ローレンス・サマーズ氏が昨年11月にIMFの会合で語って話題となった「長期的停滞論
(secular stagnation)」について、同氏の最新の論文を読んだので、コメントを付してノートにしておこうか。
Lawrench H.Summers "U.S. Economic Prospects: Secular Stagnation. Hysteresis,
and the Zero Lower Bound" Business Economics, National Association for Business Economics
Vol. 49 No.2
本件テーマについては、まだ同氏のIMFでの手短な講演録だけの段階だったが、トムソン・ロイター社のコラムでふれたことがある(2013年12月、以下)。
上記コラムからの引用:「 講演内容を一言で要約すると、リーマンショック以降、短期金利をゼロ近傍まで下げ、かつてない量的な金融緩和政策(非伝統的金融政策)で実質金利がマイナスになる状態を09年以降続けているのに雇用の回復が遅く、インフレ高進の気配すらないのはなぜかという問題提起だ。
そうした状況を説明するひとつの仮説として、「自然均衡利子率が大幅なマイナス水準に落ち込んでいる状況を考えてみよう」と同氏は語っている。自然均衡利子率とは様々な商品の需給が均衡し、完全雇用と資源の効率的な配分が実現している状態での実質金利である。
もっともサマーズ氏は、現状がそうした状況にあると強く主張しているわけではない(まだ可能性の段階、仮説である)。またどのような原因が自然均衡利子率のマイナス状態を引き起こし得るのかについて同氏は、講演ではほとんど語っていない。」
今回の論文でも、「自然利子率の低下を伴う潜在成長率の低下」は依然として仮説となっているが、そのようなことが仮に実際に起きているとすると、どのような要因が考えられるか、具体的に語られているので、その点を中心に以下要約して、コメントしておく。
自然実質利子率(normal real rate of interest rate)の低下が起こっているとするならば、それは趨勢的な貯蓄・投資バランスに変化(貯蓄超過・投資過小方向への変化)が起きている結果と考えられる。それを起こし得る要因として以下の6つがあげられている。(青字が要約、黒字が私のコメント)。
要因1:企業部門での負債性資金調達ニーズの減少、設備投資ニーズの減少
つまり企業部門での貯蓄超過・投資過小への変化
これは理解できる。ただし問題は企業部門のこのようなISバランスの変化が何によって起こっているかだろう。それについては後述の要因が関係している。
要因2:人口成長率の低下→労働力成長率の低下→経済成長率低下
確かに人口成長率は1950年代~60年代の平均1.5%から2010年代は0.75%程度に低下している。
しかしそれは同時に高齢化=引退人口の増加を意味するので、家計貯蓄に関するライフサイクル論を考えれば、家計部門の貯蓄減少という金利上昇に働く逆の作用も同時に起こっているはずだ。
労働力成長率の低下→経済成長率低下はわかるが、なぜそれが自然利子率の低下を招くのか?そこが明示的に語られていない。
企業の長期的な期待経済成長率の低下→設備投資減少という因果関係を想定するならば、理解はできる。
要因3:所得格差の拡大、資本分配率の上昇、労働分配率の低下→家計消費性向の低下=貯蓄率上昇
しかしこれは先日ブログにも書いた通り、家計貯蓄率は上昇していない、むしろ低下しているという事実に矛盾する。
要因4:資本財の相対価格の低下→必要な設備投資資金の減少
これは上記要因1の企業部門での貯蓄超過・設備投資の減少の要因として理解すれば納得できる。
要因5:税効果勘案後の金利水準の低下
しかしこの要因は同氏は「自分はこの説は支持しない」と言っている。
要因6:海外政府による外貨準備積み上げ傾向→米国の財務省証券購入→金利低下
つまりグローバルな貯蓄超過・投資過小が米国の趨勢的な金利水準を引き下げているという以前バーナンキ氏が主張したglobal saving glut説。この要因が短期・中期の名目金利水準に影響を与えることは理解できるが、長期的な自然利子率にまで影響を与えると考えるのは、私は納得できない。
というわけで、上げられた諸要因の中から、事実に照らして私が賛同できる要因は、企業部門における貯蓄超過・投資過小→自然利子率の低下を伴う成長率の低下という因果関係だ。
そしてさらにそれを起こしている要因としては、資本財の相対的価格の低下、並びに同氏は明示的には語っていないが、労働力成長率の低下→期待経済成長率の低下→設備投資の減少→実際の成長率の低下という
因果関係のループ(循環)が働いている可能性であろう。
いずれにせよ、同氏はsecular stagnationはまだ仮説・可能性の段階であることを強調している。
人口高齢化・ベビブーマー世代の引退による労働力成長率の低下の分だけ今後の経済成長率が下がるというレベルにとどまるならば、それはもったいぶった議論をするまでもない自明の事であり、自然利子率の低下、そのマイナスの心配は杞憂に終わるだろう。
本件は今後3年から遅くとも5年で結果が見えて来るはずだ。
現在の量的金融緩和、事実上のゼロ金利政策が終了する来年以降、インフレも金利も上がらないまま推移する場合は、この仮説は信憑性が増すことになる。そうはならずにインフレも金利も上昇するなら、世紀の杞憂だったということになる。
私としては後者のケースを予想しているけどね。
追記:池田信夫氏のピケッティー論
近著「稼ぐ経済学~黄金の波に乗る知の技法」(光文社)2013年5月20日
↑New!YouTube(ダイビング動画)(^^)v