ギリシャ危機に端を発したユーロの下落と株価の世界的な下落、動揺が続いている。
 
前回書いたようにギリシアの人口は1000万人、ユーロ圏全体の3%、ユーロのGDPに占める比率は3%未満だ。その小国の財政危機がこれだけ世界を揺さぶるのは、イタリア、スペイン、ポルトガルなどやはり財政赤字比率が高くファンダメンタルが相対的に脆弱な他のPIIGS諸国に同様の危機が波及するのではないかという投資家の不安心理が働いているからだろう。そして不安に駆られた投資家・金融危機がこれら諸国の国債を投げ売れば、危機は自己実現する。
 
これらPIIGS諸国を合計すると、ユーロ圏全体のGDPに占める割合は、3割弱だろうか(確かめていない)。だからたしかに大ごとにはなる。こう言ったらギリシャの方々に失礼だが、まるでブタの尻尾がブタを揺さぶっているようなものだ。
 
直感的には、ギリシャ危機はユーロ圏にとっては今後中長期にわたって後遺症を引きずる長患いになりそうな気がするが、世界経済全体にとっては、局地的な問題に収束していくような気がする。ただし、他人様を説得できる根拠を私は持ち合わせていない。あくまでも私の勝手な直感に過ぎない。
 
ある国、あるいはある地域の金融・経済危機が、どの程度他の地域に波及・伝染するかについて、合理的な説明は可能だろうか? 例えば世界の実体経済が弱い時にそれが起こると危機が伝染しやすいと理解できるだろうか?
 
例えば、1997-98年のアジア通貨危機は、タイ、インドネシア、マレーシアで起こり、中国を除くアジア全域とロシアや中南米にまで広がった。中国が直接的な危機の伝染を免れたのは、別に中国経済が強かったからではない。内外の資金移動を規制していたので、危機の伝染ルートとしての国際的なマネーフローから隔離されていた結果に過ぎない。また、この時期、危機直前の世界の実体経済は決して脆弱な状態ではなかった。
 
2001年のアルゼンチン政府のデフォルトは、ITバブルの崩壊で世界経済が景気後退局面にあり、それに加えて米国ではエンロンやワールドコムの企業スキャンダルが勃発し、株価も大幅に下がっていた時だった。しかし、アルゼンチン固有の問題と受け止められ、危機の伝染は起こらなかった。
 
また、1987年10月の米国の株価暴落、ブラックマンデーは世界の連鎖的な株価下落を引き起こしたが、米国の実体経済は景気後退に陥らず、約3%程度の経済成長を持続した。
 
こう考えると、危機が世界に伝染するかしないか、合理的な説明は難しい。
 
危機が伝染し、さらに世界経済が景気後退に陥るような事態にまで発展するかどうか、それはもしかしたら「ゆらぎ」のようなものかもしれない。 相対的に小さなゆらぎ(危機による金融資本市場の動揺)でも、時にはある臨界点を超えたゆらぎ・動揺に発展し、世界を巻き込む動揺になることがある。反対に、臨界点を超えずに収束する場合もある。その違いを左右する要素として、偶然の要素がかなりの程度に働いているのではなかろうか。
 
私達はいつも後講釈で起こったことを考えるので、大きな動揺・危機が生じると、必然的なプロセスの結果だったと理解しがちだが、実は偶発的な要因で現実は展開しているかもしれないのだ。
 
「日本の財政赤字が持続不可能で、このままなら国債暴落のリスクが高まるというのなら、1年後に国債利回りはいくらになっているか、暴落はいつ到来するのか、言ってみろ」と息まいているブログをたまたま見たが、全然分かっていない方だ。
 
私達が住んでいる社会は、極めて限られた範囲で予測可能に過ぎず、ちょうど提灯の明かりで歩く先を照らしているようなものだ。その先には予測不能の不確実性の闇が広がっている。
 
メタボで不摂生をしている人が、いつ病気にかかるかは、どんな医者でも個別特定的な予想は不可能だ。ただし、同様の人間を1万人集めれば、将来どのような症状にかかるか、確率的な予想ができる。ところが困ったことに、私達が生きている世界はひとつしかないので、1万個の世界を集めた確率的な分析が困難だ。
 
だからどういう悪い事態が起こってもなんとか致命的な状況にはならないような対処ができるように、備えながら歩いて行くしかない。財政赤字の無規律な膨張は、そうしたその備えと反対方向に向かっているということなんだけどね。