安達誠司さんの「円高の正体」(光文社、2012年1月)を読んだ。
最初の2章ぐらいは、入門の入門、イロハのイ、という内容だ。既にFXトレードなどを経験している人にはやさし過ぎるだろう。まあ、わかりやすい大衆書としては、ここまで内容を下げる必要があるのかもしれない。
私としては講義ではそういう説明もするが、「著書」としては書きたくないレベルだな。
 
内容的な価値としては、長期的な為替相場の説明原理として私の著書同様に相対的購買力平価原理を強調ている点がまず一点。
 
さらに踏み込んだ中期的なドル円相場の変動も説明できる仮説として日米のマネタリーベースの比率を変数にした「ソロス・チャート」を紹介した上で、2000年代にソロス・チャートが説明力を失った数年間を、マネタリーベースから超過準備を差し引いて日米の修正マネタリー・ベース比率を変数にすると(「修正ソロス・チャート」と著者は呼んでいる)、為替相場に対する説明力が向上する(相関関係が見られる)ことを示した点がオリジナルなポイントだろう。
 
ただし、相関分析(あるいは単回帰分析と言おうか)の統計分析的な処理や、結果の開示の点では不十分さが残る。為替相場の推移と日米の修正マネタリーベース比率の推移を重ね合わせて「ほろ、けっこうよく重なるでしょ」というのは、素人さん向けには通じるが、エコノミスト相手には足りなさすぎる。
まあ、あくまでも大衆書として書いていると理解しよう。
 
最後に金融政策でもっとマネタリーベースを増やして、「日銀はインフレにするぞ」と強いコミットメントを発すれば、デフレと円高は修正できるんだとリフレ策を強調している点は、一般に見られるリフレ論としてオリジナルなものはない。
 
ただし、マネタリーベース(日銀券発行残高と日銀に置かれている民間銀行の当座預金残高)をもっと増やすとどうしてデフレからインフレになるのかを説明するプロセスで、大きな誤解をひとつやってしまっているので、指摘しておこう。
 
「(1)日銀が、マネタリーベースを十分に供給し続ける=日銀が銀行の当座預金口座に現金を十分に供給し続ける。
(2)すると、銀行は今後インフレが来ると予想し、(=銀行内部での予想インフレの上昇)、(日銀の当座預金を原資に)株や外債での運用を増やす=株高と円安が生じる)」(p190)
そしてそうした行動が一般の投資家にも波及して株高と円安が進む・・・・と展開する。
 
致命的な誤りは(2)の部分だ。まず銀行は株式を保有しているが、主要な部分は取引関係を配慮した政策的投資残高であり、短期的な景気動向の読みで増減させる対象ではない。またトレーディング目的でも株を保有しているが、市場の生損保や年金、投信などの機関投資家に比べると規模はケタ違いに小さく、意味のあるインパクトにならない。
 
また銀行は円資金が増え過ぎて、かつインフレや円安を予想すると円資金を外貨に転換して外債や海外株を買うという行動をすると理解されているが、これは全くの間違いだ。
 
銀行は外国為替の持高を操作しているが、持高はすべて短期の為替スワップ取り引きでロールオーバーする形をとっており、円資金は使用しない。つまり、つねに銀行のバランスシート上の資金負担が直接かからない先物で為替持高を操作している。だからマネタリーベースの積み上がりと為替持ち高は全くなんの関係も持たない。
またその持高の規模も、非銀行部門の法人や個人の持高に比べて大きいとは言えない(後者の方が近年はずっと大きくなった)。
 
さらに外債も、対象債権のレポ取引でロールーオーバーする形で先期日の買い持高(あるいは売り持高)を造成、維持するので、実は外貨資金も円資金も使わない。従って「円資金が増えたので、円を売って外貨に換えて外債投資でもしよう」というような意思決定の因果関係は全く働かないし、そんな操作をやっている銀行はない。
 
著者は外資系証券会社勤務なので、銀行の為替持高や外債投資の実務を全くご存じないのだろう。この点は、著者に限らずジャーナリストも含めて銀行の実務をしらないほとんどの方が誤解している点だけどね。
 
と、以上そんなところなのだが、ちょっと評価が厳し過ぎたかな? どうも自分と同じ分野をやっている方に対しては、内情を知っているだけに厳しくなってしまうのかもしれないなあ。だからアマゾンにはコメント書かないでおこう。