昨年第4四半期からの原油価格の急落など海外からの資源・エネルギー輸入価格の大幅下落、これにより2015年の日本経済はかなり押し上げられるはず・・・・これはまともなエコノミストはみなわかっていることだ。 わたしも「まもとなエコノミスト」のつもりなので、この点を解説しておこうか。
交易条件が改善し始めた
まず一国の交易条件とは?
交易条件=輸出物価指数/輸入物価指数
輸出価格が相対的に上昇して、反対に輸入価格が下がるなら、一国の経済にとって所得の増加となることは明らかだろう。 ミクロではある企業の販売する商品の価格が上昇して、反対に仕入れ価格が下落するなら、交易条件は改善し、企業収益が増える。逆なら交易条件は悪化し、企業収益は減る。
以下の掲載図上段は、日銀データによる輸出物価、輸入物価、交易条件の推移だ(2015年2月まで)。 2004年頃から日本の交易条件が悪化(低下)、リーマンショック後の世界不況で資源価格がいったん暴落し、交易条件は改善するが(ただし輸出価格も急落)、その後はまた悪化を続けた。
大雑把には、この背景には中国を中心にした資源爆食による原油をはじめ資源(日本の輸入)価格の高騰があり、一方、家電製品を含む工業製品(日本の輸出)は新興国の輸出の台頭、それとの競合で価格下落の一途を辿ったからだ言えるだろう。
ところがグラフが示す通り、昨年第4四半期から、原油価格の急落でようやく交易条件の目立った改善(上昇)が起こった。直近の今年2月のデータでは交易条件は昨年第4四半期平均比10.4%も改善している。原油価格が実際の輸入価格に反映されるタイムラグを考慮すると、この改善傾向は足元でも継続していると見ていいだろう。
交易条件の変化はマクロ経済データのどこに顕れるか?
交易条件と交易利得の変化を示したのが、上から2番めの図だ。 2004年までは交易利得だったが、2005年から交易損失になっている。この図は四半期データだが実質実額は年換算で表示されており、最近では年間20兆円も日本は交易損失を被ってきたわけだ。
この図の交易条件は2014年10-12月期までのものであり(内閣府による国民経済計算データ)、上段の図で見た日銀データの交易条件が2015年1月~2月に急速に上昇している部分は含まれていないことに注意していただきたい。
では、交易条件の改善はマクロ経済データのどこに顕れるか? それを理解するためには、GDP、
GDI、GNI について理解しておく必要がある。
実質GDP:実質国内総生産 一年間に国内で生産される付加価値の実質総額
実質GDI:実質国内総所得 GDPから交易条件の変化で生じる交易利得(あるいは損失)を加減
したもの
実質GNI:実質国民総所得 上記GDI に対外的な所得(主に配当と利息)の受取と支払のネット(つま
り国際収支上の所得収支)を加えたもの (昔はこれがGNPと呼ばれていた)
つまり交易条件の変化による交易利得(あるいは損失)はGDPには現れず、GDIとGNI に含まれる。
そこで、2000年以降の3つの実質実額推移を示したのが、3番目の図だ。
黄色のGDI が青色のGDPよりも下ぶれした水準で2005年以降推移しているのは、上記の通り交易損失の発生による。また近年の赤色のGNIがGDPに近い水準で推移しているのは、GNI=GDI+所得収支であり、日本の所得収支は最近では年間20兆円近くのプラスになっているからだ。
大雑把に言って、近年の日本は所得収支の黒字年間約20兆円分を、やはり年間約20兆円規模のの交易損失で失っている状態だった。
ところが上記の通り、いよいよ交易条件が急速に改善し始めた。私の計算では交易条件10ポイントの変化で年間7.7兆円 交易利得が変化する。 2014年の3ポイントの消費税率引き上げで消費者が政府に徴収された税額が1年間で約6兆円余り(6兆円の実質所得の減少)だから、7.7兆円の実質所得の増加はそれを上回る。
既に日銀データによる2月の交易条件は昨年10-12月期より9.2ポイント(比率では10.4%)改善している。 原油価格の下落などが実際の輸入価格に反映されるまでのタイムラグを考えると、足元でも改善傾向が持続しているだろう。もし年間で20ポイントの改善が生じれば、年間の交易利得は15.4兆円プラスに変化することになる。
つまり2015年のGNI はGDP成長率をこの交易利得の改善分だけ上回ることになる。2015年の実質GDP成長率予想は1.5%前後のようだが、これに上記の交易利得改善7.7兆円が加わると、分母になるGNI は527兆円(2014年10-12月)なので、年間では1.5%ほどGNI 成長率がアップし、3%前後になる。
交易利得が社会にどのように分配されるかは賃金を含む相対価格の変化次第だ。自由経済では特定の層がそれを独占することはあり得ない。広く分散されるだろう。自動車の運転が多い方は既にガソリン価格の下落を通じて実感しているだろう。 企業収益のみでなく賃金に回る部分がかなりあることは、今春のベースアップの動向から察することができる。
というわけで、2015年は実質GNI の変化に注目しようか。メディアの報道はGDPしか報じないかもしれないが、以下の内閣府のサイトのデータには、GDP、GDI、GNI がみな掲載されている。メディアの方も、このブログを読まれたら、発表されるGDPにGNI も加えて報道すれば、内容的にひと味違うものになるだろう。
中国やブラジルなど大型途上国の成長率ダウンは中長期的なものになりそうな気配であり、原油を中心にした資源価格の高騰がすぐに再来する可能性は低そうだ。願わくば原油価格の低迷ができるだけ持続してもらいたい。
その間に新エネルギーや省エネ技術の一層の推進で、海外からの輸入エネルギー資源のコストを大幅に節約する革新を進めるのが、日本経済の長期的持続的な成長の要件のひとつだろう。
補足1:以下の野口悠紀雄氏の「原油価格の下落で2015年は実質賃金が3%超上昇する」(3月26日)も基本的に同じ事実に基づいているのだが、なにしろゴリゴリのアンチ・リフレ派の先生だから、次のように言っている点で私は同意できない。
「昨年の暮れ以降に生じているのは、原油価格の下落によって、この過程に歯止めがかかり、経済が好循環に向かい出したということである。物価下落によって経済活動が活性化するのだ。」
2012年までのデフレ、円高、株安からの転換に加えて、 交易条件の改善、交易利得のプラスの変化で2015年の日本経済に順風が吹いているのである。「物価下落で経済活動が活性化する」というのは一体どういう見識だろうか。
追記(3月30日):言うまでもなく原油価格の急落は安倍内閣の手柄ではない。政策的にはラッキーな出来事に過ぎない。ただし2014年4月の消費税引上げも安倍内閣のイニシアチブではない。民主党前政権のイチシアチブだ。 もし2012年の円高、デフレ、株安が継続したまま消費税率引き上げをやっていたら、どれほど日本経済は落ち込んだだだろうか。その点を勘案して考える必要がある。
追記その2(3月30日):「アベノミクス、あるいは日銀黒田総裁のQQEは、円安を起こすことで日本の交易条件を悪化させて、実質賃金、あるいは実質所得の減少を招いた」という趣旨の批判は可能だろうか?
実は過去10年で交易条件とドル円相場の変化(いずれも対前年同月比)の相関関係を計測すると相関関係はほぼゼロと出る(以下4番目の掲載図、横軸のドル円相場の変化はプラスがドル高、マイナスがドル安)(相関係数-0.028、決定係数0.0008)。 実効円相場で同じ計算をしても、相関係数は0.3でとても低い。つまり2013年以降の円安は日本の交易条件悪化にはほとんど影響を与えていない。原油を中心とするドル建ての海外資源価格の影響度の方がずっと高い。
1980年代には低いながらもう少し相関関係があった。なぜ相関関係が消えたのか?
外貨建ての輸出と輸入を考えると、円安で円ベースの輸入価格は上昇する。輸出も円べースの輸出価格が同じだけ上昇する。したがって外貨建て価格が変わらなければ、交易条件は変わらない。 円安で交易条件が悪化するのは、外貨建て輸入価格があまり変わらずに、外貨建て輸出価格を輸出企業が引き下げる場合だ。
しかし2000年代以降の輸出企業は、売上重視から収益重視にシフトしたようであり、円安になってもあまり外貨建て価格を下げないようだ。 その結果、円相場と交易条件の相関は低下し、ほとんでなくなってしまった。
円建ての輸出の場合は、価格を変えない限り、円安になると外貨建ての価格は低下するので、輸出数量が増加する効果が生じる。 円建ての輸入の場合は、やはり価格を換えない限り、輸入数量はは変わらない。 いずれにせよ国内の輸出企業か海外の輸出企業が価格を変えない限り円建てで見た交易条件は変わらない。
近著「稼ぐ経済学~黄金の波に乗る知の技法」(光文社)2013年5月20日
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