さて、TYさんの以下のコメント、データを紹介しながらさらに議論してみよう。
「疑問に思ったので投稿させていただきます。無駄を完全になくすことは無理だからその行為自体が無駄なのですか?じゃあなぜ今の日本はこんなに借金まみれの国になってしまったのですか?
官僚叩いて出てくる無駄なんてそんなにないから無駄を放置しても良いというように聞こえます。
単純に考えて日本が他国に比べて無駄遣いをしてきたから、こんな借金大国になったのではないかと思うのですがそれは間違いですか?だとしたらむしろその根拠を聞きたいです。」
財政議論に馴れていない方々は、どうしても個別の家計のアナロジーで考えてしまう。その結果、「赤字が広がるのは無駄遣いしているからだ。無駄使いしているのは官僚と政治家だ。連中を叩いて無駄遣い止めさせれば赤字は縮小する」という発想が横行してしまう。
官僚叩いて出てくる無駄なんてそんなにないから無駄を放置しても良いというように聞こえます。
単純に考えて日本が他国に比べて無駄遣いをしてきたから、こんな借金大国になったのではないかと思うのですがそれは間違いですか?だとしたらむしろその根拠を聞きたいです。」
財政議論に馴れていない方々は、どうしても個別の家計のアナロジーで考えてしまう。その結果、「赤字が広がるのは無駄遣いしているからだ。無駄使いしているのは官僚と政治家だ。連中を叩いて無駄遣い止めさせれば赤字は縮小する」という発想が横行してしまう。
財政学者もエコノミストも、「非効率な財政支出」があることは、その通りだと考えている(非効率をどう定義するか、価値判断にも依存するが)。しかし何度も言うように、それは今日の赤字の主因ではない。
だから、財政支出を政策目的に従って効率化する作業と同時に、国民への様々な給付を減らすか(小さい政府志向)、増税するか(大きい政府志向)しないと、政府債務の膨張は(GDP比率で)止まらず、このままでは日本がギリシアみたいになる日がやってくる(いつ来るか正確な予想は困難)と私を含めて多くの財政学者やエコノミストは考えている。
その1:「増税しても、政治家、官僚の無駄遣いが止まらないと赤字は増え続ける。その証拠に80年代末の消費税導入、97年の消費税率引き上げ後も、赤字が増えて来たじゃないか。これまでの増税分はどうなったのか?」
実は過去20年間税収は増えていない。
この財務省資料の8ページをご覧頂きたい。税収は1990年の60.1兆円をピークに減少傾向にあり、2007年度にいったん51兆円を回復するが、その後の不況でまた減っている。名目GDPは1990年が452兆円、2007年度が516兆円だから、名目GDP比率で見ても、減税が過去のトレンドだったというのが事実。
これは消費税導入、税率引き上げも、その不人気を弱めるために減税と抱き合わせにしたりしてきた結果だ。
その2:「歳出の無駄を抜本的に改めれば10兆円、20兆円予算が出てくる」
こんな間違ったイメージをふりまいたのが、空前の夢想首相ハトポッポの最大の罪。
同じ資料の1と2ページをご覧頂きたい。まず2010年度歳入総額92.3兆円のうち、44兆円が国債発行によるものだ。
一方、2010年度の歳出92兆円のうち、国債費(過去発行した国債の利払いと期日到来分の償還)が22.4%、地方交付税交付金18.9%、社会保障29.5%、防衛比5.2%、以上で全支出の76%になる。残りの部分は、公共事業、文教・科学振興その他の合計で24%、実額で約22兆円。
国債費:これは削ると、それは国債のデフォルトを意味するので不可能。
地方交付税交付金:地域間の税収の不均衡を調整し、地方自治体の様々な行政サービスの財源として交付されている。小泉内閣では地方への権限委譲、税源移譲とセットで地方交付税交付金を多少減らしたが、地方自治体の長から総反発をくらって「小泉は地方切り捨てだ」「竹中はアメリカの手先だ」と誹謗された。それでも、「これは無駄だ」というためには相当な政治的覚悟が必要だ。
社会保障関係費:これは以下の通り国民への様々な給付だ。これをある程度は削ることも結局不可避ではないかと思うが、急激な削減は広範な政治的な抵抗を生むから無理だろう。時間をかけてじわじわするしかない。
ちなみに、社会保障関係費とは何かについて、神野教授が次のように説明している。
平成19(2007)年度一般会計予算では、前年度比2.8%増の21兆1409億円が計上され、国債費や地方交付税交付金を上回る最大の規模を占めている。同年度予算では、高齢化の進展等に伴い、経済の伸びを上回って給付と負担が増大していくことが見込まれる中で、歳出の抑制を図っていく必要から、雇用保険の国庫負担の縮減、生活保護の見直し等を推進する一方で、国民の安心を確保する観点から、少子化対策や医師確保対策、がん対策に重点的に対応しようとしている。
費目別に見ると、生活保護費は前年度比3.1%減の1兆9820億円、社会福祉費は7.3%増の1兆6223億円、社会保険費は4.6%増の16兆8999億円、保健衛生対策費は1.4%減の4152億円、失業対策費は48.8%減の2215億円となっている。」(神野直彦東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授 )
防衛費:長年、GDPの約1%を防衛比に当てて来た。社会民主党や共産党などはこれを減らせ、なくせというのかもしれないが、彼らに日本の安全保障に関する戦略があるとは思えない。
中国が軍事費を急増させ、北朝鮮が韓国の船を魚雷で沈没させる情勢下で防衛費を大幅に削減できるだろうか?しかも、防衛費がGDPの1%というのは、他国比較かなり小さい。韓国や米国はGDP比で日本の数倍の防衛費を使っている。
だから事実上の削減対象は「公共事業、文教・科学振興その他の合計で24%、実額で約22兆円」の中の一部ということになる。しかし、公共事業も過去に作ったインフラの老朽化やメインテナンス自体が増えてきているから半分にすることさえ不可能だろう。文教・科学は次世代と将来の技術を育て予算だ。非効率なものは改めるべきだが、スーパーコンピューター開発予算をめぐる論争を見ても分かるが、大幅に削減できるものじゃない。
私は財政学者じゃないので、予算の小項目まで精査しているわけじゃないが、財政学専門の例えば土居丈朗教授は「社会保障給付などの義務的な給付の比率が極めて高くなっている今日の歳出は、それに手をつけない範囲の『無駄削減』では、1兆円~2兆円がぜいぜい」と今年の3月のJCERの講演会で言っていた。
財政学者のこうした判断は、思いつきで言っているのではなく、膨大な研究・調査の結果として言っているのだから、尊重すべきだと思う。日経ビジネスでの小峰教授もそうした財政学の研究・調査の実績を踏まえて「削減には限界がある」と言っているわけだ。
その3:「じゃあ、過去20年間の赤字の最大の要因はなに?」
同じ資料の10ページをご覧頂きたい。「文教・科学振興、防衛費などのその他」の比率は1990年の29.7%から22.9%まで縮小、一方で社会保障関係費は16.6%から29.5%に倍増近い拡大。90年代に景気対策のために膨らんだ公共事業は小泉内閣で減らされた。公共事業は赤字の要因のひとつではあるが、社会保障費ほどの大きな要因ではない。
つまり、高齢化のため社会保障関係費が増える(制度設計に基づく「自然増」)一方で、それに見合った国民の負担を増やしてこなかったことが最大の赤字要因だ。増税がいやなら、給付を減らすしかない。
その4:「消費税で増税したら、景気がますます悪化する」
わかっているがな。増税でも給付削減でも、急激に財政赤字を減らせば、有効需要が減少し、景気が冷え込む。「政府の無駄な支出」でさえ、それを所得にして消費している人がいる以上、減らせば有効需要は減り、マイナスの乗数的な影響を経済に与える。
だから、赤字の削減は例えば毎年GDP比率0.5%ずつ、10年かけてGDP比率で5%減らすというように時間をかけてやるしかない。景気の回復が続けば税収もまた回復するから、GDP比率で5%も改善すれば、政府債務のGDP比率がこれ以上増えないというプライマリーバランスベースでの均衡は達成できる。
消費税率を毎年2%ずつ、5年で10%引き上げることも、私を含め複数のエコノミストが提案している。そうすれば引き上げの後の反動による消費減を平準化できる。
その5:「消費税、低所得者に重い逆進性が問題」
だから、(以前も書いているのだが)その点を是正する点に、所得税の累進度の引き上げ、失業保険の拡充、低所得者へのなんらかの補助と抱き合わせる方法を財政学者は提案している。経団連すら所得税の累進税率の引き上げとセットにすることを提案している。
消費税率引き上げに反対する人は、せめて石弘光教授の以下の本を読んで、それでも反論できるなら反論して欲しい。
「消費税の経済学」石弘光
その5:「公務員給与減らすべきではないのか?」
公務員は中央・地方合計で約400万人(学校の教員なども含む)、人件費総額は年間30兆円、民間に比べて高いという意見があるが、別に目立って高いわけじゃない。以下の大和総研のレポートご参照。
「公務員人件費の動向」2007年大和総研
公立学校の先生見ても別に民間サラリーマンに比べてリッチとは思えない。多少の調整は可能でも、兆円単位の削減ができるはずがない。また人口比率で見て公務員が日本は他国より多いということもない(そのデータ、あったのだが、いま見つからない)。
今日の国会での管首相所信表明演説:
日経新聞11日夕刊 「「税制の抜本改革に着手することが不可避。将来の税制の全体像を早急に描く必要がある」と税制改革の必要性を力説した。財政再建には「与党・野党の壁を越えた国民的な議論が必要」と指摘し、「超党派の議員による『財政健全化検討会議』をつくり、建設的な議論をともに進める」と呼び掛けた。」
私が昨年暮れの日経ビジネスオンライン「もう鳩山首相を諦める?」で書いたこと:「日本の未来を救うため、勇を鼓して「消費税4年間引上げ凍結」の公約を翻し、景気対策と同時に増税を含む財政再建に取りかかって欲しい。国民新党や社民党が消費税引き上げに反対するなら、さっさと切り捨てて自民党と大連立を組めばよい。」
これしかないんだ。だんだんそうなって来たでしょ。菅首相、仙石大臣、頑張ってください。
追記:「輸出戻し税」に」関する誤解、あるいはデマ
付加価値税としての消費税は仕入れ、販売の各段階で付加、価格転嫁され、最後に消費者が負担する税である。もしあなたが仕入れ時には消費税を払った価格で購入したが、販売する相手が消費税の非適用対象であり、あなたの販売で消費税を回収できない(全部自分でかぶる)としたら、不当だと思うだろう。
それが輸出取引の場合に生じる。輸出の相手は非居住者であり、国内の消費税の対象にならないからだ。
このため、仕入税額控除方式による輸出戻し税制度というものが、ヨーロッパをはじめとして、この税制を採用している国はすべてで行なわれている。日本でも同様だ。
つまり輸出取引に関してのみは、その原材料などの仕入れ時に課せられた消費税分が輸出業者に還付される。
消費税に反対する方々の一部は、これが輸出大企業に対する不当な優遇だと批判している。
もちろん、この還付制度を受けるのは大企業も中小企業も全て同様であるから、奇妙な批判だ。
それでも、彼らが不当な大企業優遇だと説く根拠は、大企業は仕入れの際に仕入れ価格を買い叩き、実質的に仕入れ時に消費税を負担していない、あるいは少なくしか負担していないということのようだ。
それは、輸出大企業は仕入れについては厳しい価格競争を納入業者に強いておきながら、販売(輸出)時には同様の厳しい価格競争にさらされていないと主張していることになる。これは、グローバルな企業競争がますます厳しくなっている世界の現実とかけ離れた誤った認識だ。
トヨタやパナソニックのような超大企業でも、ますます厳しくなるグローバルな価格競争にさらされており、その点では国内の業者と変わることはないだろう。 ただし、同じような競争にさらされていても、儲かる企業とそうでない企業に分かれるのは、この世の常だ。
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