地域間格差は拡大しているか?
言うまでもなく戦後歴代の政権は東京を中心とする都市部と地方の格差を問題にし、何かしらの「地方経済の活性化」の政策を掲げてきた。安倍内閣も「地方創生」を掲げ景気回復の地方への波及を唱えている。
ところが奇妙なことに地域間格差に関する統計データに基づいた実証的な議論が国会など政治論戦の場で示されることは、私の知る限り極めて稀だ。東京は景気が良くても地方の商店街では「シャッター通り」などが増えており、格差拡大は自明の事実だと言わんばかりである。
内閣府が国民経済計算(GDP統計)としてウェブサイトで公表している「県民経済計算」で47都道府県の県民1人当たりの平均所得推移を2001年から見ることができる。平均県民所得(名目)のトップは毎年東京である。2位と3位には多少の出入りがあるが、静岡、愛知、滋賀などが並ぶ。一方、平均所得下位には、沖縄、高知、宮崎、鳥取などが並ぶ。
そこで各年の平均所得上位3つと下位3つの都道府県の平均値所得の倍率を見てみよう(下図の赤線、右メモリ)。すると景気の回復期の2003-07年には倍率が上昇し、上位と下位グループの格差が拡大する。
逆に景気下降・不振期の2008-11年には倍率は低下し、格差の縮小が見られる。注目すべきことはデータの公表されている2011年の倍率は1.66倍であり、2001年1.76倍より低下していることだ。趨勢的なトレンドを示す近似線も右下方に傾斜している。すなわち全期間の推移を見ても趨勢的な倍率の上昇は見られなず、むしろ倍率は低下しており、格差の縮小を示唆している。
もうひとつの見方として、47都道府県の平均県民所得の変動係数を計算してみよう。変動係数とは各値(ここでは47都道府県の平均県民所得)の標準偏差(値のばらつき度合いを示す統計概念)を各年の全国平均所得で割ることで、各年の格差の度合いの変化がわかるようにしたものだ。変動係数の値が高いほどばらつき度合い(格差の度合い)が大きいことを意味する。
変動係数=標準偏差/平均値
図に青色線で描いた変動係数も景気回復期間に上昇し、景気下降・不振期に下降する傾向が見られるが、やはり上昇(格差拡大)トレンドは示していない。むしろ近似線は下げ(格差縮小)気味だ。
さて、この事実は何を意味するのか?
まず言えることは、東京を始めとする所得上位グループの所得変動は、下位グループよりも景気変動への感応度が高いということだ。つまり景気感応度の高い産業が東京など上位グループには多く、下位グループは景気感応度の低い産業や公共事業など景気対策で生じる所得への依存度が高いということだろう。
では地域間格差は拡大していないと言ってよいのだろうか。それは早計だ。というのは、平均県民所得ベースで格差が拡大していなくても、実は各都道府県内部で、地域間格差が拡大している可能性が残るからだ。
そうであるならば、地域間格差是正を目的とする対策としては、中央政府から地方政府への財政資金の移転を今より増やすのではなく、むしろ都道府県内での所得格差が縮小するような財政資金の配分変更が必要だということになる。また各都道府県内でどのような地域間格差が拡大しているのかもっとミクロの調査が必要だ。
ところが実際には、こうしたマクロ経済データは顧みられることなく、地域内のミクロデータがきちんと収集・調査公表されることも稀なようだ。「地方は景気回復に取り残されているからなんとかしろ」という政治的な主張が、統一地方選を前に中央政治でも地方からも声高に語られ、財政資金の不毛なバラマキが繰り返されていると思うのは私だけではあるまい。
追記:
格差の変化よりも、1人当たり平均県民所得の格差の大きさ自体を問題視する主張もあろうが、東京など都市部の相対的な物価の高さ、とりわけ住居費の高さを考慮して判断する必要がある。大雑把に言って、東京の住居費の高さは平均所得下位県の少なくとも倍はあろうか。
また他の先進国でも州ごとの平均所得でみた地域間格差の存在は当然であり、もしこれが均等化しなければならないなどと主張するならば、「平等原理主義」とでも言うべき極端な主張であろう。