本日4月6日の日経新聞朝刊に「円安効果を強く意識 企業心理好転に狙い」のタイトルで滝田洋一編集委員が、ドル円相場に関するソロスチャートを引用して、次のように述べている。
引用:「日米で出回るおカネの量の比率を計算し、日本の円が(ドルよりも)余計に増えれば円安、反対に米国のドルの方が増えればドル安となる――。為替相場を2つの国の通貨の流通量から読む手法は、投資家のジョージ・ソロス氏が愛用したことから「ソロス・チャート」と呼ばれる。」
「回答はマネタリーベースと呼ばれるおカネの量を、毎年60兆~70兆円増やす緩和策。ソロス・チャートからはじいた円の適正相場は1年先に1ドル=95円、2014年末には105~110円となる。牧野潤一SMBC日興証券チーフエコノミストはそんな試算を示す。」
マネタリーベースとは、今回、黒田日銀総裁が「倍増させる」として金融政策の操作目標にしたもので、日銀券の総発行残高+民間銀行が日銀に保有する当座預金残高の合計値のことだ。
日銀が民間銀行から国債を買い上げて、対価としてマネーを払うとそのマネーは、民間銀行の日銀当座預金に入金されるので、マネタリーベースはその分増える。供給される円マネーがドルマネーに対して増えれば、円は相対的にインフレで価値が目減りするので、その分だけ円安になるというのがソロスチャートの原理だ。
添付されたソロスチャートを見ると(SMBC日興証券作成)、短期的・中期的な乖離はあるものの、ソロスチャートがドル円相場の大局的な変動を説明しているように見える。
経済学的に言うと、ソロスチャートとは、単純な貨幣数量説と購買力平価原理から導かれる仮説だ。
しかし、以上のことから「マネタリーベースを米国以上に日銀が増やせば円安になる」と理解すると、それは大間違いになる。
ここで注意しなくてはならない点は、図にしめされたソロスチャートの理論値は、注釈がついている通り「超過準備を除いている」ことだ。
物価に影響を与えるのは、マネー供給量(=民間の預金マネーと日銀券)であって、マネタリーベースではない。日銀は国債の購入でマネタリーベースを増やすことはできるが、民間の経済主体が借入を増やして投資や消費を増やさない限り、マネー供給量は増えない。
マネー供給量が増えないと、民間銀行の日銀準備金必要残高は増えないから、無駄なマネーが「超過準備」として日銀当座預金に累積するだけである(俗に「ブタ積み」)と呼ばれる。
つまりこの場合は、日銀におかれた民間銀行の当座預金残高が増えても、銀行の貸出しが増えないことには、マネー供給量は増えないので、デフレ解消効果=インフレになる効果=円安効果もない。
超過準備が生じること自体が、単純な貨幣数量説(「マネタリーベースを増やせばインフレ=円安になる」)を否定している。ケインジアン学派はこの点を、ゼロ金利状態のように一定水準まで金利が下がってしまえば、「馬(経済)に水を飲ませたくても(マネー供給量を増やしたくても)、馬は飲みたいだけの水しか飲まない(=マネー供給量を中銀は増やせない)」と主張する。
すなわちマネー供給量はゼロ金利下では中銀が金融政策で操作できる外生変数ではなく、経済自体(馬)によって決まる内生変数であると指摘して、単純な貨幣数量説を批判してきた。(参考:「デフレーション」吉川洋、日本経済新聞出版社、2013年1月)
では、デフレ脱却のために日銀にできることはないのか、黒田総裁は間違っているのかというと、私はそうではないと思う(筆者のスタンスは基本的にはリフレ派である)。
要するに馬(経済主体)の将来期待に働きかけることができるかどうかに、ゼロ金利下の量的金融緩和&インフレターゲット政策の効果はかかっているのだ。「インフレになりそう、資産価格も上がりそう」と馬(経済主体)が期待を変化させれば、水を飲むようになる(=借金をして投資や消費を増やすようになる)。
そういう意味では今日の金融政策は、中銀のリーダーシップ(あるいはカリスマ性と言うべきか)による経済主体に対する心理(期待)操作に近づいているということができるだろうか。確かに金融政策は従来とは違う「異次元」に足を踏み入れたのだ。この10年間は金融政策史における一大画期だったと位置づけられることになるだろう。
黒田総裁は大胆果敢に成功裏にスタートした。もちろん現状はまだ、「期待先行」で円高修正と株価回復が起こった初期の段階だ。実体経済が本当にデフレ脱却できるかどうかは、これからである。政策の成功を私も心から「期待」している。
追記:マネー供給量の変化とインフレ率は長期では高い相関関係があるので、超過準備を除いた修正ソロスチャートの理論値は購買力平価と近似することになる。購買力平価については以下の(財)国際通貨研究所のサイトをご覧頂きたい(筆者が元チーフエコノミストとして勤めていた研究所です)。
追記2:記事を執筆した滝田氏は、おそらく上記の点は理解しているのだが、新聞にありがちな「わかりやすさを優先して、正確さを殺す」方針で書いたのだろう。しかし、その結果、控えめに言っても読者を不正確な理解に誘導してしまっているし、もっとはっきり言うなら、リフレ派とアンチリフレ派の最も重要な政策論争点のひとつを不明確にしていると言わざるを得ない。
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