さてwpさんからコメントのあった「國枝先生の議論、間違っていない?」を考えてみましょう。まあ、ご本人にぶつけるのが一番効率的でしょうが、まずは相手の議論を咀嚼するのが大切ですし、頭の体操になりそうですからね。他の読者にもご理解頂けるように、補足しながら考えます。紫の字がwpさんのコメントです。
記事の2枚目、国内民間貯蓄の総額~以降の分、完全に間違っていませんか?国債がある場合のケースにおいて、国債発行によって政府が獲得したお金あるいはそのお金によってなされる実物投資の分が、無いものとなってしまっています。政府が第一期に国債を発行し、そのお金で実物資産を購入、それを海に投げ捨てるかのようなことでもしない限り、國枝氏の言っているようなことは成り立ちません。
国債で調達された資金(貯蓄)が何に投じられるかについては、政府による固定資本形成、あるいは消費(政府部門の直接の消費、あるいは給付を通じた民間家計の消費)が考えられますが、文脈から考えて、ここで國枝氏は後者の消費を想定していますね(つまり建設国債ではなく、赤字国債の発行)。
第一期にのみYのエンダウメントがあり、消費C、投資S(=投資I)、金利r、国債発行額B、税金Tだとする二期モデルで考えると
・国債の無いケース
C1 = Y - S1
C2 = S1 * r
・国債の在るケース
C1' = Y + B - S1'
C2' = S1'*r - T
ただしT = B*r
となります。
・国債の無いケース
C1 = Y - S1
C2 = S1 * r
・国債の在るケース
C1' = Y + B - S1'
C2' = S1'*r - T
ただしT = B*r
となります。
ここまでは國枝氏の議論の再表現ですから、問題ないですね。1期と2期の双方に所得が生じる(Y1とY2とがある)場合も、原理は同じですから、1期のみにYを想定する点は問題ないでしょう。
「国内民間貯蓄の総額が一定」という仮定が解せないのですが、S1=S1'ということであるならば、第二期には消費が減ることになりますが、第一期には消費が増えているのでトータルの消費にそれほど違いは出てきません。そして必然性ある仮定とは思われない「国内民間貯蓄の総額が一定」という仮定を外し、最適な配分となるよう家計が貯蓄を決めるとするなら、S1' = S1 + Bとすることで、C1' = C1、C2' = C2は実現可能です。
1期と2期の家計主体が同一で、生涯を通じて合理的に最適配分をするなら、そういうことになりますね。つまり1期に政府が国債を発行して国民への給付を増やしても、家計は2期の増税を見込んで行動するので、ご指摘の通りS1’=S1+Bと赤字国債の分だけ1期の貯蓄が増加するだけですから、C1=C1’で今期の消費は変らない。これは中立命題のケースでもありますね。その場合には財政赤字による景気対策効果自体が生じません。文脈から國枝氏が世代交代の結果、1期と2期は別の世代(1期は親、2期は子)と想定していることは間違いない。つまり世代間の格差を問題にしているわけでしょう。
これが、第一期と第二期で別の世代となっているということだと考えると、さらにおかしなことが起こります。何故なら第一世代は可能な限り消費をしてしまおうとするので、C1 = Y、C1' = Y + Bとなりますが、この世界にはYだけしかモノがないので結局C1' = Yとなるため、B = 0、すなわち国債自体が存在し得なくなります。
「国内民間貯蓄の総額が一定」という想定が妥当な単純化である否か、ちょっと迷いますが、「別世代ならば1期目の世代は全部消費する」というwpさんの想定の妥当性にも私は疑問を感じます。
ご指摘の通り、貯蓄ゼロならばそもそも国債(=国内で消化される内国債)は発行できない(海外からの資金のファイナンスを考えない場合)。しかし国債は世代を超える長期にわたって発行されているので、各世代はC1=Yではなく、なんらかの貯蓄を残し(C1=Y-S1)、それが投資(S1=I1:資産形成)となり、次世代に残り、世代を重ねるにつれて豊かになってきた。そうした現実に近い状態を國枝氏は想定しているのだと思います。
そして各世代の貯蓄が投資に回る場合と、貯蓄の一部(あるいは全部)が赤字国債の発行を通じて給付され、消費されてしまう場合とを比較して、後者のケースは前者のケースよりも貧しくなるよ(C2’<C2)と説いていると私は理解しています。
まあ、以上は私の「國枝解釈」ですから、つっこみ足りなければ直接、國枝先生にやって頂く方が生産的でしょう。Eメールアドレスも開示されていますからね。蛇足で言うと、國枝先生は「たとえ話」はあまり上手じゃないですね・・・(^_^;)
補足すると、日本はまだ国内の貯蓄で政府債務がファイナンスされており、フローで見た経常収支も黒字(=国内貯蓄・投資バランスが貯蓄超過)、対外資産・負債もネット資産260兆円ほどですから、過去数世代を通じて積み上げて来た純資産が国全体ではあるわけです。
しかし財政がこのままのコースを辿れば、過去数世代にわたる蓄積の取り崩し局面に移行する。つまり国内貯蓄・投資バランスも貯蓄過小(=経常収支赤字)、対外資産の取り崩し、対外ネット負債に転じるのは、歴史的なタイムスパンで考えるとすぐ目先の未来です。赤字国債は「ねずみ講(ポンジ・スキーム)」というのは厳密に考えるとこの段階から始まると言うべきなのかもしれない。つまり対外的なファイナスに依存して消費を続ける局面ですね。PIIGSはそういう局面になってしまった。
そうした事態になってからなとかしようとしても、いろいろな面で手遅れで、欧州のPIIGSで今起こっているような国債の暴落と経済停滞が並存する窮地に陥ることを懸念しています。財政再建は急げば、景気を悪化させますから、長期的に時間をかけてゆっくりやって行くしかない。だからこそ、今から長期計画でとりかかるべきだと思います。
竹中正治HP
追記:
世代間の格差の問題は、「世代間会計(世代会計)」として研究成果が蓄積されています。
以下のサイトは、秋田大学の島澤諭さんという先生の紹介サイトです。
内容の妥当性については私は関知できませんが、最後の方に書いてある参考文献は役に立つでしょう。私は米国ではコトリコフ教授の講演と著書、また日本では吉田浩教授の論文に興味をひかれて読んだことがあります。
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