多くの標準的な経済モデルは、なんらかのショックで経済の諸変数が均衡から乖離しても、価格と需給の自由な調整が働くかぎり均衡点にもどる・・・そういう形になっている。
しかし現実の経済現象、相場現象はファンダメンタルな均衡水準(その水準自体、時間と伴に変化する)からの乖離と回帰を繰り返す。 このファンダメンタルな水準からの乖離がすべて外生的なショックだとは考えがたい。むしろ多くの場合、ファンダメンタルな水準から乖離する内生的なメカニズムが働いているはずだ。これが大雑把に言って、私の基本イメージだ。
ファンダメンタルな均衡点からの乖離と回帰を繰り返す、そういう具合に相場現象を説明するモデルは、少ないけどもある。為替相場について、そうしたモデルの例が「ドーンブッシュ・モデル」(別名オーバーシューティング・モデル)だ。
以前勉強したけど記憶が薄らいでいたので、私自身の復習として以下に整理しておこう。為替相場にご関心のある方には参考になるはずだ。(テキストとしては、岩本武和著「国際経済学、国際金融編」ミネルバ書房、2012年、第3章を参照。 ちなみに岩本先生は京都大学経済学部教授で私の2012年の博士号申請について主査を引き受けて下さった方。ご関心のある方は本書ご購入ください。)
まず方程式が2つ
i=i*+(Se-S)/S ① (わかりやすく期間1年の想定)
M/P=L(Y,i) ②
i 自国金利(ここでは日本円金利)
i* 外国金利(ここでは米ドル金利)
S 現在の為替相場(1ドル=**円表示)
Se 将来の期待為替相場
M マネー供給量
P 物価
L 貨幣需要
貨幣需要はY(生産量、総所得)とi(円金利)を変数にしており、Yとは正の相関、iとは負の相関
M/Pは実質マネー供給量を意味する。
①式はいわゆるアセット・アプローチであり、ドルでの運用と円での運用が為替相場の変動を介してイコールになる金利平価原理を示している。
②式は貨幣市場の均衡条件、ただし短期と長期では変数の読み解きが異なる。
短期:価格Pの硬直性(粘着性)を想定しており、Pは不変で、例えば金融緩和でMが増加すると i は低下する(逆は逆)。
長期:PはMと比例的な関係で変化する(貨幣の長期中立性)。
具体的な数字例で考えた方がわかり易いので、 i=2% I*=2% S=100(円) Se=100(円)を起点にやってみよう。
ステージ1:まず日本で金融緩和が行なわれ、M増加、i は2%から1%に低下するとしよう。
するとドル円相場は日米金利差の拡大に対応してドルが上昇する(S:100→101)
ここで金融緩和によるMの増加が一時的なもの(将来また戻る)と予想されると、これだけで終わってしまうのだが、もしMの増加が恒常的なものと予想されるなら、円通貨の将来の減価が予想され(円の購買力の減少・物価上昇の予想)、将来の期待ドル円相場Seも円安方向に変化する(例えばSe:100→101)。
ステージ2:そうなると、①が成り立つためにはSは更にドル高・円安に変化しなくてはならない。S:101→102
ここまでが短期の変化だ。
ステージ3:さらに時間が経過して中長期になると、PはMの増加に比例して上昇し、実質マネー供給量M/Pはもとの水準に減少する。
これに対応して円金利 i も元の水準に戻る。i : 1%→2%
この円金利上昇に対応してドル円相場はSはドル安・円高に戻る。 S:102→101
従って101→102の部分が短期的なオーバーシュートである。値幅が小さい感じるだろうが、これは期間1年、金利変化1%の想定でやっているからにすぎない。もっと長い期間の運用(期間数年物の債券など)を想定し、で金利の変化幅も大きくすれば、値幅も大きくなる。
このように考えると、現在の黒田緩和による円安はステージ2にあることになり、今後物価上昇が進み、円金利が戻る(上昇する)局面では円高に揺れ戻すということになろう。
ただしドルについては円より先に来年ステージ3(ドル金利上昇局面)に移行すると見込まれているので、この点ではドル高方向への力がさらに働く余地が残っている。 そういう意味で、円とドルの金融緩和とその終了のステージのタイムラグが、来年もう一段のドル高に作用するチャンスがあると考えるのは、理にかなっているとも言えようか。
近著「稼ぐ経済学~黄金の波に乗る知の技法」(光文社)2013年5月20日
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