これまでの説明の総括
 デフレ問題をめぐって経済学者やエコノミストらの議論は、マネタリーな要因を重視する論者と実体経済要因を重視する論者の対立があることが分かったと思う。ただし、経済主体の将来への「期待要因」抜きでは双方とも議論が完結できない点で共通している。
 
 前者(リフレ派と呼ぼうか)は、ゼロ金利状況下では既に金利水準の変更による伝統的な金融政策は機能しなくなっているので、日銀の国債の買い切り増加による(マネタイゼーション)マネー供給の一層の増加と、インフレターゲット宣言による市場参加者のデフレ期待の解消を主張している。
 
 後者(実体経済要因重視派と呼ぼうか)は将来に対する成長期待、そのベースにある生産性上昇率の期待値の鈍化、あるいはマイナスが投資や消費行動をしぼませているので、成長戦略、あるいは構造改革が必要だと考えている。 
 
私自身は既に述べたように、ややリフレ派に傾斜しているが、対策としては双方やるべきだと考えている。
 
アメリカのデフレリスク
 さて、アメリカは今回の金融危機と不況を契機にデフレになるリスクはないのか?
アメリカの消費者物価指数(食品とエネルギーを除くコアCPI)も前年同月比で0.9%まで下がってきて、デフレリスクがFOMC(金融政策を決定する会合)でも議論されるようになった。
 
 議会でのバーナンキFRB議長のこの点についての発言は前回採り上げた。ひとつの要因として期待される生産性上昇率がアメリカは日本より高いからデフレにはなり難い、ということだった。しかし少し補足すると、日米のインフレ格差が本当に生産性の期待上昇率の格差で説明できるのか私はやや疑問に感じている。
 
 というのは過去1980年まで遡って見ると、日米の消費者物価で見たインフレ率には2%~3%程度の格差(米国>日本)が趨勢的に存在している。過去のこの格差を生産性上昇率の期待値の相違で説明することはできないと思うからだ。
 
 例えば1980年代は日本の生産性上昇率は米国より高いと認識されていた。しかし80年代にも米国>日本のインフレ格差が存在していた。その時代には日本の生産性上昇率は米国のそれよりも高いから、日本のインフレ率は米国より低い、と一般に理解されていたはずだ。
 
だから、長期にわたって存在しているインフレ格差、実現された生産性上昇率、将来の生産性上昇率の期待値、これら3つの関係を包括的に整合的に説明してくれなければ、納得できないよ、と考えている(もしかしたら私の勉強不足のため?かもしれないが)。
 
アメリカのデフレリスク論議の中で、 セントルイス連銀総裁のJames Bullardの論文 Seven Faces of The “Peril(禍の7つの顔)が7月29日に発表されて話題になった。
 ひとことで言えば、デフレ・インフレをめぐってインフレ率と名目金利には、「テイラールール」と「フィッシャーの安全資産利回りとインフレ率の関係式」から導かれる2つの均衡点があり、日本はデフレ均衡点に陥っており、米国はインフレ均衡点にあったが、現在デフレ均衡点にシフトするリスクがあると。
 
 金融政策議論に馴染みのない方は、「テイラールールって何?フィッシャーの関係式って何?」と思われるだろうが、噛み砕いて説明するのにもう疲れてしまったので、ご存知ない方は適当な他人様のリンクを貼ったので、それでご理解いただきたい。
 
 議論を呼んでいるこの論文のポイントは、長期間にわたって中銀がゼロ金利をコミットすることは(日銀のやったことであるが)、むしろ逆効果でデフレ均衡点にシフトするリスクを高めると言う指摘にある。もっともこれはブラード総裁のオリジナル議論ではなく、The Perils of Taylor Rulesという2000年の論文でJess Benhabibという研究者が論じたことに基づいている。
 
FRBも「長期にわたるFF金利の例外的に低いレベルを正当化する公算が高いと見込んでいる」という表現で、事実上現状のゼロ金利に限りなく近い状態が持続させると言っている。従って、上記のブラード総裁の指摘が正しいなら、困ったことだ。アメリカもデフレ均衡点に向かって落ちていく可能性が高いことになってしまう
 
ブラード総裁は、それを回避するためには、国債の買い切りによる量的金融緩和をもっと強めるべきだと主張している。要するにマネタイゼーションによるリフレ政策だ。「FRBはデフレになんかしないぞ」とコミットしながら、国債でも他の公債でも、ファニーメイやフレディーマックのRMGSでもいいが、既に大規模に購入している状態を維持、あるいはもっと買い増しすべしということになる。
 
ちなみに、FEDのバランスシートは危機前の1兆ドル少々から、危機対応の量的金融緩和政策、並びに信用緩和政策で2兆ドルに拡大している。これはかなり大胆な政策だと思うが、それでもやり足りないということになる。 実際、昨日(810日)のFOMCでは、既存購入債券の期日が到来しても、それで残高を落とさずに買い直して、量的金融緩和政策を維持することが決定された。
 
 それで結論として、アメリカはデフレを回避できるのか?この問いは中長期にわたってデフレ状態に陥ることが起こるか?という意味になる。
 
まあ、FRBのバーナンキ議長だって本音では「微妙・・・」と思っているに違いないと思う。将来予想だから、誰だって確定的なことは分からない。アメリカ経済のダイナミズムを信じるか、どうかの違いかもしれない。私はデフレ均衡には陥らないと思うと述べておこう。
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デフレ問題シリーズ、過去の3回は以下の通り。
 
                                その2、マクロ実体経済要因
                             その3、経済主体の期待要因