さて、いろいろご質問やコメント頂きました。「なぜデフレなの?その3」に進む前に整理しておこうか。
1、通貨とは政府・中央銀行の特殊な債務である。
「日銀券は、調べてみると、たしかに日銀の貸借対照表で負債として計上されていました。しかし、これは複式簿記上の備忘勘定の一つであって、日銀の本来の意味の負債ではありません。昔々の日銀券にはこの券を日銀に持参した者には交換に金を渡す、という文言が書いてありました。この時は間違いなく日銀券発行残高は日銀の負債でした。それに見合う金を準備しておかねばならなかったからです。今の日銀券は、取引先の金融機関が日銀に預けている当座預金を銀行券で引き出したいと言ってきた時に発行していますので、ちゃんと裏付けのある健全なものだと考えますが、私の考え方は間違っているでしょうか?」
野分さんのご質問、書かれている通り、20世紀初めの金本位制までは銀行券(日銀券)はそれを日銀に提示すると金(ゴールド)と交換してくれる日銀の債務証書(兌換紙幣)だった。従って日銀の資産負債表(貸借対照表)の右(負債)の項目にその残高が記載される。この時代にはマネーの発行量は比率の違いはあっても政府・中央銀行が保有する金準備の残高に従っていた。
金本位制をやめて、日銀券は不換紙幣となった。金との交換はもうしない。それでも日銀券が中央銀行(政府の一部)の負債であることに変わりはない。現在の日銀の資産負債表の資産側には日銀券の発行残高にほぼ見合う国債の保有残高が資産として記載されている。
そういう意味で日銀券の資産の裏付けは、政府の発行する国債とも言えるが、赤字国債自体は何度も言うように、見合いとなる資産はない。返済の原資は将来世代が働いて生み出す所得への課税だ。(建設国債の場合は、公共事業のために発行されるので、見合いに建造物が資産として存在する。もっともその資産の価値が問題にされているわけだが。)
従って、政府(昔は君主)が資産の裏付けのない通貨を発行して、民間の財やサービスを消費することは、民間に対する収奪になる。資産の裏付けのない「負債」を発行して商品を購入できるこの政府だけに独占的に認められる権利を、通貨発行権(seigniorage)と呼んでいる。これを大規模に行使すれば基本的にはインフレが起こり、マネー保有者(=民間)からマネー発行者(政府)への富の移転が生じる。
従って、現代の管理通貨制度の下での中央銀行は通貨の発行はインフレを安定化することを目的に運営され、政府の国債を直接引き受けすることは法律で禁止されている。
私も不況対策として赤字国債を発行して財政支出を増やすことは、やむを得ないと考えているが、せめてその使い道は将来の付加価値の生産を増やすことにつながるような、教育への現物補助、技術開発などに使うべきで、そういう成長政策目的・使途のないバラマキは止めてくれ、と考えているわけだ。
インフレは、実物資産や事業への投資を有利にする。物価と資産価格は別物だが、ある程度は相関している。ただしインフレ(インフレ期待)が強くなり過ぎると、商品投機、資産投機がひどくなって富の配分を意図せざる方向に歪めるので、どの国の政府・中央銀行も軽度のインフレ(1%~3%程度)がほどよいと考えている。
野分さんは「デフレの方がましだ」と書いておられるが、デフレは反対に、実物資産や事業への投資を不利にして経済成長の支障となるので、どこの国の政策担当者も避けたいと思っている。
日本のようなデフレ下では、利子も配当も生まないマネーを保有していても、あるいは金利がゼロに近くまで下がった国債を保有していても、通貨の購買力が低下せず、むしろ上るので(インフレとは通貨の購買力の減少ですからね)、みながマネーや国債の保有をいくらでも増やそうとする。一方、事業や実物資産への投資は減る。これでは実体経済は成長せずに停滞するばかりだ。
2、日本の企業って配当を十分払わないでため込んでいる?
「企業が配当やら自社株買いをせず、株主を軽視した結果が今の日本経済なのではないでしょうか?もちろん行き過ぎた株主資本主義も問題があります。資本効率を求めすぎた製造業の空洞化等の弊害もありますね。しかしそれでも今の日本はそれ以上に大きな問題を抱えているように思えます。企業は溜め込んだお金を吐き出さないのだから、資金需要なんて起きないですし、そのような株主軽視のリターンをもたらさない資産はディスカウントされて当然です。」
日本の企業の配当政策については、本日8月5日の日経新聞「経済教室」に参考になる論考が掲載されている。論者:野間幹晴 一橋大学准教授
イメージに依存した通説を洗い流して、本当の問題がどこにあるのか考えさせられる良い論考だと思う。ちょっとだけ引用しよう。
「米国では配当を支払う一部の企業の配当額が多いため、平均配当性向で見ると米国の方が日本より高い。ところが、1985年から2009年において、日本、米国、英国、カナダ、ドイツの5カ国の上場企業のうち、配当を支払っている企業(有配企業)の比率を示している。これを見ると、日本以外の4カ国では、90年代前半から配当を支払う企業の比率が徐々に低下していることがわかる。特に、米国ではこの間、配当を支払う企業の比率が73.2%から30.2%へと下落している。」
「むしろ、先進国の中で、日本は配当を支払っている企業がきわめて多い。海外では、配当よりも投資を優先している。 日本企業が投資より配当を優先するのは、産業の成熟化が進み、企業の新陳代謝が遅れ、有効な投資先を見つけられないからだ、という見方もあるだろう。
しかし「投資先がないのだから株主に還元せよ」と株主が主張するのはもっともだが、経営者が「投資先がない」というのは、責任放棄であると考える。経営者の最も重要な役割は、競争力を強化するために新たな投資先を見つけ、リスクをとって設備投資やR&D投資を行うことである。」
3、「新自由主義が日本を悪くした」って本当?
「コメント欄に「行き過ぎた株主資本主義」という下りがあり、よく見かける言い方ですが、とても引っかかってしまいました。「行き過ぎた規制緩和」という言い方もよく見かけますが、これも然りです。日本でいつ株主重視や資本主義(株主資本主義って?)、規制緩和が世間並みにすらなったことがあるのでしょうか。また、「企業が資本効率を求めた結果空洞化が進んだ」というのは、空洞化の原因を国内の経営環境(規制、税制、労働慣行やそれに起因する低成長)から株主に転嫁しているだけのような気がするのですが。」
もう疲れたので、粗く「その通りだ」とだけ申し上げておこう。