PIMCOのBill Gross氏の株式投資について長期悲観論がちょっと市場で話題になっている。以下サイト
 
Cult Figuresと題されたこの評論で、長期株式投資に関する代表的な論者のSiegel氏の言説「米国の株式市場は1912年からの実質平均リターンで年率6.6%を上げている」を引き合いに出し、これからの時代はそんな高いリターンなんか望めない、そんな株式投資の高リターンを将来にわたっても信じているのはカルト信仰のようなもんだとケンカを売った。
 
これに対するSigel氏の反論もあるようだが、ここではGrossの論理を検証しておこう。Grossの議論は単純で以下に要約される。
 
①株式市場の時価総額の伸び率は、資本・労働分配率が一定ならば長期的には名目GDP成長率と一致する。
②株式の総合リターン=無リスク(政府)債券利回り+リスクプレミアム、である。
③今後の債券利回りは2%程度を想定すると、株式のリターンは4%程度であろう。
④これはインフレ率(3%程度を想定しているようだ)を差し引くと実質ゼロに近いリターンである。
 
Together then, a presumed 2% return for bonds and an historically low percentage
nominal return for stocks – call it 4%, when combined in a diversified portfolio produce
a nominal return of 3% and an expected inflation adjusted return near zero. The Siegel
constant of 6.6% real appreciation, therefore, is an historical freak, a mutation
likely never to be seen again as far as we mortals are concerned
 
①②の点は原理的に異論の余地がない。また名目GDP成長率と株式市場の時価総額の変化率の間に長期では安定的な関係が観測されることは実際に検証できる。今回自分でやってみて長期では驚くほどの安定的な関係があることがあることが分かった。
 
図表は米国S&P500の年平均変化率と名目GDPの成長率を重ねたものだ。1950年-2011年の期間で、S&P500の平均変化率は年率8.1%、名目GDP成長理率は6.7%である。この期間のS&P500の平均配当利回りは3%程度であるから、株式の総合リターンは11.1%となる。
 
ちょっと驚いたのは、S&P500の変化率と名目GDP成長率のそれぞれの近似線を描くとぴたりと並行していることだ(図中の青と赤の直線)。短期では両者の乖離は大きく、相関関係も低いが、長期の趨勢的な変化はぴたりとパラレルになる。
 
図中の黄色い線は10年物国債利回りで、見難くなるので近似線は書いていないが、やはり他の2つの近似線パラレルになる(データは62年から)。
19622011年で期間をそろえると以下の通り。
 
名目GDP成長率6.9
10年物国債利回り6.7
S&P500変化率7.0%(除く配当利回り3%前後)
 
については予想次第でなんとでもなる。10年物国債利回りは現在1.6%であるが、戦後最大の金融危機と景気後退からの「穏やか過ぎる」景気回復過程で、FRBが超金融緩和をしている状態が今後10年も続くと考えるのは無理があるだろう。Gross氏の長期国債利回りの想定2%は低すぎないか?
 
私は10年物国債利回りは長期的には35%程度のレンジに戻ると思う。仮に趨勢的な水準を4%として、リスクプレミアムは過去平均3%程度だが、Gross氏と同様に2%と想定するとS&P500をベースにした株式の名目総合リターンは6%となる。
 
インフレ率(消費者物価)の今後の水準も想定次第だが、低インフレが持続するなら、2.02.5%程度だろう。そうすると株式の実質総合リターンはインフレ率をひいて3.54.0%程度、リスクプレミアムが3%なら、4.55.0%程度の見込みになる。
 
これは1912年からの約100年、世界の超大国米国の勃興、成長期の実績(Siegel6.6%)には及ばないが、悲観するような水準ではなかろう。
 
以上総括して言うと、Gross氏の論考はロジックは常識的なものだが、想定次第でなんとでもなる変数をやや悲観めに設定することで、悲観バイアスの結論を提示し、長期の株式投資信条に対してケンカを売ってみた、あるいは揶揄してみた、という程度のものだ。
 
追記:(2012年8月12日)
ビルグロス氏は2011年6月には財政赤字の拡大やFRBの量的緩和を背景に、長期債券利回りは近い将来急上昇すると予想していた(大外れしたが)。その当人が長期にわたって債券利回りの低位安定を前提にそれにリスクプレミアム(2%)を乗せて株式リターンを低めに予想するというのは、つじつまが合わないね。
もっとも「2011年当時の自分の予想は間違っていました」ということなら、その点も本文のなかでふれておいて欲しいものだ。
 
竹中正治HP
http://masaharu-takenaka.jp/index.html
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