米国を含む先進国経済は「長期停滞(secular stagnation)」に陥っているのかもしれない、という提起で話題をよんでるローレンス・サマーズが、それに対する処方箋をロイターコラムで語っている。
それを読んで分かった。
ちょっと回りくどい表現をしているが、これはアメリカ版の「3本の矢」である。
処方箋↓ 1月6日
http://jp.reuters.com/article/jp_column/idJPTYEA0503B20140106?pageNumber=1&virtualBrandChannel=14162
長期停滞について↓ 2013年12月16日
日本語記事引用:「 長期的停滞という課題は、単に適度な成長率を達成するのではなく、金融面で持続可能な方法で、それを達成しなければ解決できない。それでは何をなすべきなのか。政策当局者は基本的に3つのアプローチの中から道を選ぶことになる。
第一のアプローチは、経済が抱える根深い供給面のファンダメンタルズとされるものに重きを置く。すなわち労働者の職能、企業のイノベーション能力、構造的な税制改革、社会保障プログラムの長期的持続性の確保といった問題だ。いずれも政治的には難しいとしても、一見して魅力的だし、実際長い目で見て経済の健全性確保に大いに寄与するだろう。しかし向こう5年から10年という期間では、大きな成果が期待できそうもない。」
これは長期的な成長戦略とそのための構造改革政策(アベノミクスの成長戦略に相当)のことだ。供給面での革新と成長力増進が目的である。 もっとも現状は需要不足であるから、長期的に供給量をアップさせる本件政策には、短期的な効果は望めないと言っている。ごもっともである。
もっとも長期的な成長力増進が期待されるようになると、現在の消費が増えるという間接的な効果は(それがどれほどかはともかく)あり得る。
「近年の米国の政策を支配してきた第二の戦略は、金利と資本コストを可能な限り引き下げながら、金融安定化は規制政策に頼るというものだ。こうした方策を講じなかった場合に比べ、経済が現在ずっと力強さを増し、健康を取り戻したのは疑いようがない。しかし成長率を大幅に下回る金利に長期間にわたって大きく依存する成長戦略は、大規模な金融バブルの出現とレバレッジの危険な蓄積を約束しているも同然だ。」
これは量的金融緩和政策(アベノミクスの大胆な量的金融緩和に相当)と金融規制改革のことを言っている。やはり副作用として資産バブルのリスクを懸念している。
「第三のアプローチ──これが最も有望だ──は、妥当な成長率と妥当な金利が併存できる状態を回復させる政策を通じ、所与の金利水準における需要水準を引き上げる方針を確約し続けることだ。まずは政府支出と雇用が毎年減少し続けるという悲惨な流れに終止符を打ち、経済の供給力が余っているこの時期をとらえてインフラの更新と補強を行うことだ。供給力の余剰がいかに経済の長期的潜在成長力を損なったかを踏まえるなら、政府が過去5年間にもっと投資していれば収入に対する米国の債務負担は今ごろもっと低くなり、将来の納税者に負担を課すこともなかった可能性は非常に高い。
需要の引き上げは、民間支出の促進を図ることも意味する。」 これは公共事業を含む政府支出の増加による需要創出政策(アベノミクスの機動的な財政政策に相当)のことだ。 ただし財政赤字の一層の拡大という制約が生じる。
アベノミクスは「3本の矢」の中でどれが一番望ましいか、あるいは重要かは特に優先順位を示していないが、サマーズ氏が公共事業を含む財政支出増加による需要創出を「最も有望」と言っている点が特徴だ。
従って財政赤字拡大を伴う財政支出増加による景気刺激策を嫌悪する米国の保守派から、サマーズ氏が叩かれている構図が良くわかる。
本件に関連した私のロイター社コラム(2013年12月17日)は以下サイト
追記(1月11日):サマーズ氏は11月のIMFでの講演では「長期停滞」を引き起こし得る諸要因について具体的に語っていなかったが、上記の12月のロイター掲載論考(英文)ではその点について語っているので私自身のノートとして以下に英文と私の和約を記載しておこうか。
quote: "There are many a priori reasons why the level of spending at any
given level of safe short-term interest rates is likely to have declined.
These include (i) reduced investment demand, due to slower labor force growth
and perhaps slower productivity growth;
(ii) reduced consumption demand, due to a sharp increase in the share of income
held by the very wealthy and the rising share of income accruing to capital;
(iii) on a global basis increased savings and increased risk aversion,
as governments accumulate trillions in liquid reserves;
(iv) the continuing effects of the financial crisis, including greater costs of financial
intermediation, higher risk aversion, and continuing debt overhangs;
(v) continuing declines in the cost of durable goods, especially those associated
with information technology, meaning that the same level of saving purchases more
capital every year; and
(vi) the observation that any given real interest rate translates into a higher after tax
real interest rate than it did when inflation rates were higher. Logic is supported by
evidence.
For many years now indexed bond yields have trended downwards.
Indeed, U.S. real rates are substantially negative at a five-year horizon."
和訳:
任意の短期金利の水準に対応する支出水準がなぜ低下してしまったのかについては幾つもの原因が推測でき、以下の要因が含まれる。
①労働力の伸び率低下とおそらく生産性上昇率の低下による投資需要の減少、
②富裕層の所得シェアの急激な増加と資本分配率の上昇による消費需要の減少、
③海外の諸政府の外貨準備の累積による世界的な貯蓄増加とリスク回避姿勢の強まり、
④金融仲介コストの増加、リスク回避姿勢の強まり、引き続く過剰債務などを含む直近の金融危機の後遺症、
⑤とりわけ情報技術と関わる分野での耐久財コストの継続的な低下(同じ貯蓄で毎年より多くの資本財を購入できることを意味するからである)、
⑥インフレ率が高かった時よりも、実質金利水準は税引き後では高くなっているという認識。
こうしたロジックには証拠がある。何年にもわたってインフレ連動債の利回りは低下してきた。実際のところ、米国の実質金利は5年間にわたってかなりマイナスである。
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サマーズが所得格差の拡大と資本分配率の趨勢的な上昇(労働分配率の低下)を要因のひとつにあげている点は、デフレ要因との関連でも注目しておきたい。
近著「稼ぐ経済学~黄金の波に乗る知の技法」(光文社)2013年5月20日