たけなかまさはるブログ

Yahooブログから2019年8月に引っ越しました。

2010年06月

さて、前回応え切れなかったコメントについて補足しておこう。公務員の人件費について、そんなに目立った削減余地はなかろう、と私が書いたことへ以下のような反論コメントがあった。
 
「公務員の人件費総額は年間30兆円と述べられていますが、30兆円と改めて考えてみると、ぎょっとしませんか?歳出92.3兆円から国債発行44兆円を引くと48.3兆円です。そうすると人件費の30兆円というのは借金以外の歳出の62%を占めます。それこそ景気対策の10兆円近いお金をマイナスすると、80%近くが人件費になります。」
 
公務員の人件費削減の余地にかんする私のコメントはラフ過ぎる、あるいは脇があまいものであった点をとりあえず素直に認めておこう。これは今後公務員の制度改革問題できちんと政府、国会で取り上げる必要がある。
 
私の「公務員の給与が民間に比べて高すぎるとは思わない」というのは、独立行政法人化前までは公務員だった国立大学の同クラスの教員の年俸に関する耳情報(年俸が安いのでちょっとぎょっとした)などを基に出てきたイメージ的な判断に過ぎない。
 
ただ幾点か指摘しておこうか。
まず、公務員数は約400万人、人件費総額約30兆円というのは、地方自治体を含めた全国ベースの数字である。従って、30兆円が占める分母は政府一般会計の92兆円ではなく、地方自治体の財政予算約90兆円も合計した182兆円のうち30兆円、約17%である。また、地方自治体の予算に占める人件費は総務省のこの資料の中で公表されているが、27.4%(2010年度)だ。
 
また、公務員の組織に効率化の余地がある可能性を認めるものの、単純に人を減らして効率化できない部分も小さくないことを指摘しておこうか。例えば、公立学校の教員、小中高で1学級40人の生徒数を50人に増やせば、教育サービスの労働生産性は25%上昇するだろうか。 それではどうしても教育サービスの質が低下するだろう。私はそんな教育の質の低下は亡国の道だと思う。
 
こうした状況も踏まえて、公務員の人件費にどれほど効率化余地があるかどうかは、マクロのデータだけで判断するのは、どう考えても限界があると考えを改めた。
 
この点は、地方、中央双方の公務員制度改革として政府、国会でやっていただくしかない。ただし、「公務員の人件費削減が徹底的に行なわれない限り、一切の増税に反対する」という主張にもしなってしまうならば、滝に向かって流れて行くボートの中で、滝に落ちない方向に向かってボートを漕ぐのがどちらの仕事であるかを議論するような愚かしさとむなしさを感じざるを得ない。

私も取材を受けた日経新聞の田村正之(編集委員)の日経WEB版の記事、私は2ページめに登場する。
 
私が長期の外貨投資にとって市場の為替相場と購買力平価の乖離度を見ることが大切であることを対外的に強調したのは2006年の著書「外貨投資の秘訣」(扶桑社)からだ。当時は円売りキャリーと円安トレンドの最盛期だったが、私は円相場が購買力平価から既に大きく円安に乖離しており、「円安バブル崩壊の時がやがてやってくる」「今は外貨投資なんかするな!」と強調した。外貨投資の本で「今は外貨投資なんかするな」と書いたのは、私だけだろう、と自画自賛している。
 
以来、繰り返ししつこく購買力平価は強調しているので、私の著書をご覧くださった方はご存じだろう。
日経新聞本紙でも2度ばかり「購買力平価」の概念とグラフの紹介が掲載された。
 
「購買力平価、どこで分かるの?」この国際通貨研究所のサイトをご覧いただきたい。
 
「でも外国の株や債券に投資するタイミングと為替の買い時のタイミングが合わない」と考える方がいる。その通りだ。どうする?
 
株や債券の投資タイミングと為替相場のタイミングのずれはFXトレードを利用して簡単に調整できる。具体的な方法は2008年12月の「資産運用のセオリー」(光文社)で説明したから、知りたい方は読んで頂きたい。
実際、それは私が実践している方法だ。私のドル資産(債券と株)はリーマンショック後の円急騰でも、為替損をほとんど回避できている。FXでフルヘッジにしていたからだ。今はヘッジをかなり外した。もう3割ヘッジに過ぎない。
 

財政問題は、企業の財務問題と同様にフロー(年間の赤字)とストック(バランスシートの債務超過)という2つの切り口で考えるべきものだ。ところが従来、政府部門は民間企業では当然の複式簿記によるバランスシートをつくって来なかった。
 
「それじゃあ実態が分からん!」ということになって2000年から改革の一環として政府部門のバランスシート(以下BSと書く)が、あくまでも試算だが、作成・公表されるようになった。
今日の日経新聞にも記事が出ているが、2009年度末の政府のバランスシートが発表された(財務省)。このサイトで見ることができる。
 
これによると一般会計・特別会計を合計したBSは317兆円の債務超過、さらに公社公団、郵貯など国有企業を全部合わせた連結BSでは314兆円の債務超過である。
 
ちょっとだけ解説を加えると、「公的年金預かり金」として139兆円の残高が負債(右側)に計上されている点に注目いただきたい(連結BS)。これは公的年金の積立金である。
 
「積立金なら、資産ではないのか?」 いいや違う。
 
前回も書いたとおり、これは将来の年金給付という政府の「給付義務」に充当するための積立なので負債サイドに計上されているのだ。ただし、「将来の給付義務総額=現在の積立金残高」ではない。
 
論理的に考える限り、将来の給付義務(政府の負債)は、現制度の想定の元に将来生じる給付金額を利子率で割り引いて現在価値にした総額となる。これを「給付現価」と財務省は呼んでいる。給付現価の見合いとなる財源は、(1)将来の保険料収入(国民の直接負担分)、(2)今ある積立金、(3)国庫負担分(一般会計から拠出)となる。
 
2000年10月に発表された最初のBS試算では、年金の負債計上について以下の3つの方式による試算が提示されていた。
(案1)政府が保有する年金積立金のみ負債計上し、資産サイドにはその運用残高が記載される。
(案2)現在の積立金と将来の国庫負担分のみ負債計上し、資産サイドには運用残高が記載される。
(案3)将来生じる給付額の全額の現在価値を負債計上し、資産サイドには運用残高が記載される。
 
どう考えても、案2あるいは案3の方が論理的、合理的な負債計上方式だと思うが、案1と案2では案2の方が137兆円負債額が大きくなる。案1と案3では案3の方が644兆円も負債残高が大きくなる。
 一方、案1の公的年金の積立金を負債計上するのは、極めて粗い簡便法に過ぎない。
 
その試算もこの作業が行なわれた当初は発表されたが、その後は発表されなくなり、案1方式で計上されている。私の察するところ、案2、案3方式はあまりに負債超過額が大きくなるので、「いたずらに不安を煽らないために」やめちゃったのではないかと思うが、どこの国の政府もそうした徹底的なBSを公表していないので、これは日本政府だけじゃない。
 
またこれは以前、会計検査院の若い役人さんから聞いた話だが、林野庁などでは国有林などの資産について「奇怪な経理」が行なわれており、巨額な含み損を抱えている可能性があるそうだ。
 
埋蔵金探しは、どんどんやって頂いて良いのだが、同時にこうした潜在的な(隠れている)含み損も暴いて頂かないと、政府のBSの透明化は達成できない。
 
これは直感的な判断に過ぎないが、公的年金勘定の潜在的な負債超過まで含めれば、政府部門全体のBSから出てくるのは、「埋蔵金」ではなく巨額の「埋蔵損」ではないかと思う。
 
追記2011年9月16日:その後、財務省のサイトが変わってしまった。
最新(平成21年度)のものは以下のサイトで見ることができます。
 

あれほど前評判でダメダメダメダメダメだった日本チーム
凄いじゃないか!やればできるじゃないか!
デンマークに勝って決勝リーグに進出だ!
欧州勢はメロメロだ。
決勝リーグも勝ち進め!
 
 
 

さて、それでは日経ビジネスの私の論考「そっくりマニフェスト』は悪くない(623)の後に寄せられた質問、コメントなどにできる範囲でお応えしようか。
 
その前に、ちょっと弁解臭いかもしれないが、私の研究専門分野は国際金融論とアメリカ経済論であり、財政学、財政事情は専門ではない。ただし、エコノミストとして日本経済の将来を左右する財政問題に無関心ではいられない者として多少勉強しているわけだ。
 
日本の財政を専門にしている財政学の先生なら微に入り細に入り知っているだろうが、私はあくまでも概略的に理解していることをお断りしておこう。
 
1、「なぜ消費税率を上げたら財政収支が改善するのか?さらに、なぜ財政収支が改善したら、景気が良くなるのか?」
 
これは表現を換えると、増税したら景気が悪化して税収がさらに減り、財政赤字がむしろ拡大するのではないかという質問であろう。裏表逆であるが、これと同じことを1980年代に前半に言ったアメリカのエコノミストがいる。ラッファー・カーブで有名になった(悪名がとどろいた?)サプライサイド経済学のアーサー・ラッファーだ。
 
彼はレーガン大統領時代に「減税をすれば、景気が良くなり、人々はもっと働き、最終的には税収が増えて、財政赤字にはならない、あるいは赤字はむしろ縮小する」と説いたと言われている。もっとも現実にはレーガンの大減税で大幅な財政赤字になった。
 
「増税すれば、景気が悪くなって、税収は減り、財政赤字は逆に拡大する」というのはちょうどラッファー教授の説と表裏一体だ。
 
もっとも、増税して財政赤字を縮めれば(その他の条件が変わらなければ)短期的な効果としては有効需要が減少するので、その分景気に水を差す効果が生じる点では、日経ビジネスの論考でも書いている通り、私も含めてエコノミストはみなそのように考えている。
 
だから急激な財政緊縮はできない。つまり少しずつ景気回復の腰を折らないように進めなければならない。
 
だから時間がかかる。従って日本のように財政赤字がGDP比率で大きくなってしまった政府の財政赤字改善は長期の時間がかかるので、手遅れにならないためには今から取り掛かる必要があると説いているわけだ。
つまり短期の目標=景気回復の支援と、長期の目標=財政再建とは、異なる時間軸で考える必要がある。
 
2、「なぜ一般会計だけの収支で考えなければならないのか?」
「特別会計に入っている税金はどうなっているのだろうか。それでは特別会計にどれだけの資産があり、それを相殺すると本邦純債務がどれくらいなのか」
 
特別会計の議論はやはりある意味で複雑なので、日経ビジネスの論考では、長くなり過ぎるので避けた。ただ、一般会計よりグロス予算額で大きな特別会計に巨大な無駄や埋蔵金が隠されているのではないかという疑念が消えないようだ。
特別会計を対象にした行政仕分けもやるそうだから(18の特別会計の存廃を含んだ仕分け作業だそうだ)、徹底的にやったら良いと思う。
しかし、特別会計はどうやら複雑さの故に誤解されている面があるようだ。その点を以下に指摘しておこう。この財務省のページが役に立つ
 
特別会計の歳出総額は355兆円(2009年度)、これを見て、「えっ一般会計よりずっとでかいじゃないか」と思ってはいけない。特別会計の中には各種会計相互間の重複計上取引(民間企業でいうならば内部勘定間取引)が沢山含まれており、重複分だけ見かけが大幅に膨らんでいるからだ。
 
こうした重複部分を除いてネットにすると、169.4兆円となるそうだ(2009年度)。「それでもでかいじゃないか?」確かにでかいが、その主たる内訳は次の通り。
 
国債償還費79.5兆円
社会保障給付費(給付そのものであり、事務経費は含まず)52.6兆円
地方交付税交付金など17.8兆円
 
以上を除くその他は19.5兆円に過ぎない。
 
特別会計は一般会計と全く別の財源による別個の予算会計というよりも、一般会計と絡みあったコンプレックス(複合体)というべきなのだろう。
 
財務省はさらに一般会計と特別会計間の重複をネットアウトした分かりやすいデータを提示してくれている。これによると(総額212.6兆円、うち社会保障関係費が66.8兆円、国債費87.8兆円、地方交付税交付金15.4兆円と主要な部分を占め、一般会計だけで見た場合と同様の義務的歳出拡大(裁量的歳出圧縮)による財政の硬直化が分かる。つまり無駄を叩いて出てくる部分はとても限られているのだ。
 
3、「それでも特別会計には莫大な積立金があるのではないか?」
特別会計の積立金は196兆円(平成18年)で、その8割は将来の年金給付のための積立金である。将来の給付総額(政府にとっての負債)と徴収総額をそれぞれ累計して、(利子率で割り引いて)その現在価値を算出すると、給付の現在価値総額は現在の積立金と将来の払い込みの現在価値の合計より大きくなるという試算がある。つまり実質積立不足だということになり、年金不安の原因でもあるわけだ。
 
4、「財務省のデータなんて信用できるのか?」(これは仮想自問)
それを言ったらおしまい。財政粉飾したギリシャ政府と同じだと言うことになる。そこまで信用できないと考える人は、革命を起こすか、あるいは日本を離脱するしかない。
 
ああ、もう疲れた。まだ未対応コメントがありますが、もうこの辺で今日は止めます。もっと細かく知りたい方は、先ほど紹介した財務省の資料全部読んでください。

政府税制調査会の中間報告が提出された。菅内閣の下での税制改革の方向性を理解する上で読んでおくべきだろう。
 
ちなみに委員長は神野直彦教授で、以前は東大の財政学の教授だった。神野教授とは私がまだ銀行の調査部次長だった2002年に某研究所の財政問題研究会でご一緒したことがある。神野教授が座長で、私は専門委員のひとりだった。
神野教授の学問的な立場はマルクス経済学派だ。従って、レフトウイングであるが、現実的なバランス感覚のある方で、その点が金子何某とは全く違う。
 
上記報告書から印象的な部分を抜き出すと以下の通り。
 
「(我が国の財政は)① 歳入面では、所得税などの度重なる減税や景気後退などにより税収が減少する一方、
② 歳出面では、急速に高齢化が進んだことにより社会保障支出が一貫して増加し、この両方の構造的な要因により我が国財政は危機的な状況に陥り、現政権に引き継がれた債務残高は主要先進国に例のない水準となっている。」
 
「財政赤字は将来世代への負担先送りを意味し、世代間の不公平が拡大する原因ともなる。」
 
「支えられる側である高齢者が大きく増加する一方、支える側である勤労世代が減少するという将来の人口構造の見通しを踏まえると、所得税の課税ベースは減少すると考えられるため、勤労世代だけに偏って負担を求めることは困難であり、社会で広く分かち合う消費税は重要な税目であると考えられる。」
 
「所得課税よりも消費課税にウェイトが高い税体系の方が、例えば、労働者に対する限界税率やそれを通じた労働供給に与える影響が小さいため、経済成長とより親和的であるというのがOECDやIMFにおけるエコノミストをはじめ多くの経済学者の見解となっている。」
 
「高齢化が進み人口構造が変わる中で消費税を重視する方向で国民により幅広く負担を求める必要がある一方、再分配等の観点から累進性のある所得税に一定の役割を担わせる必要があり、税体系上、両者は車の両輪としてそれぞれの役割を担うべきである。」
 
「経済のグローバル化が進展する中で、企業立地を確保し、雇用の創出・維持を図るためには、法人実効税率の引下げを検討する必要。
法人税率の引下げは、株主のみに利益をもたらすものではなく、雇用並びに成長の基盤である企業活動が国内にとどまることや対内直接投資の拡大などにより、国民に成長の恩恵が行き渡ることに繋がることに留意する必要。この他、法人税制のあり方を考える際に雇用の観点を重視すべきとの意見があった。」
 
「逆進性に関しては、以下の意見があった。
- 社会保障給付は、真に支援が必要な者に対して、個々人の事情に応じたきめ細やかな社会政策的配慮を行うことが可能。その上で、低所得者を対象とした還付(給付)、軽減税率の設定の可否も検討。
- 給付付き税額控除については、番号制度の導入が前提となるほか、不正受給の問題や執行コストを考慮する必要。
軽減税率については、我が国の消費税の特長を損ない、非常に複雑な制度を生むこととなる可能性があることなどにも留意が必要。」
 
中間報告書としては、全体として良く出来上がっていると思う。
 

偶然書店で平積みになっているのを見つけて買った本だが、後から見たらアマゾンで売上1位にランキングされていた。その後もアマゾンでトップ10に入っているから、すごい売れ行きだ。私が驚いたのは、それがハーバード大学の哲学講義の内容を本にしたものだという点である。
 
マイケル・サンデル「これからの『正義』の話をしよう」(Justice  What's the Right Thing to Do?)早川書房、2010年6月
 
アマゾンの売り上げランキングの上位を見ると、たいていは「なんでこんな本が売れているの?」と思うことが多い。哲学テーマの本でランキングトップというのは、稀中の稀だ。
 
著者はハーバード大学史上最多の履修者数を誇る名物先生なのだそうだが、NHK教育番組でこの先生の講義がシリーズで放映されて日本でも一躍有名になったそうだ。
 
本を読み始めて、また驚いた。「暴走列車のたとえ話」から、思想史を分かつ根本問題につながってゆく論理の展開は、平明にしてかつ強い説得力がある。
 
倫理、価値観の対立に関わる諸問題をこれほど分かり易く、かつ根本的なレベルで展開する筆者(講演者)の力量に素直に脱帽した。「実践で役にたつこと」を強く求めるアメリカのアカデミズムにある精神が良く表れた内容でもある。

現実の政策論の次元で生じる様々な価値観、意見の対立について、その論理を突き詰め、各意見が依って立つ諸前提を明らかにすることで、混沌としていた諸議論の対立構造がすっきりと見えてくる。

私も昔の大学の哲学の講義でこういう講義を受けたかった。
人文科学から自然科学まで、全ての領域の学生、ビジネスマン、研究者にとって読む価値がある。
もっとも、本も後段になってくると、内容も次第に難易度を増す。
 
またマイケル先生のコミュニタリアンの思想が次第に本格的に展開するのだが、それは誰でも納得できるものではなかろう。とりわけ個人主義・自由主義的な思想風土の強いアメリカでは、抵抗が大きいだろう。
 
だからこそ、功利主義、あるいは個人主義・自由主義的な倫理の限界や問題を考える対立思想としてマイケル先生の立場には価値があるとも言えようか。

昨年から大学で教鞭をとり、ゼミも担当するようになった。
継続的に学生諸君の教育に関わるようになったわけだが、どこにでも教師を悩ますのが「落ちこぼれていく学生諸君」の問題だ。
 
単位の取得が遅れている学生諸君と面談すると、多くの場合、具体的な勉学の支障事情があるわけではない。学費は親が出してくれる。病気でもない。ただなんとなく、勉強の意欲がわかずに、落ちて行く。
 
例えば、こんな具合だ(現実をベースにした仮想会話)
私「きみ、このままだと4年で卒業するのあぶなくなるけど、ちゃんと卒業して、就職したいと思っていますか?」
学生「はい、そのつもりです・・・・」
 
私「それじゃあ、しっかり講義に出て、単位も取得しないとね。5年で卒業なんかしたら、就職はますます難しくなりますよ」
学生「はあ・・・」
 
私「就職に関して、具体的な希望のイメージはありますか?どういう職種を希望するの?」
学生「・・・・具体的には・・・・・イメージないっす」
 
まあ、こんな感じだ。卒業後のなりたい自分の姿のイメージが驚くほど空っぽ。
だから目標設定ができない。
一方「こうなりたい」というイメージがある学生は、それが目標設定になり、それを実現するために、これをしよう、あれをしようと、勉強も含めて前に向かって動いていくので心配はない。時々、手助けやアドバイスをしてやればすくすくと育っていく。
 
彼らは、なんでこれほど将来希望イメージが空っぽでいられるのか???
私にはほとんど異星人のようなこういう学生諸君について考えてみた。
 
だれでも若いころには、社会に出てどういう職業につこうか悩むものだ。
社会でどういう自分になりたいかというイメージは、社会(世界)とはどうなっているのかという社会に関する知識、イメージと並行して、相互に依存しながら形成されてくるものだ。
 
なりたい自分に関するイメージの貧困さ、欠落は、社会に関する知識、イメージの貧困さと表裏である。
落ちこぼれていく学生諸君は、多くの場合、自分の極めて狭い関係範囲、例えるならタコつぼのような世界にとどまっていて、そこから出ていこうとしていない。
 
なんで、そんなタコつぼの中に籠っていられるんだろう? これも私には「異星人行動」なのだが、彼らに共通していることは、外に向かった好奇心がひどく弱いことだ。様々な新しい経験、勉強のチャンスがすぐ隣に広がっているのに、自分から積極的に関わっていこうとしない。
 
まあ、確かに私が高校生だった1970年代にも、当時の若者の一部にある傾向が「三無主義」と呼ばれた。無気力、無関心、無責任、だからこれは昔からある問題でもあるのだ。
 
人類の歴史では、多くの人間にとって衣食住の欠乏、あるいは欠乏するリスクがむしろ恒常的な問題だった。人間、衣食住が欠乏した状態では、生き延びるためになんとかしようと体が動いて、もがく。 人類史の多くはこうした「もがき」の営みだったと言えるのではなかろうか。
 
ところが、現代、衣食住が一応満たされると、一部の人類には、それ以上のことはしないで済ませようという無気力、無関心に捕らわれるのかもしれない。そういう意味では「落ちこぼれていく学生諸君」は現代病のひとつなのだろう。
 
大学で勉強できる、学費は親が出してくれる、このことが人類史上どれほどの幸運か、彼らは分かっていない。 そう言ってみても問題が解決するわけではない。教師としては「タコつぼから出ようよ、広い世界を勉強しようよ」と刺激を繰り返すしかないのだが。

さて、TYさんの以下のコメント、データを紹介しながらさらに議論してみよう。
 
「疑問に思ったので投稿させていただきます。無駄を完全になくすことは無理だからその行為自体が無駄なのですか?じゃあなぜ今の日本はこんなに借金まみれの国になってしまったのですか?
官僚叩いて出てくる無駄なんてそんなにないから無駄を放置しても良いというように聞こえます。
単純に考えて日本が他国に比べて無駄遣いをしてきたから、こんな借金大国になったのではないかと思うのですがそれは間違いですか?だとしたらむしろその根拠を聞きたいです。」


財政議論に馴れていない方々は、どうしても個別の家計のアナロジーで考えてしまう。その結果、「赤字が広がるのは無駄遣いしているからだ。無駄使いしているのは官僚と政治家だ。連中を叩いて無駄遣い止めさせれば赤字は縮小する」という発想が横行してしまう。
 
財政学者もエコノミストも、「非効率な財政支出」があることは、その通りだと考えている(非効率をどう定義するか、価値判断にも依存するが)。しかし何度も言うように、それは今日の赤字の主因ではない。
 
だから、財政支出を政策目的に従って効率化する作業と同時に、国民への様々な給付を減らすか(小さい政府志向)、増税するか(大きい政府志向)しないと、政府債務の膨張は(GDP比率で)止まらず、このままでは日本がギリシアみたいになる日がやってくる(いつ来るか正確な予想は困難)と私を含めて多くの財政学者やエコノミストは考えている。
 
その1:「増税しても、政治家、官僚の無駄遣いが止まらないと赤字は増え続ける。その証拠に80年代末の消費税導入、97年の消費税率引き上げ後も、赤字が増えて来たじゃないか。これまでの増税分はどうなったのか?」
 
実は過去20年間税収は増えていない。
この財務省資料の8ページをご覧頂きたい。税収は1990年の60.1兆円をピークに減少傾向にあり、2007年度にいったん51兆円を回復するが、その後の不況でまた減っている。名目GDPは1990年が452兆円、2007年度が516兆円だから、名目GDP比率で見ても、減税が過去のトレンドだったというのが事実。
これは消費税導入、税率引き上げも、その不人気を弱めるために減税と抱き合わせにしたりしてきた結果だ。
 
その2:「歳出の無駄を抜本的に改めれば10兆円、20兆円予算が出てくる」
 
こんな間違ったイメージをふりまいたのが、空前の夢想首相ハトポッポの最大の罪。
同じ資料の1と2ページをご覧頂きたい。まず2010年度歳入総額92.3兆円のうち、44兆円が国債発行によるものだ。
一方、2010年度の歳出92兆円のうち、国債費(過去発行した国債の利払いと期日到来分の償還)が22.4%、地方交付税交付金18.9%、社会保障29.5%、防衛比5.2%、以上で全支出の76%になる。残りの部分は、公共事業、文教・科学振興その他の合計で24%、実額で約22兆円。
 
国債費これは削ると、それは国債のデフォルトを意味するので不可能。
 
地方交付税交付金:地域間の税収の不均衡を調整し、地方自治体の様々な行政サービスの財源として交付されている。小泉内閣では地方への権限委譲、税源移譲とセットで地方交付税交付金を多少減らしたが、地方自治体の長から総反発をくらって「小泉は地方切り捨てだ」「竹中はアメリカの手先だ」と誹謗された。それでも、「これは無駄だ」というためには相当な政治的覚悟が必要だ。
 
社会保障関係費:これは以下の通り国民への様々な給付だ。これをある程度は削ることも結局不可避ではないかと思うが、急激な削減は広範な政治的な抵抗を生むから無理だろう。時間をかけてじわじわするしかない。
ちなみに、社会保障関係費とは何かについて、神野教授が次のように説明している。
 
国民生活を保障する社会保障に関連する歳出。一般会計における社会保障関係費は社会保険費、社会福祉費、生活保護費、保健衛生対策費、失業対策費に分類されている。
 平成19(2007)年度一般会計予算では、前年度比2.8%増の211409億円が計上され、国債費や地方交付税交付金を上回る最大規模を占めている。同年度予算では、高齢化の進展等に伴い、経済の伸びを上回って給付負担増大していくことが見込まれる中で、歳出の抑制を図っていく必要から、雇用保険の国庫負担の縮減、生活保護の見直し等を推進する一方で、国民の安心確保する観点から、少子化対策や医師確保対策、がん対策に重点的対応しようとしている。
 費目別に見ると、生活保護費は前年度比3.1%減の19820億円、社会福祉費は7.3%増の16223億円、社会保険費は4.6%増の168999億円、保健衛生対策費は1.4%減の4152億円、失業対策費は48.8%減の2215億円となっている。」(神野直彦東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授 )
 
防衛費:長年、GDPの約1%を防衛比に当てて来た。社会民主党や共産党などはこれを減らせ、なくせというのかもしれないが、彼らに日本の安全保障に関する戦略があるとは思えない。
中国が軍事費を急増させ、北朝鮮が韓国の船を魚雷で沈没させる情勢下で防衛費を大幅に削減できるだろうか?しかも、防衛費がGDPの1%というのは、他国比較かなり小さい。韓国や米国はGDP比で日本の数倍の防衛費を使っている。
 
だから事実上の削減対象は「公共事業、文教・科学振興その他の合計で24%、実額で約22兆円」の中の一部ということになる。しかし、公共事業も過去に作ったインフラの老朽化やメインテナンス自体が増えてきているから半分にすることさえ不可能だろう。文教・科学は次世代と将来の技術を育て予算だ。非効率なものは改めるべきだが、スーパーコンピューター開発予算をめぐる論争を見ても分かるが、大幅に削減できるものじゃない。
 
私は財政学者じゃないので、予算の小項目まで精査しているわけじゃないが、財政学専門の例えば土居丈朗教授は「社会保障給付などの義務的な給付の比率が極めて高くなっている今日の歳出は、それに手をつけない範囲の『無駄削減』では、1兆円~2兆円がぜいぜい」と今年の3月のJCERの講演会で言っていた。
 
財政学者のこうした判断は、思いつきで言っているのではなく、膨大な研究・調査の結果として言っているのだから、尊重すべきだと思う。日経ビジネスでの小峰教授もそうした財政学の研究・調査の実績を踏まえて「削減には限界がある」と言っているわけだ。
 
その3:「じゃあ、過去20年間の赤字の最大の要因はなに?」
同じ資料の10ページをご覧頂きたい。「文教・科学振興、防衛費などのその他」の比率は1990年の29.7%から22.9%まで縮小、一方で社会保障関係費は16.6%から29.5%に倍増近い拡大。90年代に景気対策のために膨らんだ公共事業は小泉内閣で減らされた。公共事業は赤字の要因のひとつではあるが、社会保障費ほどの大きな要因ではない。
 
つまり、高齢化のため社会保障関係費が増える(制度設計に基づく「自然増」)一方で、それに見合った国民の負担を増やしてこなかったことが最大の赤字要因だ。増税がいやなら、給付を減らすしかない。
 
その4:「消費税で増税したら、景気がますます悪化する」
わかっているがな。増税でも給付削減でも、急激に財政赤字を減らせば、有効需要が減少し、景気が冷え込む。「政府の無駄な支出」でさえ、それを所得にして消費している人がいる以上、減らせば有効需要は減り、マイナスの乗数的な影響を経済に与える。
 
だから、赤字の削減は例えば毎年GDP比率0.5%ずつ、10年かけてGDP比率で5%減らすというように時間をかけてやるしかない。景気の回復が続けば税収もまた回復するから、GDP比率で5%も改善すれば、政府債務のGDP比率がこれ以上増えないというプライマリーバランスベースでの均衡は達成できる。
消費税率を毎年2%ずつ、5年で10%引き上げることも、私を含め複数のエコノミストが提案している。そうすれば引き上げの後の反動による消費減を平準化できる。
 
その5:「消費税、低所得者に重い逆進性が問題」
だから、(以前も書いているのだが)その点を是正する点に、所得税の累進度の引き上げ、失業保険の拡充、低所得者へのなんらかの補助と抱き合わせる方法を財政学者は提案している。経団連すら所得税の累進税率の引き上げとセットにすることを提案している。
消費税率引き上げに反対する人は、せめて石弘光教授の以下の本を読んで、それでも反論できるなら反論して欲しい。
消費税の経済学」石弘光
 
その5:「公務員給与減らすべきではないのか?」
公務員は中央・地方合計で約400万人(学校の教員なども含む)、人件費総額は年間30兆円、民間に比べて高いという意見があるが、別に目立って高いわけじゃない。以下の大和総研のレポートご参照。
公務員人件費の動向」2007年大和総研
 
公立学校の先生見ても別に民間サラリーマンに比べてリッチとは思えない。多少の調整は可能でも、兆円単位の削減ができるはずがない。また人口比率で見て公務員が日本は他国より多いということもない(そのデータ、あったのだが、いま見つからない)。
 
今日の国会での管首相所信表明演説:
日経新聞11日夕刊 「「税制の抜本改革に着手することが不可避。将来の税制の全体像を早急に描く必要がある」と税制改革の必要性を力説した。財政再建には「与党・野党の壁を越えた国民的な議論が必要」と指摘し、「超党派の議員による『財政健全化検討会議』をつくり、建設的な議論をともに進める」と呼び掛けた。」
 
私が昨年暮れの日経ビジネスオンライン「もう鳩山首相を諦める?」で書いたこと:「日本の未来を救うため、勇を鼓して「消費税4年間引上げ凍結」の公約を翻し、景気対策と同時に増税を含む財政再建に取りかかって欲しい。国民新党や社民党が消費税引き上げに反対するなら、さっさと切り捨てて自民党と大連立を組めばよい。」
 
これしかないんだ。だんだんそうなって来たでしょ。菅首相、仙石大臣、頑張ってください。
 
追記:「輸出戻し税」に」関する誤解、あるいはデマ
付加価値税としての消費税は仕入れ、販売の各段階で付加、価格転嫁され、最後に消費者が負担する税である。もしあなたが仕入れ時には消費税を払った価格で購入したが、販売する相手が消費税の非適用対象であり、あなたの販売で消費税を回収できない(全部自分でかぶる)としたら、不当だと思うだろう。
それが輸出取引の場合に生じる。輸出の相手は非居住者であり、国内の消費税の対象にならないからだ。
このため、仕入税額控除方式による輸出戻し税制度というものが、ヨーロッパをはじめとして、この税制を採用している国はすべてで行なわれている。日本でも同様だ。
つまり輸出取引に関してのみは、その原材料などの仕入れ時に課せられた消費税分が輸出業者に還付される。
 
消費税に反対する方々の一部は、これが輸出大企業に対する不当な優遇だと批判している。
もちろん、この還付制度を受けるのは大企業も中小企業も全て同様であるから、奇妙な批判だ。
それでも、彼らが不当な大企業優遇だと説く根拠は、大企業は仕入れの際に仕入れ価格を買い叩き、実質的に仕入れ時に消費税を負担していない、あるいは少なくしか負担していないということのようだ。
 
それは、輸出大企業は仕入れについては厳しい価格競争を納入業者に強いておきながら、販売(輸出)時には同様の厳しい価格競争にさらされていないと主張していることになる。これは、グローバルな企業競争がますます厳しくなっている世界の現実とかけ離れた誤った認識だ。
 
トヨタやパナソニックのような超大企業でも、ますます厳しくなるグローバルな価格競争にさらされており、その点では国内の業者と変わることはないだろう。 ただし、同じような競争にさらされていても、儲かる企業とそうでない企業に分かれるのは、この世の常だ。

本日の日経ビジネスオンラインに小峰教授の論考「なぜ消費税でなければならないのか」が掲載された。
これまで私も同誌に消費税増税を含む財政再建の必要性を語って来たが、賛同コメントもある一方で、強い反発コメントが多数寄せられてきた。
 
消費税増税が不可避である点については、財政学者、経済学者の議論は概ね尽きており、その欠点を補正しながら導入する方策も提示されている。ところが、そうしたことを理解しないままの感情的な反発が根強い。
 
今回の小峰教授の論考は、財政学者、経済学者の認識と一般納税者の認識の間にあるギャップそれ自体がどうしてこれほど深いのか、この点に留意しながら展開されている点で高く評価したい。
管新首相は日本の未来を救うために、勇を鼓して消費税率の引き上げを含む長期的な財政再建計画に乗り出して欲しい。
 

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