6月3日に東京日本橋のマンダリン・オリエンタル・ホテルで開催された国際雑誌ユーロマネー主催によるシンポジウム、Japan Forex Forumにパネラー出演した。
 
ユーロマネーの東京でのシンポジウムは2007年以降これで3度目の参加だ。今回私が参加したのは午後4時10分からの最終セッションで、“New Macro Challenges: Capital Controls, Inflation and
Credibility”というテーマ。 私を含めて5人のパネラーと司会役で展開した。
 
最後にフロアーからのご質問タイムになって、2つ質問だ出た。そのひとつが「金価格はどうなると思うか?まだ上がるか?」というものだった。
 
5月の下旬に大阪梅田で龍谷大学経済学部主催で開催した一般セミナーでも(私の講演テーマは「賢い資産運用の秘訣」)、中高年の紳士から「自分は金投資をしているが、金価格についてどう思うか?」というご質問を受けたので、やはり高騰した金価格の動向は世間でも強い関心事項のようだ。
 
どちらの場合も私は今の金価格は完全に過大評価(over valuation)と申し上げた。なぜそう思うのか?
金は株式、債券、収益不動産のように所得(配当、利息、賃料)を生まないコモディティーである。
所得を生む資産であるならば、合理的に考える限り、その価格は将来にわたってその資産が生み出す収益キャッシュ・フローを現在価値に割り引いて、合計したものだ。
資産バブルやその崩壊で価格は乱高下するが、長期的にはこの理論値に収斂する。
 
では所得を生まないコモディティーの価格の長期的な趨勢水準はどう考えたらよいか?20世紀の初頭までは金本位制下での金は世界通貨だった。現代のペーパーマネー(不換紙幣)が購買力の低下(=インフレ)によって価値を減じるのが必定であるなら、金はインフレによる価値低下の生じないマネーである。
 
そう考えると、金価格は通貨のインフレ率の逆数だと考えるのが合理的だ。ドル表示の価格ならば、ドルのインフレ率の分(=ドルの購買力の減価分)だけ、コモディティー価格は上がる。つまり為替相場と同様に価格表示に使われる通貨の購買力原理が働いている。
 
もちろん、短期・中期の価格はその理論値から大きく乖離する。でも大きく乖離した後は、理論値に回帰する力が働くだろう。そう考えて、ドル建て金価格と米国のインフレ率(消費者物価指数)を双方とも1973年を100にして表示したのが下のグラフである。
 
1980年前後にインフレとドル相場の下落を背景にした金ブームがあり、この時は消費者物価指数が示す水準に対して、金価格は年平均で約3倍強、高値で約4倍まで高騰した。その後、1980年代前半にインフレの収束とともに急落した。
 
1990年代後半から2000年代前半には、金価格はインフレ指標が示す理論値よりも割安な状態が続いたが、2000年代後半から高騰した。
 
現在の金高騰の背景には次のような事情があるのだろう。
1、経済成長でキャッシュリッチになった新興国の金購入
2、金融危機による金融資産への全般的な不信
3、ドル相場下落への不安、あるいはヘッジ
 
1980年と今日の大きな相違は、インフレ率だ。1980年当時は70年代に二桁インフレを先進諸国が共通に経験した後で、足元のインフレ率も高かった。一方、今日では米国も他の先進国もインフレが問題になる状況ではない。唯一、現在の金価格の高騰が正当化されるとすると、今後10年間に米国が高インフレになることだ。
 
QE2や財政赤字の結果、そうなると語っている論者もいるが、私は極めて懐疑的だ。まず、賃金が物価に連動(スライド)する慣行や協定の強かった1970年代までは賃金と物価のスパイラルな上昇が起こったが、スライドが切れている今日ではそういうことにはなりそうにない。 
 
ドルについて将来のインフレが予想されているならば、米国の長期国債の利回りは上昇するはずだが、10年物利回りは一時3%半ばまで上昇した後、逆に3%割れに下がっている。インフレ連動債が示す将来の予想インフレ期待値もとりたてて高インフレを示唆していない。
 
金市場は実は世界の債券市場の規模に比べると極めて矮小なもので、債券や株式市場の資金のほんの一部が流れ込んだだけで、高騰するし、それが巻き戻されると暴落する。要するに「湯船にクジラが飛び込む効果」で価格が変動する。
 
それでも“This time is different”症候群はいつの時代でも起きる。だから今回の相場も、1オンス1500ドルという水準は理論値が示す値の約3倍だ。1980年の時のように仮に4倍まであるとすると、2000ドルもあるかもしれない・・・?という空想も可能だろう。
 
「今の金価格が割高でも2000ドルまで上がるなら、買って儲けたい」と考えるのは、典型的なバブル症候群だ。 2007年に北京に出張した時、上海総合指数は4000を超えて株ブームだった。その時も
聴衆(大学院生ら)から「先生は中国の株はバブルだと言いますが、それでもどこまで上がると思うか?5000か、6000か?まだ上がるなら買って儲けたい」と言われた。 私は「そう考えることが正にバブル心理なんだよ」と言ったことがある。 結局、6000まで上がって、暴落、今でも半値以下だ。
 
今回のユーロマネーのシンポジウムでは、金価格についてベアーかブルか、5人のパネラーの意見は2つに割れた。日本の大手資産運用機関のマネジャーさんが「金はまだあがる。私はブル」と答えていたのが記憶に残っている。 「割高でも、まだ上がる」と思う限り、高値を追っう典型的なバブル症候群が広がっているとしか、私には思えないのだけどねえ・・・。
 
ちなみに、以前書いた私のデスクの引出しの奥で永いこと眠っていたミニ・ゴールド板(100グラム)は先日、1グラム4000円台で「市場に放出」した。(^_^;)
 
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