以下のご質問について考えてみよう。
「この企業物価、消費者物価、輸出物価と購買力平価では3つの物価指数が採用されますが、ドル円とユーロドルでは後者の差がほとんどないのに対し、前者は大きく違います。
なぜドル円はこうも大きく違うのでしょう?
また、為替レートを購買力平価でみる場合、どの物価指数が妥当性が高いのでしょうか? 」
なぜドル円はこうも大きく違うのでしょう?
また、為替レートを購買力平価でみる場合、どの物価指数が妥当性が高いのでしょうか? 」
これは私がホームページでも紹介している(財)国際通貨研究所(元の勤務先)ドル円、ユーロドル、ユーロ円の購買力平価(PPP)と市場実勢相場のグラフに関するご質問だ(以下図表とサイト)。私が勤務時代にこのPPP図表の公開と更新をセットした。
http://www.iima.or.jp/research_gaibu.html (国際通貨研究所の該当サイト)
市場の為替相場は短期的、中期的(数年未満)にはPPPから乖離するトレンドを辿るが、長期的(数年から10年超)には購買力平価(PPP)に回帰するということを、過去数年にわたって著書や執筆で繰り返し強調して来た。
このことさえ理解できれば、「高金利通貨に投資すれば高いリターンを得られる」なんてデマに騙されることはないからだ。
PPPは短期の利ザヤ稼ぎを目的とするプレーヤーには、ほとんど役に立たないが、長期で大局的な割高、割安を見極めようとする投資家には、極めて有効な指標だ。
まずご質問の1、ドル円では消費者物価、企業物価、輸出物価でできている3種のPPPの乖離が相対的に大きいですが、ユーロドルではかなり接近している。これはなぜか?
この乖離は一般には「内外価格差」と理解されている。米国に比べて日本では輸出産業の相対的な生産性上昇が消費財のそれを大きく上回っており、それが輸出価格の国内消費財・サービス価格に対する相対的な低下をもたらしていると考えられる。その結果、輸出物価と消費者物価の乖離→PPPの乖離を生んでいると理解できる。企業物価はその中間。
ユーロドルについては逆で、米国との比較でユーロ圏の輸出産業と消費財・サービス産業の生産性の上昇が接近している結果、日本より内外価格差が相対的に小さいのだろう。
質問その2、PPPと市場実勢の為替相場を対照するとき、3つのPPPのどれと比べるのが一番妥当か?
消費者物価PPPは非貿易財・サービスの比重が高いので為替相場との対照には向かないと思う。
輸出物価と企業物価PPPの方が妥当だろう。
ユーロはどこまで下がる?
さて、ギリシャ危機とPIIGS問題で対円でも対ドルでも急落地合いとなったユーロ、どこまで下がるか?
これは分からない。しかし2000年代にPPPから大きく乖離して上昇したユーロ相場、PPP対比での割高感がようやく調整された局面だと言える。それでも対円で111円、対ドルで1.22という現在の水準は、ようやくPPP近辺まで戻ってきたというだけで、割安圏とはまだ言えないかもしれない。
ユーロが米ドルに代わる第2の準備通貨だと考えてドルからユーロへ外貨準備をシフトしてきた外国政府(中国など?)は、ユーロ下落で莫大な為替の含み損を抱えていることだろう。でも、まあ政府の金だから誰も責任なんか取らないだろう。
相場の格言に「落ちるナイフはつかむな」というのがある。手を切るからね。落ちて弾んで底値圏でもみ合いになってから買えということだね。もっともその見切りが難しい。
私はFXヘッジをつけてドル建て資産はある程度持って来たが(今はヘッジ比率を大幅に低下させた)、ユーロは割高と判断してこれまで全く保有していない。
1ユーロ=100円程度まで下がったら、買い下がるつもりで手を出そうかな~程度に考えている。
そこまで下がらずに反転し始めたらどうする? 追いかけて買うか?
その時は別に買わんでもいいでしょ。ディーラーじゃあないんですからね。
上がる相場を追いかけて買うなんてジタバタしたことはしたくない。
ご縁がなかっただけ、と私は思う。
追記
昨日(5月20日)のWSJ "The Euro Turns Radioactive"の記事の一文です。
China, Russia and large emerging-market holders of currency reserves have tried in recent years to shift their mix of holdings in favor of euros, expressing worries about the fiscal health of the U.S. While China's may still diversify, many banks began paring
their euro exposure late last year, and the wariness has lately become more apparent.
"The program of diversifying out of dollars has come to a screeching halt," said Collin Crownover, managing director and global head of currency management for State Street Global Advisors.
"If the downward progression of the euro continues, then you see outright selling
of euro-zone assets, and it snowballs and gets worse."
少し前までは、「基軸通貨米ドルの凋落」が語られ、ユーロへのシフトが強調されていたが、状況は180度転換しつつあるようだ。割高と思って今までユーロ投資を一切して来なかった私には、もしかしたら、これからが割安でユーロ買いができる機会到来かもしれない。 ちょとワクワクしてきた。
追記その2
よく勘違いされるので言い添えておこう。特定のPPPがチャーティスト(罫線屋)が語るような市場実勢相場に対する抵抗線や支持線になるということはない。PPPを計算する起点(時点)を変えれば、PPPグラフの形も変わるからだ。上記の図表で1999年が起点になっているのは、それがユーロ開始時点だからに過ぎない。
つまり、1999年スタード時点のユーロが過大評価された水準にあったとするならば、その後のPPPの水準も過大評価方向にシフトしたものとなってしまうという限界がある。従ってユーロの過大評価局面も過少評価局面も含んだ山も谷もある十分に長い期間のPPPデータが得られて初めて、PPPと市場実勢相場を対照する妥当性が得られる。その点で、ドル円PPPは既に十分長い期間のデータを持っているが、ユーロの履歴11年というのは、まだ十分に長くはないかもしれない。
そうした弱点を補正するために、人によっては1999年以前の部分にドイツマルクのPPPを接合して描いている方もいる。しかしその場合は、マルクの履歴をユーロに接合することの妥当性の程度が問われる。
追記その3
本日5月24日の日経新聞Web版で田村さんが、私へのインタビューもまじえ、購買力平価、金利差と為替相場の関係について解説記事を書いています。 以下記事から一部引用。
高金利通貨はずっと上昇する? 外貨投資の誤解(1)
編集委員 田村正之
編集委員 田村正之
「それは「高金利の国はインフレ率が高いことが多い。インフレ率が高いということは、そのお金で買えるものが少なくなるということであり、通貨の価値が下がりがち」(国際通貨研究所の経済調査部長を経て、現在は龍谷大学教授の竹中正治氏)だったからだ。」
「竹中教授も「目先、ドルの利上げなどが見えてきて日米金利差が拡大したりすると、一時的にはドル高が進むだろう」とみている。
しかし「長期的にはインフレ率格差、つまり購買力平価で説明がつくことが多い。それなのに今は、長期の投資を考える場合でも『金利差に注目』などと解説される。短期と長期の話がごちゃごちゃに語られていることが問題」(竹中教授)なのかもしれない。」
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