本日12月25日の日経新聞「経済教室」で日銀副総裁の岩田規久男氏が、黒田総裁の下での量的質的金融緩和政策(以下QQEと表記)の中間評価を語っている。
 
ご承知の通り、岩田氏は経済学者としてリフレ政策によるデフレ脱却を一貫して説き、安倍内閣の掲げる「大胆な金融政策でデフレ脱却」を実施するために黒田総裁とセットで日銀副総裁に登用された方だ。
 
最後の部分で次のように述べている。
「評価が分かれる第三のポイントは『金融政策が実体経済に影響するまでには時間がかかる』ことへの理解不足である。金融緩和を行う場合、名目賃金よりも物価が先に上がるため、当初は実質賃金が低下する。しかし、実質賃金の低下が企業の雇用需要を増加させることで雇用者が増え、失業率は低下するのである。
雇用需給がタイト化するにつれて、名目賃金が上昇し、実質賃金の低下圧力が和らぎ始める。さらに、生産が拡大すると雇用者もより効率的に働けるようになるため、労働生産性も上がる。こうして、最終的に実質賃金は上昇に転ずることになる。」
 
2013年度いっぱいは、株価の上昇、円安を背景にした企業業績の急回復、実質GDP成長率の上昇など順調で、経済政策面ではリフレ派の圧勝の展開かと思われていた。 ところが今年4月の消費税引き上げ以降、「一時的」と考えられていた消費税増税後の消費減退が想定以上に長引き、2014年7-9月期のGDPはまさかの-1.9%(年率換算)(4-6月期は-6.7%)でミニ景気後退と言われても仕方がない状況となった。
 
その結果、アンチリフレ派の論者も息を吹き返したようで、「ほれみたことか。やっぱりダメだ」の声が大きくなった。12月の総選挙でも民主党から共産党まで、「アベノミクスの下で実質賃金の伸びはマイナスで国民大衆の生活は苦しくなっている」とうったえたわけである。
 
もっとも名目の賃金の変化はプラスであり、実質賃金がマイナスとなっていることのほとんどの原因は、2014年4月の消費税増税によるものなのだが、政治の場ではそれも含めて結果が問われるのはやむを得ないとしようか。
 
当然ながらそうした状況を念頭に岩田氏は上記の文章を書いているのだが、まとめると以下の通り。
 
短期から中期の過程:物価が先に上昇(実質賃金は低下)→雇用の増加
             →労働市場の需給タイト化→名目賃金の上昇→実質賃金の回復
中期から長期の過程:労働生産性の上昇に見合った実質賃金の増加
 
岩田氏が述べている上記のプロセスは、経済学を学んだ者にとっては常識的なロジックであり、言いわけでもなんでもない。問題は実質賃金の回復・増加という結果が、現実にいつ頃から、どの程度に起こるかどうかだ。
 
足元の変化を見ると、この点で2015年に向けて期待しても良さそうな変化が既に起こり始めている。
下図上段は失業率と雇用者報酬(名目)の前年同月変化(%)の推移である。失業率の低下が続き、雇用者報酬の変化が2013年以降プラスになってきているのがわかる。
 
両者の相関関係を見るために、散布図にしたものが下段の図だ。これは失業率と名目賃金(インフレ率を使用する場合も多い)のトレードオフの関係を描いたフィリップス曲線に他ならない。
 
フィリップス曲線については、それが成り立つかどうかを巡って、新古典派的立場の論者とケインジアン的な立場の論者で1970年代から論争がある。極めて大雑把に言って、前者はこの関係性について否定する立場であり、後者は肯定的だ。
 
ともかく日本の失業率と雇用者報酬(名目)の関係で見ると、長期的にも右肩下がりのトレードオフが成り立っているように思える。
 
下段の図の青は1981-1994年の期間、緑が1995-2012年第3Q、赤が2012年第4Q-14年第3Q(アベノミクス期)である。
 
一目でわかる通り、90年代前半以前に比べると90年代後半以降は右下方での分布となり、近似線の傾きも小さくなっている。つまり相対的な低成長・高失業・賃金デフレの分布になっている。
 
ただし2012年第4Q以降の赤の分布は、フィリップス曲線を左上方に向かってよじ登る変化となり、すでに90年代後半以降の分布領域の中では最も左上方の位置に近づいている。
これが2015年に向けた吉兆である。
 
もちろん1980年代の領域に戻るとは思っていないが、2015年以降、雇用者報酬(名目)伸び率が2~3%、失業率3%台で安定することができれば、フィリップス曲線上で見る限りデフレ領域からの脱却として勝利宣言として良いのではなかろうか。
 
追記(12月28日):縦軸を消費者物価指数(除く生鮮食料品))(消費税の影響を除去したベース)にした散布図も最下段に掲載しました。 分布の形は雇用者報酬(名目)の場合と非常によく似ています。名目賃金と物価の間には強い相関関係があるということですね。
 
ただし足元で消費者物価指数は頭打ちで下がって来ています。来年はエネルギー価格の下落で消費者物価指数は頭打ちの傾向が続きそうです。日本全体として交易条件的には全く望ましい変化ですが、デフレマインドが払拭されないことが懸念されます。交易条件の改善を享受する企業は、賃金をしっかり上げて頂きたい。それがひいては日本経済全体の浮揚につながるわけですから。
 
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