今週放映されたNHKスペシャル、「ユーロ危機」ご覧になっただろうか(以下サイト参照)。
 
イタリア、スペインの国債利回りが不況下で7%を超え、フランス国債まで利回りが上がる直近の状況は、心配していた危機の伝染局面に移行してしまったことを示唆している。つまり、ユーロ圏はギリシャの政府債務危機をギリシャに封じ込めることはとうとう失敗してしまった。
 
NHK番組では、ヘッジファンドがイタリア国債のCDSを買って国債売りを仕掛け、売り抜いて儲けるヘッジファンドのマネジャーに密着取材していた。イタリア国債の下落で儲けたあと、「次はどこかな、この先数カ月は儲けるネタに欠きそうにないね」とヘッジファンド・マネジャーは言っていた。
 
CDSというのはオプションの一種で、ヘッジファンドは国債のCDSをオプション料を払って買う。価格が下がるとオプション価値が増加して儲かる。CDSを売った金融機関は、国債価格が下落すると損失が出るので、価格変動に応じてある比率でヘッジのために国債を売る(オプション用語ではデルタヘッジという)。CDSの売り手は価格が下がると損失が増加するので、もっと売りヘッジ比率を上げなくてはならない。こういう仕組みで、ヘッジファンドの国債CDS買いは現物の国債の売りを誘発するのだ。
 
彼はこうした番組への露出が、ユーロ圏の国債不安、国債売りの同調を誘う効果を意識して取材に応じているのだと思った。
 
先進国の国債は、インフレになることはあってもデフォルトを起こすことはないという信頼感をユーロ圏はギリシャの一件を通じてぶち壊してしまったのだ。「絶対大丈夫」の信頼感が壊れると、簡単には元に戻らない。
 
ユーロ圏の政府債務はGDP比率で見て、グロスでもネットでも日本より低い(以下財務省参照)。
http://www.zaisei.mof.go.jp/pdf/4-4 純債務残高の国際比較(EO89).pdf
 
米国の政府債務のGDP比率は、イタリアよりは低いがフランスよりは高い。しかしフランスの国債すら売られ始めており、ドイツの国債は利回りこそまだ低い(10年物2%)が、大幅な札割れが生じて、万全の後ろ盾でなくなり始めている。
 
つまり、政府債務残高の高さだけに注目すれば、日本や米国で政府債務危機が先に起こっても不思議ではないのに、なぜユーロ圏で危機が止まらないのか?ユーロ圏は危機対応において何を間違えているのか?
 
政府・中央銀行とヘッジファンドなど投機筋が、当該国の自国通貨建て国債の売買を巡って争ったらどちらが勝つか? もちろん投機筋が国債を売り、中銀が防衛のために買うのである。ヘッジファンドの資金力には限界がある。一方、中央銀行は自国通貨なら紙幣を増発すれば良いのだから、原理的にはいくらでも国債を買ってマネーを払える。
 
だから資金力の体力勝負になれば、中銀は絶対に勝てる。ただし好況期やGDPギャップがない状態でそれをやればインフレになるだろう。その理由で中銀の国債の際限のない購入はマネタイゼーションとして禁じ手になっている。
 
しかし今のユーロ圏は不況で、GDPギャップもマイナス(供給超過)だ。インフレの心配は棚に上げて、投機筋の売りで国債不安に取りつかれている市場参加者の心配を払拭し、需給関係を逆転するためにユーロ圏国債の無制限購入を宣言し、実行すれば、国債下落を止めることはできると思う。
 
財政再建や財政規律のルール化など中長期的な時間がかかる作業は、止血(国債価格の暴落阻止)の後にやることだ。
 
ところが、「マネタイゼーションは禁じ手」という平時のルールを教条化して自らの対抗手段を封じてしまっている点が、投機筋に見透かされているんだ。
 
愚かしい。「誤った思想(経済政策)がもたらす大禍」について強調したのはケインズだった。ユーロ圏の現状を見たらケインズは再び深く嘆くに違いない。 
 
日本はこれを「他山の石」として、長期的な財政再建計画を固めると同時に、国債売りアタックを受けた場合には日銀が断固として買い介入をすることを決めておく必要があるだろう。まさか同種の危機が生じた時に日銀が「マネタイゼーションは禁じ手だから」と与太を演じることなどないように・・・。
 
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