外資系証券のストラテジスト、アナリスト2名によって書かれた以下の書を読んだ。
 
 
財政赤字問題に関する従来の議論、すなわち「現在の財政赤字と政府債務の増加は長期にわたって持続不可能であり、このままでは国債暴落、インフレ、資本逃避、金融危機が起こるリスクに直面する」という財政学の主流意見と、そうはならないと考える俗流的な楽観論の狭間で、欠けていた議論をカバーしているのが本書の価値だろう。

具体的には3章で、「長期に持続不可能」といわれながら、既に10余年というかなりの長期にわたって、膨大な赤字国債が発行され、低金利が持続してきた原因を実証的に議論している。
 
結論をいうと原因として、日本の過剰貯蓄が経済理論が想定するように短期・中期のタイムスパンでは容易に解消せず、膨張する政府債務のファイナンスが実質金利の上昇をもたらすメカニズムが働かなかったこと、デフレは財政学の教科書では実質債務負担を増加させるわけだが、政府債務のファイナンスの側面においては、デフレで実物資産への投資が委縮する故に逆に政府債務への投資が促進されるという効果が指摘されている。

逆に言うならば、経済がデフレを脱却した場合、過剰貯蓄の趨勢的な縮小が始まる可能性があり、その時にこそ政府債務の長期にわたる安定的な吸収を支えていた条件が消えるわけであり、国債の金利急上昇(価格急落)が現実のものとなるだろうと言っている。全く目新しい議論ではないが、論理的な結論だろう。
 
ただし、ここからさらに一歩進めて、国債価格の急落で保有金融機関(銀行、郵貯銀行、生損保、年金基金など)に多額の評価損が生じること、その場合には満期まで保有しても、既に上昇した市場金利との格差で莫大な期間損益の赤字が生じること、その結果、金融危機に直面するリスクがあると私は考えるが、その点での議論の展開はなかった。

また同じく3章では日本政府は、歳出規模、公務員数、公的資本形成のいずれを見ても大きな政府ではなく、全体として見ると小さい政府に部類するが、「受益と負担のバランスが異常化している(低受益、超低負担)結果、財政赤字となっているとデータに基づいて指摘してきしている。つまり政府歳入が小さすぎる(国民負担が軽すぎる)のだ。その通りだと思う。

さらに4章では日本の財政危機が顕現化する複数のシナリオを樹形分岐方式で検討している。想定されている各事象の発生確率は、あくまでも主観的なものであるが、議論の整理に有益だ。それによると「狭義のデフォルト」12%、「ハイパーインフレ」7%、「財政状況はさらに悪化するが破綻はない」56%、「一定の財政収支改善が実現され安定化」20%、「財政再建完了」5%となっている。

著者の立場は日本国債の大暴落や狭義のデフォルトは「そう簡単に発生しない」であるが、財政赤字楽観派を支持しているわけではない。記述の通り、経済が回復して貯蓄超過が解消し、金利上昇が起こり始める時こそ日本国債の重大なリスク局面である。例えるならば、超肥満患者が「立ち上がろうとする(経済が回復する)時に、そのままでは超肥満の身体を筋肉と骨が支えきれなくなって砕けてしまうようなリスクが、政府債務の膨張により増大していると指摘している。すなわち立ち上がる前にやはりダイエット(財政再建)しなくてはならないと言うわけだ。
6章では、日本国債のデフォルトリスクが議論されているが、日本の金融機関では日本国債がデフォルトするような場合には、自社も破綻不可避なので、そもそも日本国債のソブリンリスクは「想定外」とされていると指摘されている。怖いね。東電の原発対応と同種のパターンを感じる。

終章では、問題の解決のためには、高齢化に対応した内需振興、社会保障の持続可能な形への再設計、一定程度の増税しかない。「日銀叩き」「官僚叩き」「公共事業叩き」といった不毛な議論から脱して、日本の進むべきビジョン設計に進んで欲しいと結んでいる。全く同意である。

書店では、国債暴落・財政破綻を扇動するような書籍や、その真逆の「日本の財政赤字問題なし論」など俗流的評論家の書籍が目立つが、そうしたものに惑わされずに実証的に議論、思考したい読者にとって有益な一冊だと思う。