今日の低失業率・人手不足にもかかわらず、日本の賃金伸び率の頭の重さは、賃金の「上方硬直性」とでも言うべき感じで、量的・質的金融緩和でもインフレ率が上がらない(消費者物価指数で目標の前年比+2%に届かない)障害的な要因となっていることは、コラムなどでもこれまで強調してきたことだ。
ところが、そんな日本の労働市場でも1990年以降一貫して上がって来た雇用部門がある。現金給与総額(時給換算)で見ると、雇用全体の平均では1993年から現在までに4.4%しか増えていないが、この分野では23%増加している。当該分野での雇用は拡大の一途をたどり、今では全雇用者の3割を超える。「えっ~嘘だろ。そんな分野があるのか?」
実はパート労働者の賃金である。図表1(パートタイムの現金給与総額と前年同月比の変化率)が示す通り、実にコンスタントに上がって来た。
「な~んだ。でも絶対水準が元々低く、今でもフルタイムや正規雇用の賃金に比べてずっと安いんだろ」 その通りである。
一方、図表2はフルタイム労働者の現金給与総額と前年同月比の変化率である。90年代後半にピークをつけ、2012年頃まで緩やかに減少、2013年から増加に転じたがその増加テンポは微弱だ。
この28年間にわたるパート労働の賃金上昇をどのように理解したらよいだろう。言えそうなことは次の通り。
1、もともとフルタイムや正規雇用の賃金に比べて構造的に低過ぎた水準が長期的に修正される過程にある。
2、それでもフルタイムや正規雇用の賃金に比べて低いので、雇用者全体に占めるパート労働比率の増加は、雇用者1人当たりの賃金伸び率を抑制する効果として働いてきた。
例えば厚生労働省の資料によると、2017年6月の所定内給与に基づいて正規&フルタイムと非正規&パートタイムの時給を比較すると、30~34歳の年齢層では154:100の格差、50~54歳では220:100の格差がある。以下サイト参照
3、企業がパート労働の賃金を正規雇用のそれに比べてどんどん引き上げられるのは、また景気後退で労働力に余剰が出た場合は、いつでも雇用を停止できるからだ。
特に3の点について逆に言うと、人手不足にもかかわらず正規雇用の賃金、特にベースアップに企業経営者が二の足を踏むのは、正規雇用の賃金は固定費であり、一度上げると景気後退になった時に削減が困難なので利益を圧縮する要因になるからだ。それは企業経営者や経済団体の首脳らが率直に語っている通りだ。
日本では労働者に対する解雇権はかなり厳しく規制されており、一般に企業が経営危機などに直面して解雇するしか方策がない場合に正規社員の解雇は限られていると言われる。 これが正規社員の賃金を固定費化しているわけだ。
逆に言うと、もう少し解雇権の行使を柔軟化して、米国で見られるように解雇の見返りに1年~2年分の給与を支払う条件で解雇できるような労働協定を正規雇用で普及させれば、賃金の固定費化は緩和され、人手不足時には正規雇用でも賃金が今より柔軟に上昇する余地が生まれるだろう。
それは冒頭で述べた賃金の上方硬直性を緩和し、賃金と物価の並行的な上昇、インフレ率の底上げ、金融政策の機能回復にもつながるかもしれない。
もっとも、「賃金は上がらなくても良いですから、定年までずっとこの企業に居させてください」というのが現在の日本の正規雇用層の多数派の期待・願望であるならば、正規雇用に見られる賃金の上方硬直性は、そうした多数派の期待の自己実現した結果だと言うこともできようか・・・。なさけない感じではあるがね。
注:フルタイムでも正社員と非正社員(少数)、短時間労働者(パートタイム)でも正社員(少数)と非正社員がいることに注意。
追記:(2018年8月26日)本ブログに当初掲載したグラフは、データを取り違えていることに気が付いたので正しいものと差し替え、本文の数字も修正しました。論考の趣旨は変わっていません。
図表1