日本経済新聞Web版に田村正之編集委員の記事が掲載され、私もコメント引用で登場しているので、コメントを付してご紹介しておこう。青字が引用文、黒字が私のコメント。
「6年後に再び1ドル=80円台という警鐘」田村正之 2013年2月17日
引用:「貿易赤字の定着で「長期では円安」という見方があたかも決定事項のように語られがちだ。その中で大和総研は今月、6年後以降は再び80円台に戻るという中期見通しを出した。エコノミストの間で「現在の為替はすでに実質ではプラザ合意前と同じ円安で、やがて円高方向に修正されそう」という見方があることと整合的だ。・・・・大和総研では今後10年の予測期間全体でも日本のインフレ率は米国をほぼ一貫して下回り、円高圧力が働き続けるとみる。」
米国のインフレ率>日本のインフレ率が長期で継続するという想定に立つ限り、「長期では円高回帰」以外の予想はあり得ない。 ただし私としては、米国インフレ率=日本インフレ率となるシナリオも排除していない。双方ともCPIで1~2%というのは、現状すでにそうなっているが、短期ではなく長期に持続しても不思議ではない。
ただし米国インフレ率<日本インフレ率が趨勢的に実現する可能性は、現時点では予想の埒外(らちがい)、根拠の乏しいシナリオだと思う。 超円安シナリオ(1ドル=120円以上)は短期・中期のタイムスパンでは可能性が乏しいが、日本の政府債務問題に赤信号が灯り、日本国債にリスクウレミアムがのって暴落するようなリスクシナリオが将来起こってしまった時に現実的な可能性となると思う。現時点でそのシナリオの蓋然性が最も高いと予想するのは、日本衰亡論者の煽りでしょ。
「国際通貨研究所の調査部長を経て現在は龍谷大学教授の竹中正治氏は「為替は期間(短期か長期か、注:竹中)によって決定要因が変わる。個人は自分がどんなタイムスパンで外貨建て投資をするのか明確にし、それに合わせた戦略をたてたい」と話す。」
毎度弊著作で強調していることですね。
「一方であたかも決定事項のように語られているのが、「貿易収支が赤字に転じたのだから長期的に円安になるのは当然」という考え方だ。」
「小林氏は「もちろん貿易収支は為替に影響を与えるが、それは短中期の要因。長期ではインフレ率格差というのがスタンダード」と話す。竹中教授も「貿易・経常収支は様々な為替要因の一つにすぎないし、それだけを過大視するのは疑問。実際、米国の経常赤字は1990年から2000年代前半までほぼ一貫して拡大を続けたが、米ドルの実効相場はこの間、逆にほぼ一貫して上昇を続けていた」と指摘する。」
ドルが円高・ドル安のトレンドを1970年代以降長期にわたって辿ってきたのは、長期にわたって米国が貿易、経常収支赤字だからだと思っている人が多いが、2重の意味で勘違いだ。
第1に、ドル円相場=ドル相場という見方が間違い。 上記の引用コメントの通り、90年代から2000年代初頭にかけて長期にわたってドルの実効相場は名目でも実質でも上昇した。
第2に、その間、米国の経常収支は実額でも、GDP比率でも赤字拡大を続けた。経常収支赤字の調整(縮小)局面にシフトしたのはようやく2007年以降だ。今もそのトレンドが続いている。
「インフレ率格差を背景にした考え方で、購買力平価と少し違う形で為替の水準を示すのが「実質実効レート」(グラフC)だ。「その国の貿易競争力は名目レートではなく実質実効レートで見るのが一般的」(伊藤元重東大教授) 「実効レート」というのはドルだけでなく、ユーロや中国人民元など貿易のある通貨を加重平均し総合的に計算すること。」
「日本の実質実効レートは時期により円高、円安にかい離するが、長期的には中心ゾーンに回帰することを繰り返してきた。ちなみに実質実効レートが長期では中心に回帰するのは、大半の国の通貨でも同じだ。」
実質相場指数=名目相場/PPP
PPP=起点時点の名目相場×(自国の物価指数/外国の物価指数)
レートの表示建値:1外貨=**円
物価指数は起点時点を100として計算する
弊著で強調している通り、名目相場がPPPを中心に乖離と回帰を繰り返すということは、実質相場指数はその長期の平均値からの乖離と回帰を繰り返すということと同じである。
実質実効相場というのは、上記の計算による自国と各国の為替相場の加重平均値だ。加重平均のウエイトには通常、当該国の貿易に占める相手国のシェア(比率)が使用される。
ただし現在日銀や国際機関(OECDやIMF)が使用している実質実効相場指数は、消費者物価指数を使用している。この点で私はその有効性に疑問を抱いている。というのは相対的購買力平価原理は貿易財について成り立つと昔から考えられているからだ。
従って非貿易の国内財やサービスの比重が高い消費者物価指数で計算したPPPを名目相場の参照データ(乖離と回帰を繰り返す趨勢的な中心水準)とすることに難点がある。だから、現行の実質実効相場について、長期で平均回帰の現象が出るかどうかは???である。
もっとも貿易財物価指数や貿易財の比重が高い生産者物価指数、企業物価指数を計測・公表しているのはほとんど先進国のみで、多くの途上国ではデータの使用ができないので、消費者物価指数による実質実効相場が公表されているというのが実情だ。
なお関連して、消費者物価と貿易財価格の関係については、国際経済学では有名なバラッサ・サミュエルソン効果が知られている。以下参考まで。
「例えば実質実効レートについて「従来のような中心方向への回帰はおきにくいかも」(経済産業研究所の森川正之副所長)との指摘も出ている。「日本製品の競争力(交易条件)が落ちている中で、実質実効レートのトレンドが円安方向にシフトし始めている可能性がある」(森川氏)」
森川氏は、一国の交易条件=輸出物価/輸入物価と実質実効相場の相関関係を強調している。
以下論考参照
これを見ると交易条件と実質実効相場の乖離がリーマンショック後の急速な円高で起こっている。
そしてその乖離は2012年暮れ以降の円安で修正された(乖離幅がほぼ解消した)。
両者の乖離については、細川氏が述べている通り、「実質為替レートは交易条件(輸出価格/輸入価格)と密接な関係がある。貿易財のみを考慮した最も単純な二財モデルでは、実質為替レートは交易条件と定義上等しい(小宮・森川, 1995)」、この点がポイントだ。
つまり現行の消費者物価指数で計算された実質実効相場と交易条件の乖離とは、消費者物価の変化と貿易財物価(輸出物価、輸入物価)の変化の乖離だと言える。それが直近の円安で修正されたということになる。
また、実質実効相場(以下日経新聞の掲載図参照)で見て現在の円相場が1980年代前半並みの円安水準だからと言って、日本の輸出産業が当時と同じくらい円安メリットを享受できている(らくちんしている)というわけでは必ずしもない。 輸出産業(企業)にとって採算上問題となるのは、販売価格と仕入れ部品・原材料・エネルギーなどの相対価格(=交易条件)の変化である。
輸出販売価格が仕入れ原材料・エネルギー価格に対して相対的に低下すれば(=産業・企業レベルの交易条件の悪化)、実質実効相場が円安でも採算は苦しいし、逆ならば円高でも収益的に問題はない。その点、2000年代以降のトレンドは輸出価格の下落基調、原材料・エネルギー価格の上昇基調なので輸出産業(企業)は収益的に苦戦を強いられてきたと言える。
この点で森川氏の上記論考の指摘、つまり実質実効相場で極端な円高ではない(2012年10月時点)から、輸出企業に為替相場の問題はそんなにないはずだというのは間違っているという指摘は妥当だと思う。
「「長期円安確定」とみて老後の資産の多くを外国債券や外貨建て投資信託にしている極端な人も見られるのが現状だ。」
F巻さんに煽られた方々かな?(^_^;)
追記:書き忘れたから書き添えておきます。2月の初めに述べたとおり、今の相場は短期では「もしかしたら100円割れもあるかな・・・?という円高リスク」です。CGOIMMの非商業筋の円売り持高も、ピーク時の半分程度に縮んで推移していますね。 以下参照
近著「稼ぐ経済学~黄金の波に乗る知の技法」(光文社)2013年5月20日