米国の量的金融緩和の縮小、さらに将来の利上げ展望が、新興国経済から資金流出を引き起こし、経済の不安定化を招いているという批判、あるいは懸念が一部の論者から繰り返されている。経常収支赤字が大きく、インフレ率が高い「脆弱な5カ国(インド、ブラジル、インドネシア、トルコ、南ア)」がこの点で最も不安視されている。
 
経済学者でかつインド準備銀行(中央銀行)の総裁であるラグラム・ラジャン氏がこの種の批判の代表的存在だ。同氏は先進国の中央銀行の金融政策は途上国経済にもっと配慮した国際協調の下に行われるべきだという趣旨の主張を繰り返している。
 
しかしながら問題となる途上国からの資金流出は、FRBバーナンキ議長が量的金融緩和の縮小を示唆した昨年5月よりずっと以前から起こっており、途上国経済の不安定化を量的緩和の縮小に直接結びつける説明は不正確な認識であると私は昨年7月に以下のロイター社コラムで述べた。
 
ところで途上国からどのような投資家や金融機関が資金を引き揚げているのか。この点は上記コラム執筆時には主要な国際機関などの関連データが未発表だったので大雑把な推測によらざるを得なかった。その後データが公表され見えてきた事実があるので以下ご説明しよう。
 
国境を超えるマネーフローには、直接投資、銀行ローン、証券投資(株式投資と債券投資)などがある。直接投資は企業経営権を伴う形で長期の事業として行われるものであり、短期・中期の金利や景況次第で引き揚げられるということは一般にはない。したがってここで問題になるのは、銀行ローンと証券投資のフローだ。まず銀行ローンの面から見よう。
 
対象債務国としては、上記の「脆弱な5カ国」にアルゼンチンを加えた6カ国について見てみよう。上段の図は欧米日の銀行による6ヵ国向けの与信残高を債務国別に示した。2011年をピークに減少に転じている。
 
中段の図は6カ国向けの欧米日の銀行の与信残高(BISデータ)の推移である。ひと目でわかる通り、2000年代に6カ国向け与信残高を急増させたのは欧州銀行であり、2008年の危機後にいったん減少するが、2011年にかけて再度増加してピークとつけた後、減少に転じている。
 
対象6カ国への与信全体に占める比率で欧州系銀行の比率は圧倒的で、2013年9月時点で欧米日の銀行全体の72%を占めている。
 
その欧州系銀行の与信残高はピーク時2011年6月の9082億ドルから2013年9月の7856億ドルに1226億ドル(約12.5兆円)減少している。一方、米国の銀行のそれは同じ期間に2259億ドルから2064億ドルに195億ドル(約2兆円)の減少、日本の銀行は944億ドルから957億ドルに13億ドル(約1300億円)の増加だ。
 
「米国の量的金融緩和で供給された資金はドルだから米銀がやっていることだろう」と多くの方はイメージしていただろうが、実はそうではない。銀行与信について見る限り、途上国からの資金流出とは欧州系銀行の与信回収に他ならないのだ。
 
もちろん欧州系銀行の与信回収の背景のひとつには金融危機後の自己資本規制(バーゼル2)強化への対応などのために、2000年代に膨張した与信残高を圧縮せざるを得ない事情が働いている。
 
また欧州系銀行の6カ国への与信急増は、リーマンショック後の米国の量的金融緩和以前から始まっていることにも注意しておこう。図を見て明らかな通り、それは2005年頃に始まったトレンドである。興味深いことに2001年以降の6カ国の経常収支の変化と当該諸国への海外銀行与信の増減には、高い相関関係がある(下段の図)。つまり銀行与信が増えると1年のタイムラグで6カ国の経常収支赤字が拡大する関係が見られる(逆は逆)。
 
最後に冒頭の政策論について私の意見を言うと、途上国の政府としては、米国の量的金融政策の結果、海外銀行からの自国企業や機関の借入が増えて国内信用膨張し過ぎることが問題ならば、海外銀行からの借入を規制すれば良いだけのことだ。あるいはもし国内の金融自由化政策の方針上、そうした規制はしないことにしているならば、海外からの資金流入によって自国通貨が上昇するからそれを放置すれば、輸出減⇒国内景気抑制となって国内の信用膨張も抑制される。だから先進国の金融緩和に責任をなすりつけることは奇妙な議論なのだ。
 
それでは証券投資フロー(債券、株式投資)の変化はどうか?この点は銀行与信よりもやや複雑である。この続きは近日掲載予定のロイター社コラムでご説明しよう。
 
追記:関連のロイター論考、本日4月21日午後、掲載されました。↓
 
 
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