その2、マクロ実体経済要因
デフレ・インフレをマネタリーな要因で説明し、マネー供給量を外性的変数と理解するマネタリストやインフレターゲット派の議論に対しては批判も多い。ケインズ学派はマネー供給量を内性的な変数と考え、それを中央銀行が単純に操作できると変数だと考えるマネタリストの議論をずっと批判して来た。
もちろん金融政策によって物価動向にかなりの影響を与えることができることを否定する経済学者はいない。もしそれを否定するなら、現代の中央銀行が共通に政策目標に掲げているインフレ(物価)の安定という金融政策の枠組み自体を否定することになるからだ。
しかし、政策金利をゼロまで下げてもデフレがなかなか解消しないという日本の状況は、インフレ・デフレ問題がマネタリーな要因だけでは説明できないことを示唆しているだろう。
政策金利をゼロまで下げても、マネー供給量が増えず、デフレがなかなか解消しない理由は幾つか考えられる。①銀行の不良債権比率が高くなりすぎて、貸出資産を拡大する余力がない、②企業(あるいは家計)の債務が過剰でその圧縮に追われており、新規の借り入れを増やそうとしない。
金融緩和政策で供給されるマネーはあくまでもファイナンス・マネーであるから、銀行が融資を増やそうとしない、あるいは民間の経済主体が借入を増やそうとしない状況にある場合は、金融政策を緩和してもマネー供給量は増えない。
上記の①②の状況は2000年代初めごろまでの日本には当てはまったし、米国や欧州では2007年後半以降の時期に当てはまるだろう。しかし、今の日本はマクロ的に見て①②のような状況にはないと考えられている。ではなぜまたデフレなんだ?
もうひとつの要因として挙げられるのがマクロ的な需給ギャップである。少し前のブログで紹介した今年の経済白書も、デフレを需給ギャップとデフレ期待の2つの要因で説明している。
需要が足りない!
需給ギャップとは完全雇用時に実現できるGDP(潜在GDP)と現実のGDPの乖離である。不況下では潜在GDP>現実のGDPとなり、遊休した設備や雇用が存在している。こうした状態では供給圧力が強いので物価は上昇し難く、下落しやすい。反対に完全雇用下で更に有効需要が増えれば、国内の供給は短期的な限界にあるので、輸入も増えるだろうが、物価も上がる(実質ではGDPは増えない)。
日銀も2006年に量的金融緩和政策を終了した後の論文で、量的金融緩和政策の効果はゼロではなかったものの、デフレの解消には需要不足(供給超過)状態にあった需給ギャップが景気の回復の持続で解消したことの効果が大きかったと総括していた。需給ギャップがデフレ・インフレにかなりの影響を与えていることは、回帰分析をすれば比較的簡単に検証できる。
しかし、それで説明できるインフレ・デフレとは景気変動による循環的な物価変動の部分だけであろう。2008年~09年の不況で需要不足の需給ギャップが生じたことは、日本、米国、EUとも共通である。ところがこれまでのところ日本のみがデフレとなった。現時点で消費者物価指数の対前年比は日本が概ねマイナス1%、米国とユーロ圏はプラス1%前後である。これは日本には景気循環的なデフレ要因以外の構造的な要因が働いていると考えざるを得ない。それは一体何なのか?
今回の話の発端にあった池田信夫氏もブログでこう書いている。
「日銀がいくら銀行に金を貸しても、銀行が企業に貸す金が増えない原因は簡単である。企業が金を借りないからだ。2008年でも、企業部門はGDP比0.5%の貯蓄超過である。これは借金の返済額が、借り入れを上回っているためだ。企業が貯蓄超過になったきっかけは、1990年代のバブル崩壊後に過剰債務を削減したことだが、不良債権の処理が山を越した後も、貯蓄超過が続いている。この原因は、経済に成長の見込みがなく、投資収益率が低いためだ。 企業は家計から借りた資金を投資して収益を上げるので、借り入れ超過になっているのが普通である。企業が全体として貯蓄超過になっている異常な状態では、投資も増えないし成長率も上がらない。これがデフレの根本的な原因である。」
従って池田氏もマクロ実体経済要因派であり、インフレターゲット論者らを批判している。実体経済の低成長がデフレの根本的な要因であるならば、成長率を高めるしかないが、そのためにはどうすれば良いのだろうか? ここで池田氏は「残念ながら、簡単な答えはない。白川総裁は『イノベーション』だと述べているが、どうすればイノベーションを起こせるのかは、現在の経済学では分からない」とさじを投げてしまっている。
この点で独自な議論を展開しているのは東大の吉川洋教授だ。吉川教授はケインズ学派であり、不況とデフレは需要不足が問題と考える。ただし、その特徴はシュンペーターの議論から多くの示唆を引き出している点だと思う。「転換期の日本経済」(岩波書店、1999年)では、経済成長について、供給される商品のイノベーションが起こらなければ、つまり同じものばかり生産・供給していれば、経済は需要が飽和する形で成長が止まる(ひとり当りのGDPは増えなくなる)ことを説いている。
たしかにそうだろう。商品の進化、技術革新が止まったらどうなるか。例えばTVでも自動車でも、その商品が社会に普及する間はひとり当りGDPでも成長するが、普及した(飽和した)以降は老朽化による更新需要しか生じないので、ある種の定常状態になるだろう。
ところが、TVがなかったところにTVが登場し、しかも白黒TV,カラーTV,薄型大型TV,更には3次元映像TVと商品の革新が起こるので、新規の需要爆発が次々と起こるわけだ。つまり、シュンペーターの創造的破壊(creative destruction)が、経済成長の根底にあるということだ。 「今こそシュンペーターとケインズに学べ」(2009年)もお薦め。
従って、日本のように人口が増えなくなった経済でも、技術革新で次々と新商品が登場すれば相対的に高い経済成長は実現できるということになる。それでは1990年以降の日本は他国に比較して製品の技術革新が弱かった、あるいは衰えたということなのだろうか? ところが、そういう事実は目にしない。
少なくとも工業製品に関していうと、ビデオカメラ、デジカメ、液晶、カーナビ、ハイブリッド・カー、リチウム電池、LED照明などなど続々と日本オリジナルの新製品を世に出して来たではないか。特許の開発・申請件数でも世界のトップクラスを走って来た。
そうすると、日本のデフレの構造的な要因は、単に製品イノベーションの不足では説明がつかないようだ。 う~ん・・・と唸って、次回は経済主体の期待を含む行動様式の要因を考えてみよう。
今晩はここまで。
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