=リスクプレミアムの上昇)では、対外的な資金流出が強まり、通貨相場は下落する。
 
そこでリスク・プレミアムの上昇が確認できるかどうか見ておこう。
リスク・プレミアムの指標はいろいろあるが、世界のマネーフローが流出入する米国の債券市場のリスク・プレミアムの変化で見るのが、ひとつの代表的な見方だ。
図表はFRBが公表しているBBB格付け債の利回りからAAA格付け債の利回りを引いた形でリスク・プレミアムの推移を示したものだ(格付けはムーディーズ)。
 
以下に添付の上段の図は月次データであり、リスク・プレミアムは昨年は1.3~1.5%とやや高めの水準だった。それが昨年暮れから今年4月までは低下して0.8%台と低位な水準にとどまっていた。ところが5月から反転して足元では1.0%(6月25日)を僅かに超えるところまで上がっている。
 
下図はリスク・プレミアムの推移を日時の変化で示したものであり、5月以降ジリジリっと上昇して1.0に絡む水準になっていることがわかるだろう。
 
FRBのデータサイトは以下
 
今後はどうなるだろうか?中国の不動産・金融バブル崩壊を語る報道がやはり5月以降、急速に増えている。このまま中国を含む新興諸国の成長失速で再度世界的な景気後退というリスクシナリオも描けないわけではない。
 
ただし図表のリスク・プレミアムの変化を見る限り、上昇幅は現状のところ軽微にとどまっている。むしろ、昨年暮れから今年春にかけてのリスク・プレミアム低下が行き過ぎだったのであり、5月以降の変化はそれまでの過度な楽観が修正・調整されている過程だと考えるのが現状では妥当であろうか。
 
当面はこのリスク・プレミアムの上昇が昨年のように1.5程度の水準まで再上昇するか、あるいは1.0近傍にとどまるか、要注意であろう。前者の場合は、波乱相場の長期化、深刻化を覚悟する必要があるだろうが、後者の場合には新興諸国をめぐる変調が米国や日本の株価に与える影響も、短期的な波乱で済むだろう。
 
筆者の見解としては、後者の慎重ながら基本楽観のケースの可能性が高いと予想しておこう。
この点の判断については、主観的な蓋然性でしかないけどね(^_^;)
 
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以下の論文を執筆、掲載しました。国際通貨研究所の佐久間さんとの共同論文です。
同研究所の「国際経済金融論考」としてサイトに掲載されています。
9月の日本金融学会秋季大会で発表予定の論文ですので、一応学術的な体裁で書いていますので
ちょっと小難しいかもしれませんが、ご関心のある方、どうぞご覧ください。
 
「2000年代の金融危機と外国為替相場の変動について~日本円と韓国ウォン相場の非対称性を中心に」 国際通貨研究所、国際経済金融論考、2013年第2号、2013年6月3日脱稿
 
結論要約
~実質金利格差感応度の高い円相場とリスク・プレミアム感応度高いウォン相場~
本論文は20089月のリーマンショックによる金融危機を挟んだ20051月から133月の期間を対象に、この時期の為替相場の短期・中期的変動の要因と特徴をドル円とドルウォンの相場を中心に説明することを試みた。
回帰分析の結果、双方の実質為替相場とも、米国との実質金利格差、リスク・プレミアム(米国のBBB債利回り-AAA債利回り)の2要因によって60%以上の説明が可能であることをわかった。
 
ただし両通貨の相場の上記2要因に対する感応度は二重の意味で非対称的である。第1にリスク・プレミアムに対する感応度はドル円とドルウォンでは正反対である。第2にドル円相場では実質金利格差に対する感応度が全対象期間を通じて高く、リスク・プレミアムに対する感応度は20089月のリーマンショック前後の比較的短い期間に限られた。一方、ドルウォンは実質金利格差に対する感応度は全期間を通じては不安定である一方、リスク・プレミアムに対する感応度は極めて高かった。
 
こうした両通貨相場の変動要因の非対称性の背後には、両国の対外資産・負債ポジションの相違、円が国際通貨として先物為替取引などを中心としたオフバランス取引による大規模なキャリートレードの対象になり、金利格差感応度の強い特徴を帯びる一方、ウォンは非国際通貨としてオフバランス取引の規模が限定的であり、むしろ現物の対外的な資金フローの変動に強く規定されるリスク・プレミアム感応度の高い性質を帯びているという相違が考えられる。
 
 またドル円相場について、リーマンショック後2012年暮れまで円高基調が継続した主因は、日米の短期金利がほぼゼロ近傍に張り付いたまま、日本の企業物価指数に見られる物価の下落が米国に比較して著しく、そのため実質金利格差要因が円高・ドル安方向に持続したためと言える。
 
 こうした円高基調は、アベノミクスと黒田日銀総裁下での「かつてない大胆な金融緩和」によってデフレ脱却マイルド・インフレへの転換期待が醸成されるに至り終焉し、円安方向への急激なシフトが生じた。
ただし、1ドル=100円台前半の名目相場は、本論文での回帰分析で得られた推計値に基づいて推計する限り、日本の企業物価指数で前年比78%もの上昇期待を織り込んだものであり、これはリーマンショック直前の2008年央の水準に並ぶものであり、当時の消費者物価指数は一時的に2%程度であった。
その意味では、1ドル=100円台前半のドル円相場は、米国の名目金利やインフレ率など他の事情が変わらない限り、日銀が2015年春までに目標とするインフレ率を既に織り込んでいる可能性が高く、その実現可能性について期待が後退する場合には、円高への揺れ戻しの可能性を示唆していると言えよう。
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ロイター社コラム、掲載されました。
 
「米国経済は尻上がりに改善、1ドル再び100円も」
ご覧になってよろしければロイター社サイトで「おすすめ」とかクリックお願い致します。<(_ _)>
 
一部引用:「おそらく来年にかけて米国経済は尻上がりに良くなる。
もしも米国経済が今年失速すれば、世界経済全体に再び暗雲がたれ込むことになる。そのようなリスクはゼロではないが、杞憂に終わる公算が高い。これまでの様々な悲観論の流布にもかかわらず、リーマンショック後に米国経済が辿っている軌跡は、1990年以降の日本のそれとは明らかに違う。そうした事情を以下に確認してみよう。
 
19日のFOMC声明文とバーナンキ議長の記者会見では、「今後の経済データが現在の我々の見込みと概ね一致する場合には」、現在の量的金融緩和のための債券購入額は今年の後半から減じ、来年半ばまでには停止されるのが妥当だという方針が述べられた。
 
これに反応して、直後の金融・投資市場ではとりあえず債券売り、株売りの動きとなった。今後債券については価格下落(利回り上昇)基調となろうが、景気回復が持続する限り株価の堅調基調が大きく崩れる公算は低い。
赤線が推計値の内訳から資産効果(住宅と株式)部分を抜き出したものであり、リーマンショックの年の08年から09年後半までマイナスとなった後、10年にプラスに転じたが、住宅価格が再度低迷した11年はほぼゼロ近辺となっていた。ところが12年後半から再びプラスに転じ、足元の13年は0.8―1.0%ほど個人消費支出を押し上げている(プラスの資産効果)。
 
13年第1四半期の実質GDP成長率2.4%に基づいて、この資産効果の規模を考えてみよう。同期間の政府部門の支出は前年同期比でマイナス2.3%、個人消費支出は前年同期比でプラス2.1%だった。米国の個人消費支出の規模はGDPの約7割を占め、政府部門支出の4倍である。
 
したがってプラス1%の正の資産効果による個人消費支出の押し上げは、今年の第2四半期以降の政府部門支出がマイナス4%になってもそれを相殺し得ることになる。
 
結論として米国経済は順風下にある。今年の実質GDP成長率は通年2%台に乗り、来年は3%前後となるだろう。ドル円相場について言えば、前回のコラム「この先のドル買いはハイリスク・ローリターン」(here)で警鐘したとおり、100円超えの水準で一段の円安・ドル高予想に煽(あお)られて、損失を被った方々も少なくないようだが、今年の後半には再度100円前後の円安・ドル高のチャンスがあるかもしれない。」
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追記:6月21日
山上えつ子さんの論考
私とは対照的にリスクの方を強調している。数ヵ月後に結果を比較してみましょう。
「QE縮小相場第2弾」は危機への入り口か
 
引用:「このようなQE縮小相場第2弾は何をもたらすだろうか。米国経済に対しては長期金利の上昇および株式相場の下落が景気回復の勢いを削ぐリスクがあり、一部エマージング諸国には急速な資本流出が為替レートの急降下をもたらし、国内にインフレと景気減速、金融市場の不安定化をもたらすリスクがある。そして、エマージング市場の混乱がグローバルに波及していくというのが最悪シナリオだ。
 
米国の景気は回復基調にあるとはいえ、低金利を主因とする住宅市場の改善と資産価格の上昇を背景とする堅調な個人消費がけん引役だ。製造業には弱さがあり、また歳出一律削減の影響もあり政府支出はマイナスである。ここで長期金利が上昇すると、米国景気は回復の力を失う。外需はすでに弱いが、エマージング諸国の景気が減速すれば、一段とマイナスの力が加わることになる。まして、エマージング諸国の一角に金融危機が発生すれば、米国も再びQEに逆戻りといったことにすらなりかねない。」
竹中コメント:米国だって、世界のエマージング諸国の事情まで勘案しながら自国の金融政策を運営することはしないし、できない。E諸国が国際的な資金移動で揺れて困るというならば、各国でしっかりと資本移動規制をするしかないでしょう。 
 
追記その2:倉都康行さんの論考、見ている材料は私とほとんど違いありませんが、米国経済の先行きについては慎重論(悲観論?)です。 やはり数カ月後にふり返ってみましょう。
引用:「今回の成長見通しに関しても、財政政策は強制歳出削減で硬直化したままであり、企業の設備投資は回復せず、新興国経済の急速な冷え込みで製造業の新規受注は停滞中である現状を考えれば、かなり甘い見通しだと言わざるを得ず、IMFの1.9%予想や世銀の2.0%予想の方に現実味を感じる。ウォール街の予想もほぼ2%前後だ。金融緩和の効果で住宅市況と自動車販売は確かに好調だが、この2分野だけで景気を引っ張ることは難しい。」
 
竹中コメント:5月に出した1ドル100円越えのドル円相場に関する判断とは違って、米国経済の先行きについては、現状の材料をベースに楽観論も悲観論も双方可能です。しかし「どっちもあり得る」では話にならないので、まあ私の場合は強気に賭けてみましょうということです。(倉都さんは実は私と東京銀行の同期で、お互いよく知っている間柄です(^^)v )
 

本日の日経新聞に日本のバブル末期との類似性を感じさせる記事が載っているので、記録のために一部引用掲載しておこう。
 
中国地方政府、危うい調達、金融商品で個人から資金、銀行融資を超す規模、投資家に返済されぬリスク
 
【上海=土居倫之】中国の地方政府が信託や債券など銀行を経由しない資金調達を急増させている状況が鮮明になってきた。成長鈍化の局面で不良債権化を恐れる銀行が融資に消極姿勢を強め、高速道路や区画整理などインフラ事業のための借り入れは困難。このため信託などを通じ、相対的にリスク意識が低い個人からの資金で財源確保を狙う。だが事業採算が悪化すれば投資資金が返済されない可能性もある危うい手法で、規制強化論が浮上している。
 
中国人民銀行(中央銀行)は積極的な金融緩和に踏み切ったものの、中国政府は一部を除き、地方政府に銀行などからの資金借り入れを禁じる。地方の資金調達は傘下の地方融資平台(資金調達のためのプラットフォーム会社)と呼ばれる企業が代行する場合が多いが、銀行はリーマン・ショック後の4兆元景気対策で膨張した地方融資平台の負債を警戒する。
 
 免許制度を通じて当局が厳しく監督する銀行より規制が緩く、当局がリスクを把握し切れない点も課題。「中国のシャドーバンキングは金融システム危機の原因になり得る」(中国銀行の肖鋼董事長)、「監督を強化していく」(中国銀行業監督管理委員会の尚福林主席)などという声も出ている。
 
英米格付け会社フィッチ・レーティングスは5日、こうした金融商品の残高が2012年末で13兆元と中国の預金残高の16%に達するとのリポートを発表。「中国の金融システムのリスクが高まっている」と警告した。
***
 
日本も80年代後半から90年代初頭の不動産バブルの末期に、当時大蔵省が不動産の高騰を抑制するために銀行に不動産関連融資の総量規制を1990年3月に発動した。内容は次の2点だ。
  1. 不動産向け融資の伸び率を総貸出の伸び率以下に抑える(総量規制)
  2. 不動産業、建設業、ノンバンク(住専含む)に対する融資の実態報告を求める(三業種規制)
ところが、農林系金融機関と住宅金融専門会社を規制の対象としていないという抜け道を残してしまった。農林系が対象にならなかったのは、農林系は管轄が大蔵省ではなく、農水省だったためかもしれない。 
 
また、住専は資金調達を銀行からの借入に依存していた。そのため住専は不動産融資を拡大できても、その資金を銀行は融資できなくなった。そこで銀行は農林系金融機関に住専に金を貸すように工作したわけだ。その結果、莫大な資金が農林系→住専→不動産投機に流れ、バブル末期の最後の狂宴をやったわけだね。
 
91年をピークにした不動産バブル崩壊とともに住専の融資は回収不能となり、住専を破綻させれば、農林系金融機関に莫大な損失が生じることになった。その結果、住専の母体銀行で全部損失をかぶれと主張する農林系と、それを拒む母体銀行の政治家を動員した一大バトルになった。
 
2000年代の米国の住宅ローン証券化バブルもそうだが、政府は銀行を管理監督しても、抜け穴をみつけて「バブルへGo!」という現象が、バブル末期のクライマックスに登場するようだ。
 
竹中正治HP
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本日(11月18日)の日経新聞「経済史を歩く~日米自動車摩擦(1995)~」
この時代を知らない若い世代には読んで知っておいてもらいたい内容だ。
以下に一部引用しておこう。顔文字は私の添付。

引用:「ホワイトハウスから3ブロック離れたオフィスビルに、日
本自動車工業会のワシントン事務所がある。そこに1本の電話が入ったのは1994年9月21日のこと。
...

電話の主は米通商代表部(USTR)代表のミッキー・カンター。 「米国から日本車を全部締め出す。代わりに日本から米国車を締め出せばいい<`ヘ´>」などと一方的にまくし立て、最後は電話をたたき切った。

同事務所の所長代理だった岩武俊広は、電話を受けた上司の困惑ぶりを今も覚えている。「米国の閣僚が外国の団体に電話して直接文句を言う。こんなことが本当にあるのか」という驚きだった。(゜o゜)
・・・・
とりわけ強硬だったのは冷戦後に登場したクリントン政権だ。90年代半ば、通商産業審議官として対米交渉に携わった坂本吉弘は「覇権国は自分の覇権を脅かす国にことさら厳しい。ソ連崩壊後は通商上の仮想敵として日本の存在感が増大した」と振り返る。
・・・・
なんともきわどい合意だったが、米国事業を拡大するという日本企業の計画は空手形ではなかった。「米国のよき企業市民になる」を合言葉に現地生産や雇用を拡大。米市場でのシェアはさらに伸び、ビッグスリーを追い詰めたが、日本車たたきの風潮は下火になった
(^^)v」
*****

安全保障条約を結んでいる日本が米国の「仮想敵国」になるはずがないのだが、記事に書かれている通り「通商上(経済競争上)の仮想敵国」にされてしまったことは事実だ。
今の米国はその矛先を中国に向けようとしている。中国の場合は同盟国ではないので「経済競争上」にとどまらないだろう。 

ただ、中国からの輸出は、その半分以上が中国に進出した米国や日本を含む先進国の外資系企業(含むJV)だから、この点が利害関係を複雑にしている。GMなんかは中国でのシェアーが大きいので親中だからね。

歴史を振り返ると、超大国(帝国)というのは、それが繁栄している時代には概ね理性的で寛容だったりする。 しかし自分の存亡が脅かされていると感じると、「手段を選ばず」の挙に出る。予想外の「反則技」だって使う。 それが1970年代後半から90年代半ばにかけて日米貿易摩擦として起こったわけだ。
 
ところで、この記事、最後の締めくくりがとてもよい。
 
追記:
90年代半ば頃までのワシントンDCは、政策シンクタンクやロビースト界には米国側の資金と日本側の資金(防衛の戦い)が流れ込み、日米貿易問題をテーマにすると人と金が集まり、この問題にかかわっていた人々は「ウハウハ」だったようです。私が赴任した2003年には、既にそういう「飯の食い方」はできなくなり、代わって9.11で安全保障問題やテロとの戦いが大きくクローズアップされ、90年代にウハウハしていた人々はちょっとさびしそうでした。
 
竹中正治HP
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中国経済の変調について、facebookでは気になる報道を掲載、コメントしてきたが、まとめて以下に新しい順に3つ掲載しておく。
 
1、日本経済新聞、10月7日付朝刊、日曜日に考える
「中国、製品デフレの足音、国有企業、過剰投資のつけ」
引用:生産設備過剰は、リーマン・ショック後の景気刺激策で急拡大した建機業界に典型的に表れる。昨年後半に金融引き締めなど急ブレーキを踏んだ結果、コマツなど外資は前年比で売り上げ半減が続いている。
 
 ところが品質面で劣る中国メーカーの売上高はわずかだが、伸びている。単なる値引きにとどまらず、頭金を販売価格の1~2割に抑え込み、低利融資付きで押し込み販売を繰り広げている。なかには頭金ゼロも多いという。財務は悪化し、油圧ショベルで中国販売がコマツを抜いた三一重工の場合、6月末の借入金が約270億元(1元=12.4円)と年初比50%も増えている。未収金も年初比倍増だ。
 
 在庫の山をさばききれないのか、7月初めに3割の人員削減に踏み切ったと報じられている。建機に限らず人員整理は中国全土に広がり、反日デモ参加者の多くはこうした失業者だったもようだ。
国家トップの交代する共産党大会を11月に控え、富士通総研の柯隆主席研究員は「大胆な政策は採りきれない時期」と分析する。そのうえで、柯氏は「中国の過去10年は失われた10年と言われるようになる」と指摘する。温家宝首相が率いる国務院(政府)は国有化された企業群問題など「改革」にまったく手をつけてこなかったからだという。
 
 確かに、過剰生産設備を競って作った主役は国有企業。各地の共産党幹部が出世競争の実績作りのために、工場誘致に狂奔していたといわれる。市場メカニズムが働かなかったツケがいま、深くて長い停滞につながりかねない局面にきている。
 
コメント:
世界銀行が中国の高度成長は、固定資本形成(官民の建設や設備投資)への依存が高過ぎて、長期的に持続不可能である点を強調したレポートを出したのは、私がワシントンDCにいた2004年だったと思う。
当時、WDCのシンクタンクの中国経済をテーマにしたシンポジウムでも、フロアーから「中国の建設ブームはいつバブル崩壊するのか?」という率直過ぎる(?)質問を中国政府のスピーカーにぶつける人もいた。もちろん、中国のスピーカーは「全然バブルじゃない。必要な建設が行なわれているだけだ」と対応していた。

今年の中国経済はいよいよ大きな変調をきたし始めたと思う。あらゆるバブルは時間をかけて成長し、ゆっくりと腐り始め、そして急激に崩壊する。柯氏は過去10年が失われた10年になると言っているが、逆だろう。これから待ち受けていることが「失われた10年」ではなかろうか。

多党制の民主主義政体ならば、経済成長が失速、頓挫しても、政権が交代するだけで、社会的な暴動や内乱、分裂になることは普通ないが(せいぜいゼネストがせきのやまか)、旧ソ連邦の例を始め独裁的な政体(個人独裁か一党独裁か違いは多少ありますが)の下では、経済的な失速、頓挫が暴力的な政変にもなりかねない・・・というのが大きなリスク。
 
そのリスクを最も恐れているのが中国共産党の幹部達でしょうね。 彼らが私財を海外に移転するのもよくわかる。
追記:10月16日WSJ記事
A Wall Street Journal analysis of that data suggests that in the 12 months through September, about $225
billion flowed out of China, equivalent to about 3% of the nation's economic output last year.
1年間で20兆円の流出、この推計が正しければ凄い規模だね。
 
2、SankeiBiz 9月28日
「闇金融」破綻に中国動揺 経済低迷で不良債権急増「すべてはペテンだった」
 
引用:「仏銀大手ソシエテジェネラルによると、中国の闇金融の規模は推定で2兆4000億ドル(約186兆円)に上り、中国の正規金融融資市場の約3分の1に上るとみられる。ソシエテジェネラル(香港)のアナリスト、ヤオ・ウェイ氏は、中国の闇金融のデフォルトが最大2兆元(約25兆円)に達すると試算している」
 
コメント:
中国の「国家資本主義モデル」
国有銀行は政府が直接コントロールできるとしても、闇金金融はコントロールの外、一種のシャドーバンキング部門だ。それが過去20年間の「改革開放政策」のもとで膨張してているらしい。それが崩壊すると・・・・テイクノートしておこう。
闇金は国有銀行から金を借りることはできないはずだから、その原資は個人から集めた金だろう。この推測、試算が概ね正しいか、あるいはそれ以上のデフォルト規模になれば、巨大なインパクトになる。
 
3、A Chinese Mega City Is On The Verge Of Bankruptcy
オリジナル記事:the South China Morning Post, which cites researchers at Sun Yat-sen
University, this city is now on the brink of bankruptcy.
 
コメント:上記記事、商業ビルや住宅を国有銀行からの借り入れで莫大に建設し、そのレントを財政収入にして、大判振る舞いしてきた市町村が、経済失速でレント収入の急減に直面し、財政赤字となり、返済不能になりつつあるという事例紹介。おそらく紹介事例は氷山の一角
 
開発依存型不動産バブルが大規模に崩壊しつつある・・・ある意味では典型的なバブル崩壊だが、途方もない展開になりそうな気がしてきた・・・・もしかすると「100年の一度のこと」がこれから先に待ち受けているのかもしれない(^_^;)

 
竹中正治HP
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ロイターに9月の寄稿をしました。本日掲載です。
 
「人民元国際化に政治の壁」
 
以下結論部分から引用します。
 
「ご承知の通り、中国では現在まで預金金利も貸出金利も当局によって規制・管理されている。現在、輸出や中国国内景気の失速によって中国系企業の利益は大きく減少しているが、国有銀行を中心とした銀行部門は規制された預金と貸出の利鞘のおかげで空前の高収益を上げている。中国の銀行部門の利益のほとんどは制度的に保護された利鞘(経済学では「エコノミック・レント」と呼ぶ)と言えよう。」
 
「そして、国有企業や地方政府は国有銀行から優先的な融資を受けることで、不動産事業などで莫大な収益を稼ぎ、国有銀行・国有企業・地方政府(その経営陣は党組織の官僚も兼ねている)に共通する強い既得権益構造ができあがっている。ところが、内外の資金移動を自由化すると、必然的に国内の規制金利体系は維持できなくなる。」
 
「失脚した薄煕来一族が巨額の資産を海外に移転していたように、この既得権益構造で莫大な富を稼いだ超富裕層は、自らは特権的な地位を利用してその資産を海外に移す一方で、もし対外投資を自由化すればもっと大規模に富裕層の資産が海外に移転し、制御できない事態になる危険性をよく承知している。」
 
「したがって、現実に起こりそうなシナリオとしては、人民元の国際化の前提条件となる内外資金の規制緩和は、それが引き起こす「都合の悪い」変化が見えてくれば、既得権益層の政治的な抵抗で頓挫させられるだろう。この既得権益層の利害に逆らって、経済・金融構造の変革(第二の革命)を成し遂げるような政治勢力は今の中国には見られない。」
 
「また、自由な市場機能にそもそも信頼を抱いておらず、官僚による指令主義的志向の強い中国政府は「管理された人民元国際化」を志向しているとも言われる。しかし、それは概念矛盾に他ならない。既述の通り、トリレンマの原理が示す選択肢は「管理されたローカル通貨」か「取引自由な国際通貨」しかあり得ないのだ。」
 
「あるいは、国内の規制金利を維持しながら、「人民元国際化=内外資金移動の規制緩和」という政策的に不整合な路線を志向してしまうかもしれない。政治的な理由で経済原理に反した制度・政策の大きな不整合を犯した場合、最終的には巨大なしっぺ返しを引き起こすことは、すでにアジア通貨危機を例に述べた。また、現下のユーロ圏のソブリン金融危機が見せつけてくれていることでもある。同種の過ちを中国が将来犯す危険性は、筆者は決して低くないと思っている。」
 
以上、コメントもロイターサイトに歓迎です。
 
追記:本件論考について先輩先生からコメントをEメールで頂いたので、ご了解の上、以下掲載しておきます。9月27日
917PBOCその他公表の中国「金融業改革と発展の第125カ年計画」は、実需原則とリスクコントロール可能性を前提に、人民元の国際的利用を推進すると謳っている。いわゆる「管理された国際化」の基本方針の確認である。この用語は「社会主義市場経済」と同様のOxymoron(「正直なうそつき」的な矛盾用語)であるものの、中国政府が真剣に取り組もうとしていることは間違いない。同時に竹中教授の指摘はもっともであり、人民元の国際化がいつトリレンマと既得権の壁にぶつかるか、その際中国政府がどう対応するのか、今後とも注視していきたい。」
(龍谷大学特任教授、京都大学名誉教授、村瀬哲司)」
 
追加情報(10月4日):中国の高級官僚の不正蓄財の海外持ち出しについて参考論考を添付しておこう。
 
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寄せられたご質問
QE3によって・・・
失業率は改善するのでしょうか
失業率改善の効果が薄ければ、改善するまで株価は高騰するのでしょうか。バブルになるのでしょうか。
QE3によって貿易赤字は改善するのでしょうか。
Qe3によって対外債務は減少するのでしょうか。
効果は不透明なのにインフレと投機による商品価格高騰で苦しい国民がいて、金融機関は助かっているなどと俗説ありますが、実際には効果はあり、副作用といわれるものは誇張されているのでしょうか
 
政策金利をゼロ近傍まで引き下げても、十分に雇用が伸びるほど景気が回復しない。その原因は概括的に言うと家計が資産価値の下落でバランスシート調整(消費抑制・貯蓄増加=債務返済)を強いられるから、バブル崩壊で期待成長率の低下に見合って企業が設備投資を抑制しているからだ。
 
そこで一般に量的金融緩和QEと呼ばれている金融政策が過去3フェーズ発動されてきた。マネーを供給するために何を買うか(国債か、MBSか、対象債券の期間構成をどうするか)、買う規模はどのくらいにするか、実施期間はどのくらいにするか、などバリエーションはあっても原理は同じだ。その効果については、バーナンキ議長が2010年にスピーチで説明している。以下サイト
 
また、私も上記スピーチを引用して、雑誌エコノミストで書いたことがある。以下はその部分の引用。
 
今回のQE3のインパクトはMBSを毎月400億ドル、雇用が満足する水準に回復するまで続けると言い切ったことだろう。その大胆さが投資家にインパクトを与えて株価が上がっているのだが、まずQEの効果がでる仕組みを確認しておこう。
 
上記雑誌エコノミスト201131日号掲載の論考の引用
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QE2の長期金利の引き下げ効果
 伝統的な金融政策では連邦準備銀行が誘導操作の対象にするのは銀行間短期金利としてのフェデラル・ファンド・レート(FFレート)であり、長期金利は直接の操作対象とならない。なぜならFFレートは短期マネーマーケットでの日々の資金需給に連銀が介入する(資金不足時はマネーを供給し、余剰時は吸い上げる)ことで、一定の水準に誘導できる。しかし数兆ドルもの発行残高があり、市場参加者の将来のインフレ期待にも依存する長期国債利回りは連銀が直接操作可能な対象とは通常は考えられないからだ。
 
しかし、QE2はその長期金利の引き下げ、あるいは低位安定を意図していることになる。それが効果を発揮する仕組みをバーナンキ議長は昨年8月の講演で「ポートフォリオ・バランス・チャンネル」として次のように説明した。
 
中央銀行が市場から国債を大規模に買い上げれば、民間のポートフォリオから国債が減り、現金が増える。すると民間の投資家は各種の社債の保有を増やすることでポートフォリオのリスクとリターンを元に戻す調整をしようとする。
 
この結果、社債の追加購入需要が生じ、民間債券の長期利回りを押し下げ、金利低下が経済全体に波及する。さらに投資家は相対的に金利の高い海外の金融資産の保有を増やそうとするだろう。その場合はドル売り・外貨買いにより、ドル相場を押し下げ、純輸出を拡大する効果も生じる。
 
QE2の資産価格押し上げ効果
QE2効果のもうひとつの側面は資産価格の押し上げ効果である。バーナンキ議長は昨年11月のQE2実施までは、株式などの資産価格の押し上げ効果について語ることには慎重だった。既述の昨年8月の講演における「ポートフォリオ・バランス・チャネル」の説明では、国債と民間債券の間でのシフトのみであり、株式や不動産資産が明示的に登場しなかった。
 
議長はFOMCの決定が発表された後、114日付のワシントン・ポスト紙の論説で、QE2の効果について株式などの資産価格の上昇効果も期待できるとようやく明示的に語った。株価の上昇が家計の資産価値を増加させると同時に景気の先行きに対する自信を改善することを通じて、個人消費を増加させると述べた2。おそらくQE2が株価を押し上げる効果があるかどうか、当初は確信がなかったのだろう。昨年の夏以降に株価の上昇トレンドが鮮明になるのを確認してようやくこの点について語り始めたように思える。
 
株価の上昇については市場参加者の「インフレ期待」に働きかける経路もあっただろう。QE2が将来のインフレ期待を高めるならば、インフレで名目価格の上昇が期待できる株や不動産など資産を増やそうとする投資家のポートフォリオ調整が働くからだ。
 
QE2は将来のインフレ高進の原因になる」と批判した論者の声は、皮肉なことに市場参加者の将来のインフレ期待を助長することにより、QE2の効果実現に一役かったのだ。また、デフレリスクからインフレリスクに転じる局面では、議長が繰り返し強調しているように連銀は伝統的な金融引締めで対応できるので、デフレリスクよりもよっぽど御しやすい。
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もちろん、「今次のバブル崩壊後の景気回復が金融政策だけで順調に実現できる」なんてことはバーナンキ議長自身が否定している。財政政策も各種の規制改革も必要だ。ただしデフレになるリスクは回避された。これだけでも高く評価して良いだろう。1930年代にはデフレと資産価格の下落、実体経済の悪化が長期にわたって進行したが、そうした状況は回避できたということだ。
 
QEに失業率の改善効果はあるか?資産価値の下落負の資産効果消費減というプロセスを逆転できれば、当然ながら実体経済に正の資産効果を通じてプラスの効果が生じるので雇用回復効果もある。
ただし、米国の景気動向は国内の条件のみでなく、米国外の世界経済の動向にも依存している。欧州景気後退の一層の深刻化、中国をはじめエマージング諸国の景気失速などが今後さらに進んでしまえば、米国内部でも失業率を低下させるに十分な景気回復が頓挫する可能性は当然ある。
 
QE3後、株価は上昇しているが、現在の水準は企業収益と比べて過大評価ではない。再びバブル的な高さまで行くかどうかは、わからない。そんなことが起こったら、手持ちの米株を売れば良いだけだ。
 
金融政策は国内問題(物価安定と雇用最大化)の手段であって、対外的な不均衡(貿易収支不均衡)のための政策手段としては位置づけられていない。しかし、これも以前に日経新聞の経済教室に書いた通り、実質金利の変化に短期・中期の為替相場は反応するので、結果的にドル安貿易赤字縮小という効果はあるだろう。これはバーナンキ議長も認めている。
 
米国の対外資産・負債、対外純負債については、米国政府は明示的な政策の対象にはしていない。大雑把に言えば、それは市場が決めることだと程度に考えているだろう。私もそれが短期・中期で削減しなければならないリスクだとはあまり考えていない。私の「ドル危機論者」に対する各種の著作ご参照。
 
むしろ政策的な対応を要する問題は財政赤字だ。短期・中期の時間軸では景気に配慮しつつ、つまり急激な財政赤字の削減を回避しつつ、長期的には財政均衡に向かうようなソフトランディングを志向しなければならない。累進税率を上げる(=富裕層への増税)も必要だろう。それが議会の政治的な対立もあり、難しいということだ。
 
QE3で一部の物価上昇が起こり、低所得者は困る? 今の米国のCPIは年率2%前後でインフレを心配する状態にはない。ガソリンやコーンなどが上がったりするのは、それぞれ固有の需給要因から生じる相対価格の変化の問題であり、インフレの問題ではない。従って金融政策でどうこうできる問題でもない。
 
仮に少々の今後のインフレの行き過ぎ(例えば3.04.0%程度)があったとしても、低所得者にとってデフレに陥って失業がまた増加するよりも、雇用が増えてインフレで実質所得が多少へこむ程度の方がましではなかろうか。Marさんのお好きな「ワークシェアリング」(=多少ひとり当たりの賃金所得を減らしても、雇用を増やす、あるいは維持する)と同じ様な結果になるしね。
 
銀行が儲けてずるい?ゼロ近傍の金利で資金を調達し、長期国債で運用することで、銀行には1%以上の利鞘が生じている。でもそれは今に限ったことではない。通常の景気状態の下では、短期金利と長期金利の間にプラスの利鞘があり、銀行は短期調達、長期運用で利鞘を稼いでいる。それは金利変動リスクを負うことで得られる利鞘に過ぎない。別にずるいことでも、やましいことでもない。
 
以上、こんなところで良いでしょうかね。
 
追記:2012年9月27日
QEの効果が働くのは債券、株式だけじゃなく、不動産、住宅も効果の対象になる。
以下最近の住宅市場の復調に関するWSJ記事
 
 
 
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先日紹介したスティグリッツ教授と並ぶアメリカのリベラル派を代表する経済学者、ポールクルーグマンの
“End This Depression Now(さっさと不況を終わらせろ)”を読んだ。大学が夏休みに入って時間ができたので、今回は英文で読んだ。
 
日本語訳「さっさと不況を終わらせろ」(早川書房、2012年7月)
 
スティグリッツ教授のThe Price of Inequalityに比較すると、内容の要約がずっと簡単だ。要するに、不況下ではマクロの需給ギャップが需要不足、供給力超過になっているのだから、この需要不足が解消するまで財政赤字を拡大して政府の財政支出拡大による不況対策をすることが経済政策として正解であり、なんらためらうことはない。これに尽きる。
 
クルーグマンの著作で過去2度登場し、私も弊著「なぜ人は市場に踊らされるのか?」で引用させて頂いたベビーシッター協同組合の話も出てくる。ただし10年前までの論調とは異なり、中央銀行が政策金利をゼロにしても、マクロ的な需要不足を解消するに十分でないのだから、政府の財政支出拡大で対処するしかない、という点に政策主張の重心が移っている。
 
また、これも以前紹介したハイマン・ミンスキーの金融不安定性原理を紹介し、資本主義経済が内在しているバブル形成と崩壊を繰り返す内在的な不安定性を問題にしている。クルーグマンによるとミンスキーはメイン・ストリームの経済学者ではない傍流的な存在で、生前は十分評価されたとは言い難いが、今次の金融危機と不況を経て、ミンスキーの著作を読む経済学者が増え、自分ももっと早く彼の著作を読んでおけばよかったと後悔しているひとりだとのことだ。
 
「金融不安定性の経済学」邦訳 多賀出版 1989年
 
私もミンスキーのこの古い本を買って読んだのは昨年から今年にかけてだ。好況下で経済主体のファイナシャル・レバレッジが次第に拡大し、それが資産価格の上昇をもたらし、最終局面でバブルとなる。しかし実体経済から合理化できる範囲をはるかに超えた資産価格の無限の高騰は不可能だから、どこかで価格下落に転じる。それが「ミンスキー・モメント」だ。
 
そうなると、それまでの過程と全てが逆に回転し始める。投資家は資産の売りを急ぎ、レバレッジを低下させようとし、それがますます資産価格の急落を引き起こし、返済不能債務の山が生まれる・・・・
 
今からこう言えば常識的なバブルとその崩壊の叙述に過ぎないが、ミンスキーは80年代にそうした経済・金融観を理論化していたという点で先見性がある。
 
クルーグマンの主張に戻ると、ちょうど10年ほど前に、野村証券のチーフエコノミストだった植草氏(のぞきスキャンダルで大失態を演じた方)やリチャード・クー氏が、徹底的な財政支出拡大による不況脱出、成長軌道への回復を唱えていたことを想起させる。これに対して、日本では「構造改革」の主張が対峙したしたわけだね。
 
クルーグマンと保守経済学者の対立点は、極めて単純だ。保守派が完全雇用が実現されるはず(あくまでも「はず」)の長期のタイムスパンを想定して、財政による景気刺激の無効性を説くのに対して、クルーグマンは完全雇用が実現されていない(すなわち需要不足・供給力超過が存在する)短期・中期のタイムスパンで財政による景気刺激の有効性を説いている。
 
これって1930年代のケインズの「一般理論」が書かれた当時の対立軸と全く同じだ。クルーグマンに言わせれば、経済学は1970年代以降、保守派(新古典派、彼は「真水学派」と言っている)の反動革命で先祖返りしていたということだろう。
 
累積する政府債務は問題じゃないの?
短期・中期のタイムスパンで、財政支出の拡大に景気回復効果があることは、私にとっても異論のないところだ。しかしその結果、累積してゆく政府債務は問題ではないのだろうか?もちろんクルーグマンもそれが問題ないと言っているわけじゃない。
 
引用:「そうだとしても、将来に残してしまう政府債務について心配しなくて良いのだろうか?答えは、はっきりと『心配すべき問題である。しかし・・・』だ。私達が今積み上げている政府債務は、私達が金融危機の後で対処しなくてはならないものであり、将来の負担となる。しかしこの負担は財政緊縮論者が言うよりもずっと軽い。(p141)」(訳:竹中正治)
 
なぜ軽くて済むかと言うと、財政政策を契機に名目での経済成長率が回復し、それが長期に持続することで、名目GDPに占める政府債務比率は、いったんは上昇しても、再び低下することが見込まれるからだという。ここでクルーグマンが紹介しているのは、いわゆる財政学でいうドーマーの定理で、名目成長率が政府債務の金利を上回れば、名目GDPに対する政府債務比率が低下する効果を言っている。(もっとも国債金利の方が名目成長率より低くなる保証はないはずだが・・・)
 
実際、そうしたことが生じた事例として、第2次大戦中の軍需拡大で景気、雇用が」回復する一方で政府債務のGDP比率も100%を超えたが、戦後には大不況に陥ることなく、50年代~60年代に良好な経済成長が続き、政府債務比率も低下したことをあげている。つまり、政府の財政支出の拡大で十分に景気が回復した後は、政府の需要から民間の需要へのバトンタッチが行なわれ、経済は成長軌道を続けることができるという主張だ。
 
クルーグマン教授の主張の弱点
しかしこの点で、クルーグマンの主張は楽観的過ぎるかもしれないという弱点を見せていると思う。日本の経験では、90年代からたび重なる財政による景気刺激を繰り返してきたが、政府債務がGDPの200%まで膨張しても、民間需要の自律的な拡大で安定的に2%程度の経済成長が実現できない状態が問題になってきたのだ。
 
戦中から戦後への移行期の米国の事例は、たしかにひとつの事実ではあるが、米国経済の今ある条件が当時と同じである保証はない、というか、米国の人口動態、技術的面での相対的な優位性など、どう見てもかなり違っている。とりわけわかりやすい人口動態は、戦後のベビーブームの環境から、ブーマー世代の引退へと様変わりしている。
 
やはり短期・中期の時間軸で財政による景気刺激策を行なうと同時に、長期的に財政不均衡をバランスさせるプランが必要だ。そうでないと、将来世代は累積した負の遺産によって成長力をそがれるだろう。
 
現在の財政赤字が循環的な要因によるものだけでなく、構造的な歳出・歳入不均衡によるものである場合、これは必然的に将来の増税か歳出削減、あるいはその双方になる。
 
さらに長期的な経済成長を実現する教育から各種イノベーション、規制改革などの総合政策が必要なんだと思う。クルーグマンも、財政による景気刺激だけで良い。そういうことは不要だ、と言っているわけではない。ただしそうした政策の全体像の提示があるという意味で、ここでは前回紹介したスティグリッツ教授の著作により高評価を上げておこう。
 
 
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週刊エコノミストの連載「賢い資産運用」はもうすぐ25回で終了します。余裕ができたので、ロイターのコラム執筆を引き受けました。以下が本日掲載の第1回目、月一回のペースで書いて行くつもりですが、続くかな・・・(^_^;)
 
2011年末時点の米国の対外純負債が1年間で1.5兆ドルも拡大
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