偶然書店で平積みになっているのを見つけて買った本だが、後から見たらアマゾンで売上1位にランキングされていた。その後もアマゾンでトップ10に入っているから、すごい売れ行きだ。私が驚いたのは、それがハーバード大学の哲学講義の内容を本にしたものだという点である。
 
マイケル・サンデル「これからの『正義』の話をしよう」(Justice  What's the Right Thing to Do?)早川書房、2010年6月
 
アマゾンの売り上げランキングの上位を見ると、たいていは「なんでこんな本が売れているの?」と思うことが多い。哲学テーマの本でランキングトップというのは、稀中の稀だ。
 
著者はハーバード大学史上最多の履修者数を誇る名物先生なのだそうだが、NHK教育番組でこの先生の講義がシリーズで放映されて日本でも一躍有名になったそうだ。
 
本を読み始めて、また驚いた。「暴走列車のたとえ話」から、思想史を分かつ根本問題につながってゆく論理の展開は、平明にしてかつ強い説得力がある。
 
倫理、価値観の対立に関わる諸問題をこれほど分かり易く、かつ根本的なレベルで展開する筆者(講演者)の力量に素直に脱帽した。「実践で役にたつこと」を強く求めるアメリカのアカデミズムにある精神が良く表れた内容でもある。

現実の政策論の次元で生じる様々な価値観、意見の対立について、その論理を突き詰め、各意見が依って立つ諸前提を明らかにすることで、混沌としていた諸議論の対立構造がすっきりと見えてくる。

私も昔の大学の哲学の講義でこういう講義を受けたかった。
人文科学から自然科学まで、全ての領域の学生、ビジネスマン、研究者にとって読む価値がある。
もっとも、本も後段になってくると、内容も次第に難易度を増す。
 
またマイケル先生のコミュニタリアンの思想が次第に本格的に展開するのだが、それは誰でも納得できるものではなかろう。とりわけ個人主義・自由主義的な思想風土の強いアメリカでは、抵抗が大きいだろう。
 
だからこそ、功利主義、あるいは個人主義・自由主義的な倫理の限界や問題を考える対立思想としてマイケル先生の立場には価値があるとも言えようか。