Why is the center-left receding worldwide?
The Japan Timesに初寄稿しました。以下URL

以下に日本語版を掲載しておきます。


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なぜ中道左派は世界的に退潮しているのか 


世界的な中道左派政党の退潮


 日本では中道左派と目された民主党政権から自民党と公明党の連立による安倍内閣に換わって6年目となった。その間、旧民主党は党勢を立て直すどころか分裂し、左派の中核的なメンバーは現在、立憲民主党に集結しているが、支持率は自民党の2割前後の水準で低迷している。


 米国では今年11月の中間選挙で民主党が下院の過半数を取る可能性が高いと言われているが、ポリティカル・コレクトネスをことごとく破りながら当選した共和党トランプ大統領の再選を阻止できるほどの大統領候補を見いだせていない。 欧州各国でも中道左派としての社会民主勢力は退潮が目立ち、党勢を拡大しているのは極右勢力だ。 


その一方で、日米欧とも所得格差の拡大が指摘されている。所得格差を縮小するための所得再分配政策は、もともと左派が重視するものだった。それならば、中道左派にもっと政治的な支持が集まりそうである。ところが事態は反対で、中道左派が退潮しているのはなぜだろうか。もちろん各国各党固有の事情があるのだが、個別事情の違いを越えた共通の政治経済的な背景があるように思える。この問題に対する筆者の説明を提示しよう。 


エレファント・カーブが表す世界経済の構造変化


 第1は「エレファント・カーブ(象の鼻)」と呼ばれる世界経済の構造変化だ。これは代表的には米国のエコノミスト、ブランコ・ミラノビッチが提唱した世界の所得分布の変化である。経済のグローバル化が進んだ90年代以降、新興国の富裕層、中間層の所得の増加が急速に進んだ。その一方、先進国では富裕層が所得と資産を伸ばしたが、中間層以下の所得は停滞した。


これを家計の所得水準を横軸、同所得伸び率を縦軸にしたグラフに表すと、象を横から見た姿に見える。つまり最も所得水準の高い右端の持ち上がった象の鼻先は先進国の富裕層が大半を占め、下がった鼻の付け根は先進国の中間層以下、そして盛り上がった頭部は新興国の所得上位層という形になる。


こうした状況下、先進国の中間層を中心に、中国をはじめ新興国経済の台頭や移民労働者の増加に脅威を感じる人々が増えた。それがナショナリズムと重なり、移民への敵視や対外的な保護主義の声が高まっている。これがいわゆるポピュリズムの動きである。


ところが伝統的な中道左派は、民族、人種、宗教、性別の違いで人が差別されることを否定し、多様性に対して寛容なリベラルな精神を尊重して来たので、そうした移民に対する排外主義的な動きと相性が悪い。その傾向が典型的に現れているのが米国だ。


もっとも全ての国の左派が移民に寛容というほど現実の構図は単純ではなく、欧州では左派が厄介な移民・難民問題に沈黙している場合も少なくないようだ。それでも国内の不満層の支持は、安全保障や経済面での対外的な脅威論の台頭を背景に、中道左派政党よりも右の政党に傾斜している様に見える。 


現実社会のリベラル化


 中道左派退潮の第2の事情は、戦後の世界を振り返ると、先進国を中心に民族、人種、宗教、性別などで差別することを否定するリベラルな価値観が、法制度や社会の慣行として広がってきたことだ。その結果、実に皮肉なことに「リベラルである」というだけでは、先鋭的でも挑戦的でもなくなってしまった。


かつて社会に非リベラルな法制や慣行がはびこっていた時代には、既存の大人社会にそのまま順応することを潔しとしない若者層にとって、左派のリベラルな主張は抗議するための理論的な武器となった。ところが現実社会のリベラル化が進むにつれて、皮肉にも左派の主張は若者層を惹き付ける力を弱めてしまったのではなかろうか。


しかもマルクス主義の流れを汲む西側諸国の最左派は、ソ連崩壊と中国の国家資本主義経済化によってほとんど解体した。1970年代頃までは日本や西欧にあった「資本主義対社会主義」の体制選択という包括的なビジョンを左派は喪失してしまった。すなわち中道左派は、社会主義・共産主義という最左派の極を失うと同時に、現実社会のリベラル化で右への対抗軸もぼやけてしまったのだ。 


政治的な不安定性の高まり


 もっとも極右やポピュリズムが台頭する今日の状況は中道右派にとっても脅威である。日本では無党派層が圧倒的に増加し、米国では共和党の本流からは完全に異質なトランプ大統領が登場し、共和党中道派に動揺と反発が起こった。英国ではまさかのEU離脱が国民投票で多数を占めた。先進国の諸政党は左右ともに政治的な新しい軸を求めて混沌の時代に突入していると言えるだろう。


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