SECによって訴追されたゴールドマンサックスの取引不正疑惑について米国のメディアは連日の報道だ。日本でもかなり報道されているが、ゴールドマンが組成、販売した問題の証券の仕組み自体については、一般向けに十分な解説記事を一般メディアではあまり目にしない。
かなりテクニカルな内容になるので、良く理解できていない記者は大雑把に書き飛ばし、良く分かっている執筆者でもそれを説明すると長くなるので省略しているのだろう。
この点でWSJの5月2日付の以下の記事は、証券化商品の増殖と売り抜けの手口を分かりやすく整理して解説した記事だ。とは言っても、これを読んでサクサクと理解できるのは市場性商品に関する金融実務知識のある読者に限られるだろう。そこでその記事に基づいて該当部分を中心に説明しよう。
WSJ May 2, 2010
Senate's Goldman Probe Shows Toxic Magnification
Wall Street Banks Repackaged Same Risky Bonds into Numerous Securities, Spreading the Pain Across Multiple CDOs
By CARRICK MOLLENKAMP and SERENA NG
サブプライム関連証券化商品の売り抜け手口
まずサブプライム住宅ローンを含む諸資産をプールしたCDO(債務担保証券:Collateralized Debt Obligation)が組成される。CDO自体については今回の金融危機の「主役」として日本でも「知名度」を上げたからご存知の方も多いだろうが、資産担保証券(Asset Backed Securities)の一種で、ローン債権や公社債などを裏付け資産として発行される。
野村証券の証券用語解説集によると「裏付資産が公社債のみで構成される場合はCBO(Collateralized Bond Obligation)と呼ばれ、同じく貸付債権のみで構成される場合はCLO(Collateralized Loan Obligation)と呼ばれるが、いずれもCDOに含まれる。」
このCDOを「現物債券」とすると、そこから合成CDO(synthetic CDO)を派生させることができる。この合成CDOは現物の証券化された住宅担保証券を含んでいない。現物ではなく、現物のCDOの価値をリファーしたCDS(credit default swap)の売りが合成CDOに組み込まれる。この結果、現物のCDOと同じ価値変動を模写した派生商品として合成CDOは機能することになる。
すなわち現物のCDOの価値が下落する、さらにデフォルトを起こせば、組み込まれたCDSの損失が拡大し、合成CDOの損失も拡大する。一方、無事ならば、CDSの売りによるプレミアム(一種の信用保証料)を投資リターンとして獲得できる。こうして現物CDOから幾つものコピーCDOを派生させることができる。WSJの記事がmagnificationと書いているのはそうした証券増殖のメカニズムだ。
もしサブプライムを含んだCDOの価格下落に賭けたいならば、プレミアム(保険料)を払って組み込まれたCDS(売り持高)の買い手になれば良いことになる(=protectionの買い手となる)。2007年に住宅バブルが崩壊を始めるまでは、CDOに対する投資家の需要が拡大し、現物の組成が間に合わないほどだったという。そこで、こうした合成CDOは便利なコピー投資商品となったわけだ。
また2006年1月、ゴールドマンとドイツ銀行を含む銀行団はABXというサブプライム・ローン関連の証券化商品の諸指数を立ち上げた。4つのABX指数は20のサブプライム債券に連動していた。この指数が幾つもの合成CDOに盛り込まれることになる。
2006年の後半には価格下落を見込んだヘッジファンドなどのABX指数の売りを受けて、ゴールドマンは巨額の買持ち持高に傾き、それをヘッジ、反転させる手口を求めていた。
例えば、2006年6月に組成されたSoundview dealはカルフォルニアとフロリダを中心とするサブプライム住宅ローン31億ドルを盛り込んだ証券化取引だ。例によってこの債券はリスク評価の異なる部分に分割されて売却された。そのひとつでM8と呼ばれる債券が発行された。これは資産プール全体の約5%が損失になれば、価値を失うハイリスク部分だった。
このSoundview債券は2006年7月にABX指数に盛り込まれる。そしてSoundview M8債券は幾つもの合成CDOにコピーされた。例えばM8はゴールドマンが組成したHudson Mezzanine Funding 2006-1と呼ばれる合成CDOに15百万ドル組み込まれた。Hudsonは既に市況の下落に備えようとしていたゴールドマンの手段だった。
上院での調査によると、ゴールドマンはこの合成CDOの売却を現物のローン資産をリファーした投資プールから生じた20億ドルの損失のヘッジに利用した。もちろん、購入した投資家が損失を被ったのである。ゴールドマンHudosonに盛り込まれたCDS(protection)の買い手でもあった。つまり、同社は既にHudson債券について下落の見通しを持っていたことを意味する。
Soundview M8債券はAbacus 2007-AC1にも盛り込まれている。Abacusは今回SECが不正容疑を提訴している対象の取引である。Abacusは2007年4月に販売され、Soundview債の買い持高222億ドル含んでいる。この組成に関して、その価格の下落で利益を得られるヘッジファンド(Paulson & Co.)が資産の選定に関わっていた。この事実を販売先投資家に開示しなかったことがSECがゴールドマンを提訴した容疑の核心である。
ゴールドマンの複数の社員はSoundview M8の価格が下落しそうな状況になっていることを2007年の初め頃には気が付いていたようだ。2007年4月のEメールで、あるゴールドマンの社員は、このM8を“dirty’06 origination”(2006年組成のダーティーな取引)と呼ぶリストに並べていた。実際、その時までにSoundviewのローン資産プールのうち8%が60日以上の延滞状態になっていた。
記事の内容に基づく売り抜け手口の概要は以上である。顧客投資家の損失の上に自社の利益あるいは損失回避を行ったゴールドマンである。しかし、それだけならば、相手がプロの投資家である場合は、モラルはともかく、違法性を問うことは困難だろう。買手の投資家もプロとしての自己責任が問われるからだ。
完全にプロどうしの売買だと考えるならば、ゴールドマンが値が下がると考えた債券を、投資家が下がらないと考えて購入したことは、あるい意味で当然のことだとも言える。相互の思惑が異ならなければ、売買が成り立たないからだ。
実際、この点がゴールドンマンの訴追に対する反論の論拠となっている。しかし、相手がプロの投資家であっても、販売に際して必要な情報開示を怠っていた、とりわけそれが投資家の利害に関わる情報であった場合は違法性が問われる。SECの訴追の核心がここにある。
また、「プロの機関投資家」と言っても様々なレベルが現実にはある。問題の案件に関わったゴールドマンの売却先の金融機関IKB(ドイツ産業銀行)などは、もしかしたら「ネギカモ」だったのではなかろうか。
日本の郵政も中途半端な民営化が進み、投資対象を広げていれば、ゴールドマンなどの投資銀行の絶好のカモ(規模で世界最大級のカモ)になっていただろう。民営化を徹底して当事者能力を身につけさせ、失敗の場合は破綻させるか、それが望めないなら政府組織として最小限の規模にするか、合理的な選択はどちらかしかないように思う。
規模ばかりでかく、中途半端な当事者能力しかない組織が一番危険である。グローバル金融市場の草原には、そうしたカモを食い物にするプレデター(捕食動物)が沢山いるからだ。
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