本ブログで過去何度か取り上げた米国株価指数S&P500を対象にしたShiller PER(CAPE ratio)について再考した結果、こういう使い方をすれば良いのではないかとようやく気が付いたので、まとめておこう。
まずShiller PERについて一から説明する手間は省くので、ご存じない方は以下のwikiでもご参照頂きたい。
またヒストリカルなデータは以下のサイトで手に入る。
Shiller PERへの代表的な批判
Shiller PERに対する代表的な批判は、ShillerPERは長期の平均値が安定していることが想定され、ある程度以上平均値から上方に乖離したら株価は過大評価(売りシグナル)、下方に乖離したら過小評価(買いシグナル)と判断するわけだが、1990年以降は明らかに趨勢的な水準が大きく上方シフトしており、割安割高の基準値としては役に立たなくなっているというものだ。
第1図を見てわかる通り、1989年までの平均値は14.6倍であり、実際の値はその平均値を中心に乖離と回帰を繰り返している。ところが90年以降の平均値は25.4倍であり、伝統的な14.6倍をベースに例えば20倍を超えたら株価は過大評価、売りシグナルと判断すると、90年代以降はほとんど売りシグナル常時点灯中となり、全く投資チャンスがないことになってしまう。
実際、考案者のロバート・シラー氏は、90年代前半にこの倍率が20倍を超えたあたりから(20倍を超えたのは92年12月)S&P500で見た米国株は過大評価されており、買い場ではないという趣旨の「警告」を発し、90年代半ばからのITバブルの投資チャンスを完全にとらえ損なってしまった。
このことは、今でも例えばバートン・マルキールが著作「ウォ―ル街のランダム・ウォーカー」でちょっと意地悪く指摘している。
Shiller PERの90年代以降の上方シフトの原因については、様々な論者が取り上げているようだが、私の知る限りすっきりとした定説があるわけではないようだ(あまりきちんとこの点は文献を読んでいないけどね)。
100年以上も長期にわたって同一平均値が適用できるのか?
私もShiller PERをどのように参考にしたら良いか、考えて以下のような論考をロイターに書いたことがある。 第2図はその時に図表である。赤い垂直線がその時のShiller PERの水準である。
「米国株は割高か?シラーPERの軽視は禁物」2015年2月、ロイターコラム
引用:「なぜ1990年以降にシラーPERがすう勢的な上方シフトを起こし、それが続いているのか。必ずしも明快に解き明かされていないのだが、すう勢的な企業利益水準も会計制度の変更などによって変わる。景気循環のサイクルの長さもまちまちだ。また、投資家が求める実質リターンの水準自体、過去100年以上にわたって安定しているわけではなかろう。
したがって、シラーPERの水準は各時代のそうした事情に影響を受けていると考えられる。逆に言うと、各時代にそうした事情が働いているにもかかわらず、過去100年以上にわたるシラーPERの平均値一本で割高・割安を判定しようとすること自体に無理があるのだと筆者は考えている」
要するに私の見解としては、株価指数は趨勢的な水準からの乖離と回帰を繰り返すのだが、その趨勢的な水準をShiller PERの単純な長期平均値一本で表現できると考えるのは、論理的には一貫しているかもしれないが、実践的には硬直的過ぎて不確実性の高い現実に対応できないのだ。
Shiller PER自体の長期移動平均値からの乖離を見る
それではどうしたら、良いか? 実は各方面で使用されている手法を使えばいいのだ。具体的にはShiller PER自体が様々な事情で超長期では変動し得ることを前提に、例えばShiller PER自体の10年移動平均値を計算し、この移動平均値からのその時点のShiller PERの上方、下方への乖離度で判断すれば良いはずだ。
第3図がそれを示したもので、黒の実線がShiller PERの過去10年移動平均値、上下の黄色線はその水準からの一標準偏差乖離の水準を示す。つまりShiller PERは約3分の2の確率で上下の黄色線の範囲に収まり、3分の1の確率でそこからとび出す。上にとび出した時は過大評価=売りシグナル(ピンクカラー)、下にとび出した時は過小評価=買いシグナル(水色カラー)である。S&P500の推移は赤い実線で、右対数目盛で図中に重ねてある。
これを見ると1970年代後半から80年代初頭の株価大幅割安期は青い買いシグナルが頻繁に点灯、80年代末から90年代の大半はピンク・カラーで売りシグナル、リーマンショック後に再び水色で買いシグナルとなっている。
もちろん、移動平均値として10年期間、あるいはそこからの乖離として一標準偏差で判断するのが最適という保証はない。これはあくまでも例であって、様々なバリエーションが考えれる。
実際に投資パフォーマンスは改善するか?
それで実際に上記の基準で売買をやってみて、投資パフォーマンスは改善するか、検証する必要がある。そこで1950年1月末から毎月100ドルの定額積み立てを行った場合と、同定額積立に加えて、割高(ピンク)期間は月に100ドル売り、割安(水色)期間には100ドル売った場合の投資パフォーマンスを比べてみた。
定額積立では、2017年8月25日時点で、累積投資額(81,200ドル)に対する時価資産総額(1,924,233ドル)となり、23.7倍になる。 売買を加えた修正積立方式では、累積投資額(69,000ドル)に対する時価資産総額(1,837,356ドル)となり、26.6倍となり、定額積立を上回るリターンをあげた(配当含まず)。
ただしポートフォリオのリスクを勘案する必要がある。リスク量の計測として、時価資産総額/累積投資額の月次データの前月比(%)の標準偏差を計測したところ、定額積立は3.42%、修正積立は3.43%となり、ほとんど同じである。すなわちリターンが向上した分だけ、投資パフォーマンスの向上に成功している。
ちなみ修正積立によるリターンの優位は、最初は小さいが90年代から大きくなり、2017年8月時点のみならず、90年代以降の期間を通じて修正積立のリターンが優位となっている。これは第4図表に時価資産総額/累積投資額の2つの場合の推移比較とその格差を示しているのでわかるだろう。
最後に2017年8月時点の状況については、図表3が示す通り、Shiller PERは一標準偏差の上方の淵近辺にあり、割高を示唆している。つまり既存の米株保有残高が大きくなっていれば、ちょっと売って軽くしておく方が良いよという、私の直感と整合的だ。
私自身としては、自分の目から鱗を落とした再考であるが、世界のどこかでは既に誰かが同じようなことを言っている、書いているかもしれない。日本ではいなさそうだが、米国にはいるかもしれない。
面倒くさいので検索探索しないが、どなたかもし発見したらお知らせ願いたい。
また、今回の再考の結果、ドル円相場の実質相場指数に基づく私のドル建て資産のヘッジ方針についても再考することとなった。それについては、次回ブログにて。
著「稼ぐ経済学~黄金の波に乗る知の技法」(光文社)2013年5月20日
第1図表
第2図表
第3図表
第4図表