今年になってから銀行貸出残高が増え始めている。これはアベノミクスと黒田日銀総裁が目指すマイルド・インフレ(消費者物価指数で2%程度)への転換が起こる兆しかもしれない。
まず復習から。
日銀が金融機関から国債を大量に買うと、その資金は日銀に置かれている民間銀行の当座預金残高として積み上がる。黒田総裁・日銀が政策手段として掲げているベースマネー(の増加)とは、この日銀当座預金残高+日銀券発行残高の合計だから、日銀の国債購入でベースマネーは増える。
しかし通貨供給量(マネーストック)とは、個人や法人が銀行に置いている流動性預金の残高+日銀券発行残高だから、上記の日銀当座預金が増えただけでは通貨供給量は増えない。物価とは総商品量とマネーの交換比率だから、通貨供給量が増えなければ、インフレ率も上昇しない。
では通貨供給量が増えるには何が必要か? 銀行貸出の増加である。銀行が貸出をすると、その資金は債務者の預金勘定に入金され、預金が増える。その預金は各種の支払いに当てられて別の預金者の名義に換わるだろうが、銀行セクター全体では、銀行のバランスシートの資産サイドに「貸出増」が生じ、負債サイドには「預金増」が生じる。
つまりマネー供給量の増加は、銀行部門の貸出と預金の両建ての増加で生じるものだ。
したがって、大胆な量的金融緩和が通貨供給量の増加を通じてマイルドインフレにつながるかどうかは、銀行貸出の変化をウオッチしていれば良いということになる。
以下のグラフは日銀の資金循環統計からとった銀行貸出残高と前期比伸び率の推移だ。
伸び率は昨年9月までは2%台にとどまっていたが、昨年12月から足元の今年3月まで伸び率4%に上げって来ている! 前回の景気回復期の後半だった2006年-07年でも伸び率は2%前後にとどまっていたのだから、これはこれまでとは違った変化が生じている兆しかもしれない。
「貸出が増えたって、不動産や株式購入とか資産購入に回るだけじゃ、最終消費需要の増加につながらないから、インフレ率の上昇にもならないのでは?」
必ずしもそうではなかろう。不動産を買うために借りた人の消費は増えないだろうが、不動産を売った人はマネーを受け取ることになる。そのマネーが消費に回る可能性がある。
また対象の不動産が、新築の住宅や商業ビルである場合は、貸出金の増加は民間の住宅建設、商業ビル建設という投資需要につながったことを意味する。
それ以上に、不動産や株価など資産価格が上昇すれば、資産効果で消費が増える。
現在のマクロ需給ギャップはまだ供給超過だが、その幅は縮んできている。
このまま消費の増加と景気の回復が持続すれば、マイナスの需給ギャップは2014年から15年にかけてほぼ解消される可能性が高い。
需給関係がタイト化するわけだから、物価上昇が起こるだろう。実際90年代以降の日本の物価動向はベースマネーの変化ではなく、マクロ的な需給ギャップの変化との相関性が高いことがわかっている。
とりあえず足元の変化は、アベノミクス・黒田日銀総裁にとって意図した方向に進んでいると言えるだろう。
追記(7月24日):再度調べてみて、最初のデータは全国銀行部門のグロス貸出残高であることに気が付きました。実は銀行間の貸出があり、それは負債サイドに生じます。銀行部門の貸出としては資産負債をネットアウトしたネット貸出で見るべきですね。
その図が第2の図です。
足元の貸出の伸び率は2%台となり、2009年以降伸び率は回復してきていますが、リーマンショック前の7%前後の伸び率よりはまだ低いです。
また、貸出(ファイナンス)が伸びないとマネー供給量は増えないというのは、一般的な原理であり、そのための貸出は個人向け住宅ローンであろうと、企業向けローンであろうと同じです。
もちろん貸出(ファイナンス)増=即インフレ率上昇ではないですが、上記に説明した通り、インフレ率上昇の必要条件ではあります。
また全銀協の預金貸出速報でもほぼ同じ状態を確認できます(以下サイト)。
追記(8月9日):
全銀協のデータでみると、7月末で貸出金は対前年同月比3.3%まで伸びが上がってきていますね。
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