本書「システムの科学」はこの分野では名著と言われている書籍で、第1版は1978年に出版され、私が読んだのは原著1996年(邦訳99年)の第3版だ。 大幅に改定されていることは読めばわかる。
また「この分野」と言っても、それをひと言で表現する適当な単語がないほど実に学際的な内容となっている。 
 
著者ハーバートAサイモン氏はカーネギー・メロン大学のコンピューター科学・心理学の教授で、1978年ノーベル経済学賞の受賞者でもあるが、2001年に亡くなっている。 コンピューターから心理学、経済学まで専門にし、そのどの分野でも世界トップクラスの学識と実績・・・・いやあ、天を仰ぎみるような存在だ。
 
で、「この分野」というのは、企業、政府などの人間組織から経済システム、コンピューターまで人工的に作られたシステムの科学的研究とはどういうものであるか、自然現象と何が違って、何が同じか、そうしたテーマを語っている。 
 
本書全体の概要を語るのは荷が重いと言うか、絶品ぞろいのフルコースを食べた後で、「ちょっと手短に説明」するようなつまらなさを感じるので、私の問題関心である「市場現象」とりわけ「投資活動」の視点からビビビと感じた個所をテイク・ノートしてコメントしておこう。
 
個所は第6章「進化する人工物のデザイン」「フィードバック」(p178-179)だ。
 
引用:「進化の過程でつくられてきた人間の手によってつくられてきた適応システムのほとんどは、未来に対応するのに、予測というものに頼っていない。外界の変化を処理する2つの補完的なシステムは、しばしば予測よりもはるかに効果的である。
 
すなわちその1つは、システムを外界の影響から守るホメオスタシス(恒常性)のメカニズムであり、もう1つは、外界の変化に適応していく事後的なフィードバックのメカニズムである。
 
たとえば工場は、在庫のおかげで、ごく短期の商品受注の変化に左右されずに生産を行なうことができる。肉食動物は、筋肉組織内にエネルギーを蓄えているので、捕食の機会の不確実性に対応することができる。・・・・ホメオスタシスのメカニズムは、環境の短期的な変動に対応する場合に有効であり、したがって短期予測の必要性をなくしてしまう。
 
他方フィードバック・メカニズムは、システムの望ましい状態と実際の状態との間の差異を継続的に応答することによって、予測を用いることなく環境の長期的な変動にシステムを適合させるものである。 環境の変化がどの方向に変化しようとも、フィードバック調整は多少の遅れを伴いつつ、その変化を追っていく。
 
予測がある程度合理的にできる分野では、予測制御とホメオスタシスおよびフィードバックの2つの方法を結びつけることによって、環境に対するシステムの適合性を、さらに改善できるのが普通である。・・・・不正確な予測データをあまりまともに取り上げると安定性を失わせるようなことにもなりかねないので、予測の精度が高くない場合には、フィードバックだけに頼ることにして、予測を全く省略してしまう方が良い時もしばしばある。」
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投資戦略のことは明示的にはここでは語られていないが、私がもっとも適応的とイメージしている投資方針のエッセンスがこの一連の文章で語られている。 どういうことか? 私の著作「稼ぐ経済学」を、その含意まで汲み尽くして頂けた方は、お分かりになるのではなかろうか。
 
各種の市場相場の先行き、上がるか下がるかは所詮不確実だ。「専門家」と言われるアナリストやストラテジストの予測も、極めて精度の低い予測でしかない。 
 
ただし常に全く予測不可能という状態でもない。ある程度の蓋然性で資産価格の割高(将来は下がる)、割安(将来は上がる)という判断ができる局面も時々はある。
 
そういう市場の本来的な性質を前提にすれば、投資家の適応戦略としての合理的な投資手法はどのようなものになり得るか、これが私の一貫した問題意識だ。
 
株式銘柄の分散から、長期債券と株式、不動産などポートフォリオのリスク分散方針は、短期的な変動に資産価値が過度に揺さぶられることを防ぐという意味で、ポートフォリオのホメオスタシス(恒常性)を維持する操作だ。
 
投資家のリターン向上のためには、安く買って高く売ることが必要であるから、長期的な相場変動の波の中で、相場が著しく高くなった局面では段階的に売り上がる。大きく下がった場面では段階的に購入する。これは長期的な相場変動に対応してポートフォリオのなかみを少しずつ事後的に修正するフィードバック操作である。
 
一番不適応な操作方針は、本来不確実な環境であるにもかかわらず、「上がりそう?下がりそう?」という精度の極めて悪い短期予想に依存して売買を繰り返すことだ。その結果、ポートフォリオの価値は過度に不安定化し、その安定的な成長を損なってしまう。
 
このように言い換えると、上記の一連の説明は私のイメージする投資戦略にぴたりと当てはまる至言のように感じるのだ(^。^)